演習直前
「万が一の時の為に、生命保険への加入を義務付けています。あなたに配偶者やお子さんはいらっしゃいますか?」
保険係の窓口のものが淡々と事を進める。
「いえ、私一人です。」
「それでしたらこちらの最低限のプランで大丈夫です。支払金額は給料から天引きしておきます。」
係の者はそう言うと手元の魔道具に手をかざし、中から出てきた書類に判を押して俺に手渡してきた。
「これは元本のコピーです。あなたの所属する部署の隊長に渡して下さい。受領する時必要です。」
嫌な感じだ。まるで死ぬことが決まったみたいな言い方。癪に障る。
「それから、これは必ず肌見放さず持っていて下さい。死亡しそうになった時、ここまで自動で物を届けられます。大抵の人は、事前に書いた遺書を入れています。」
そう言って俺に手渡したものは、鳥の模型のような物が付いた小さな筒状の入れ物だった。
文鳥の魔道具。
実物を見たことは無かったが、魔法士官学校時代に使っていた教科書に載っていた。そこでは主に戦争の伝令などで使われていると書かれていたが、今では少し違うらしい。兵士の遺書入れ。貴重なものだと言うことなので、それをこういう用途で使うという事実に何となく王国の弱腰な姿勢が伝わってくる。
俺は苦虫を噛んだような顔をしてそれを懐にしまった。これは使わない。使ったとしても、それは良い伝令を知らせる時だ。そう心に誓う。
「ありがとう。」
そう係の者に伝え、俺は入り口で待っていたオレオンと一緒に第二会議室に向かった。
「ここで大事なことは2つ。命を大事にする事と、勝利することだ。」
髭を生やした岩のような大男がそう俺達に言い放つ。
その横ではさっきのオーディンが背を丸くして座っている。まるで子供みたいに。
「本来であればお前たちにはこの詰所で2カ月感の研修を行った後、それぞれの特性を考慮して詰所に残り事務作業を行うか、戦地に赴き兵士として戦うかを決めるのだが如何せん兵士が足りない。特例としてお前たちは臨時の即時演習の後すぐに戦地に赴いてもらう。」
そう言い放つと大男は指パッチンをし、いつの間にか居なくなっていたオーディンが片手剣や両手杖、ステッキ、ダガーなどの様々な武具が載ったテーブルを押してきた。
「好きなのを選んだら訓練場に来い。俺と戦ってもらう。それが演習だ。」
乱暴な口調で大男はそう言い放つと自前の大人一人の身長ぐらいの長さのある両刃刀を担いで第二会議室を出ていった。オーディンもいつの間にかいなくなっており、第二会議室には唖然とする俺達だけが残されていた。