穢れた王国
「凄い、これ凄いよ!」
オレオンは羊皮紙を手に、声高らかにそう言った。
「あぁ、凄いな。こんな重要な文献が未だに残っていた事に驚きだが、案外残ってる物なんだな。」
自警団国民倒ス。見出し語にはこうあった。
中には事件の具体的な様子と、当時の国民たちの悲痛な叫びや自警団殺しの同志を募る文面が記されている。
「これは確かに王国の真相に迫る手掛かりだよ。」
オレオンはそう俺に言う。
俺は、早くに亡くした父を思い出していた。
俺が物心つく前に亡くなったからあまり覚えていないのだが、母曰く父は自警団で働く優秀な兵士だったのだという。
朝は早く、夜は遅くに帰って来る父はそれでも母の前では疲れた様子は一切見せず、俺を身籠る母の為にせっせと働き、たまに早く仕事が終わった日には家事を手伝うなど、心の優しい人だったのだという。
しかし、俺が生まれた頃に帝国軍との戦いが厳しくなり、父は王国の詰所から駐屯地へ行かなければならなくなった。
家にも顔を出さなくなった。
それでも週に一度は駐屯地から母宛に手紙が送られてきて、遠くに居るはずなのに近くにいるような、そんな気分だったと母は語っていたが、駐屯地と言えば聞こえは良いが、いつ帝国軍がせめて来るか分からない戦地である。そこに自分の夫が居ると知っていた母はどんな気持ちで居たのか、想像もつかない。
その時、俺はまだ2歳だった。
まだ歩くこともおぼつかない赤子に、どうすれば拭いようのない不安に揺れていたであろう母を慰める事が出来たのだろうか。
まだおしゃぶりをくわえた様な赤子に、父からの手紙が途絶えた後、不安で心臓がえぐられそうになっていたであろう母を、どうすれば慰める事が出来たのだろうか。
母は俺が14の時に死んだ。
戦争が原因ではない。単なる病気だ。
14の俺が母の為に出来る事は、母の死因が戦争でなかった事を喜ぶことだけだった。
あの時慰められればとか、女手一つで俺を育ててくれた事に感謝したらとか、いくらでも後悔は残るが、それを解消することはもう出来ない。
だが、もうすぐ21になる今の俺に出来ることは、あの時よりも遥かに多い。俺は父のような勇敢で正義感の強い兵士達に心からの敬礼をし、その人々の正しさを、王国と彼らとでは全く人間の種類が違うのだということを証明することが出来る。
「自警団に入ろう。」
「奇遇だね。僕も同じ事を考えていたよ。」
俺達は長い沈黙の後、そうお互いに目を見つめ、頷きあった。
自警団国民倒ス。
この文献は俺の父が勤めていた頃よりもずっと前の物だ。
俺の父の時代にはもうこんな事は行われていなかったのだろうか。
行われていなかったと信じたい。
俺は王国の真実を知りたいと思うと同時に、真実を知れば知るほど父が穢れてしまう様な気がしてならなかった。
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