〈第3話〉『その【決闘】受けて立つ!』〈前編〉
王立クロフォード学園―――修練場
クロフォード学園に入学して3日目、訓練初日同様に他のクラスメイトを走り込みで周回遅れで置き去りにして、1人課題の走り込みを終え、残りの生徒が走り終わるまでの時間でうちは教官のオーガストと手合わせをしている。
ガッ!――ギギギッ!――
「……ッ!」
「……」
オーガストの力に押し負けない様に木剣に力を入れ鍔迫り合いをしながら、うちとオーガストは次の一手を思案する。
そんな中、不意にオーガストは木剣に入れている力を抜き、左足を軸に身体を捻りうちの右側に回り木剣を引きうちの木剣を受け流す。
「うわっとっと!」
鍔迫り合いで力を入れていたうちは、急に木剣を受け流され勢い余って前のめりに態勢を崩した。
体勢を崩したうちの背後で、オーガストが木剣を上段に構える気配を感じ、うちは体勢を崩した勢いのまま前転してオーガストの上段から振り下ろされる一撃を回避する。
オーガストの一撃が空振りし、地面を打った瞬間、うちは振り向きながら右回りから回転力を生かし逆袈裟切りの剣撃を繰り出す。
オーガストはカウンターの剣撃を受け止める。
うちの剣撃を受け止めたオーガストへ、うちは態勢を低くしたまま身体を回転させオーガストの足元を払う。
オーガストはうちの足払いを回避し、後方へ飛び退きうちとの距離を取る。
うちはオーガストが距離を取る間に上体を立て直し、後方へ距離を取ったオーガストへ間髪入れず下段に木剣を構え、駆け出して再び逆袈裟でオーガストへ切りかかる。
「……」
(初めて手合わせをした時にも思ったが……、コイツ体勢を崩された際のリカバリーから次の一手への判断が早い)
上段からの剣撃を回避されたオーガストは、ティファの足払いを回避して後方へ距離を取る。
その後、下段に構えたティファの逆袈裟の剣撃を受け止め、そのまま剣の打ち合いになる。
(……。剣技、剣速、リカバリーの速さ、実力的にはこの歳で、尚且つ女でありながら王国が定めるブロンズ級。いやシルバー級に近い実力を有しているかもしれない……。それに……)
このラングリッサ王国には、王国の定めた剣士としての階級があり、上からゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンの4等級が存在する。
ゴールド、シルバー級の上位は王国直轄の騎士団に所属し、シルバー級の下位からブロンズ、アイアンはたまに異例もあるが国の衛兵を務めていることが多い。
クロフォード学園の剣術教官をしているオーガストは、ゴールド級の元騎士団員で年齢を理由に騎士団を引退したが、学園を運営しているクロフォード卿の誘いで現在剣術教官の職に就いている。
ガキッ!
(たった一日手合わせをしただけで、俺の剣速と剣の癖も見抜いてきている……)
ティファとの剣の応酬をしながら、適格にオーガストの癖を探し当てる現在のティファの実力に、オーガストは色々な考えと感情、そしてある違和感、何かを隠している様な気がしていた。
オーガストは眼前の少女の事を1人の学園生とは考えず、熟練した剣士と認め少々の手加減をしつつも剣の応酬を続ける。
剣の応酬を続けているうちに、再び鍔迫り合いが始まる。
「……。アッシュフィールド、お前は多対一の手合わせ経験をした事はあるか?」
再度の鍔迫り合いになった際、唐突にオーガストがうちに質問をしてくる。
「え?ん~、ないですねぇ。手合わせをしたのもお父さんと教官だけですし……。1対1しか手合わせしたことないですねぇ」
その答えを聞いたオーガストは「そうか」と短く答える。
「……、今日はここまでにしておくか」
オーガストはそう言って鍔迫り合いをしていた木剣の力を急に抜かれ、「ちょっとぉ!」と勢い余ったうちは再び前のめりに態勢を崩し転びそうになる。
その後、クラス全員が走り込みを終えた事を確認し、オーガストの号令で皆昼食休憩へ入る。
⚔
王立クロフォード学園―――食堂
「はぁ~……、もう、しんどい……」
「……」
昼食を目の前にして、走り込みで疲労がたまっているエリノアが昼食を目の前に、ぐったりと塞ぎ込んでしまっている。
食事に同席しているヴィオラも一言も発せず、無言でテーブルに突っぷくしている。
「2人とも大丈夫か?」
うちは元気のないエリノアとヴィオラを心配する。
「大丈夫なわけないでしょ……。なぁ~んであんたは今日もそんなにケロッとしてるのよぉ~……」
連日の訓練での疲労を感じさせないうちを疑問に思っている様だ。
「ん~……。まぁ、うちは普段から自主トレしちょるから、それの差かのぅ?」
疲労で食事の進まない2人を余所に、うちは普通に食事を進める。
「あ、ティファ~!」
うちの姿を遠くから見つけたミリアが昼食を乗せたトレーを持って、うち達が座っているテーブルに駆け寄ってくる。
「相席いいかな?」
ミリアの問いにうちは「ええよ」と答え、エリノアとヴィオラも首を縦に振って答える
返事を聞いたミリアはうちの隣へ腰を降ろす。
「エリノアとヴィオラ元気ないけど……、大丈夫?」
食事の進んでいない様子のエリノアとヴィオラを心配してミリアが声を掛ける。
「大丈……夫じゃない……」
「……」
「……しんどいかもしれんが、少しでも食べんと昼から辛くなるぞ。とりあえず、パンとか固形物は残してええから、スープだけでも腹に入れとけ」
厳しいことを言ってはいるが、空腹のまま午後の修練に向かうと余計に辛くなると思い、スープだけでも無理矢理にでも腹に入れろと、エリノアとヴィオラに言うと2人は「うん……」と答え、重々しく手を動かしスープを口に運ぶ。
「そういえば、入学式の後から話す機会がなかったけど、ミリィの方はどうじゃったんじゃ?」
エリノアとヴィオラを心配しつつ、うちは入学式後のミリアの話題に切り替える。
「えへへ~。ジャーン!見て見て!」
と言ってミリアが左腕を掲げ、手首についている腕輪を見せてくる。
「……、なんじゃそれ?」
ミリアが自慢気に見せてきた腕輪の意味が分からず、うちは小首を傾げる。
「えぇ~!この腕輪の事知らないの!?」
自らが付けている腕輪の存在を知らないうちにミリアが驚きの声を上げる。
「あぁ~【測定の腕輪】ね。宝珠が青みがかった緑色ってことは、ミリィはBクラス席次の真ん中くらい?」
と、辛そうにしながらもスープを啜っていたエリノアがミリアの腕輪についている宝珠の色を見て、ミリアの現在の席次を質問する。
【測定の腕輪】
魔術科には入学式後、【測定の腕輪】という個々の魔力量に応じ、色を変える宝珠が埋め込まれている腕輪が配布される。
宝珠の色は無色(色無し)から始まり黄、緑、青、赤と、より赤色に近づく程魔力量が多く魔法の才があるとされており、魔術科の生徒は卒業までに【測定の腕輪】の宝珠を赤色に近づける事を目標に修練をする。
そんな魔術科でも魔力量が低くく、腕輪の宝珠を発光させることが出来ない者は”色無し”と言われ蔑まれ差別の対象とされることがある、だが宝珠の色を発光させられないからと言って、魔力がないという訳ではないと【測定の腕輪】の事を知らないうちにエリノアが説明してくれる。
「うんうん!Bクラス最下位じゃなくて一安心だよ~」
ミリアは宝珠の色で最下位じゃなかったことに安堵している様だった。
「ふ~ん、実力関係なしにそんなちっぽけなもんで席次を決められるのも嫌なもんじゃのぅ」
「でもさ、魔術科からしたら保有魔力量は実力と同じだからね。間違ってることをしてはいないと思うよ」
エリノアの意見にうちは「ん~、それもそうか」と納得する。
うちとミリア、エリノアはここ2日の学園生活の話しをしていたが、会話に加わってこないヴィオラが気になり、うちはヴィオラに視線を向ける。
「……」
「……。ヴィオラ立てるか?医務室行くぞ」
エリノアはうちに言われた通りスープだけ完食していたが、いつまでも俯いたまま顔色を悪くしているのに気づき、ヴィオラの返事を聞かずにうちは医務室に連れて行くことにした。
うちの言葉を聞いたミリアとエリノアが、ヴィオラの異変に気づきヴィオラのへ視線を向ける。
「ヴィオラ!?ヴィオラ大丈夫!?」
ヴィオラの隣に座っていたエリノアが、ヴィオラの肩を揺する。
「……、ちょっと……無理……かも……」
エリノアの問いかけにヴィオラは力なく答える。
「エリノア、ミリィうちが背負って医務室に連れて行くけぇちょっと背中に乗せてくれ」
うちはヴィオラの横で背を向け、うちは上体を屈め背中にヴィオラを乗せるようエリノアとミリアに指示をする。
うちに指示されたミリアとエリノアは、言われた通りに2人がかりで、うちの背中にヴィオラの身体を乗せる。
「よっと。それじゃ、うちはヴィオラを医務室に連れて行ってくるけぇ、2人には申し訳ないんじゃがうちとヴィオラの食器を片付けちょってくれるか?それと、エリノア、教官にヴィオラを医務室に連れて行くから午後の訓練遅れるって伝えちょってくれるか?」
うちは背中に乗せられたヴィオラの態勢を整え、2人にそう伝えヴィオラを背負い食堂を後にする。
「ヴィオラ顔色悪かったけど大丈夫かなぁ……」
うちに背負われて食堂を出て行くヴィオラを見届けながらミリアが心配する。
「ヴィオラも心配なんだけど。ミリィにちょっと聞きたいことがあるんだけど……。ティファって昔からあんな言葉遣いなの?」
うちとヴィオラの食器を重ねていたミリアに、エリノアがうちの言葉遣いの事を質問する。
「うん、そうだよ」
「ティファの喋り方が方言かな?が時々わからないときがあるんだけど、出身ってランノック?」
どうやらエリノアは聞き慣れないうちの喋り方に違和感を感じている様だ。
「そうだよぉ。生まれも育ちもランノック。あ、でも、おじさんはランノックだけど、おばさんはフェアクロフだって聞いたことあるかも」
それを聞いたエリノアは「ふ~ん。そうなんだ」とフェアクロフ領の方言かも知れないと一応の納得をする。
⚔⚔
王立クロフォード学園―――医務室までの通路
「……。ごめん……」
うちに背負われたヴィオラが力なく、うちに申し訳なさそうに謝罪をしてくる。
「謝ることじゃないじゃろ。訓練2日目で無理して身体を壊すのも良くないからのぉ。しんどい時は我慢せんとちゃんと声に出して言えよ」
うちは背中に背負ったヴィオラに、今後は我慢するなと声を掛け、「それと」と言葉を続ける。
「医務室に行くまでに吐いたら投げ捨てるけぇの」
それを聞いたヴィオラは「……出来るだけ頑張る……」小さい声で返してくる。
王立クロフォード学園―――医務室
コンコンッ―――
うちはヴィオラを背負いながら、医務室の扉をノックする。
「失礼します」
うちはノックの返事を待たぬまま医務室の扉を開き、扉を開き入室する。
「はいはい。どうしたの?」
机について書き物をしていた温和な雰囲気のある医務官の女性が、顔を上げ医務室に入ってきたうち達の方へ向く。
「すいません、ちょっと訓練の後この子の顔色が悪くなってしもうたんですが、ベッドで休ませちゃってもいいでしょうか?」
医務官に訪ねてきた理由を話すと、うち達に近寄ってくる。
「あらあら、ホントね。あっちのベットまでそのまま運べる?」
うちに背負われているヴィオラの顔色を確認した医務官が、奥にあるベットへ運ぶよう指示してくる。
うちはヴィオラをベットに降ろし、付けている防具とブーツを脱がせ、そのままベットに横たわせる。
「……ごめん、ありがとう。ティファ……」
ベットに寝かされたヴィオラが、青ざめた顔をうちに向け、申し訳なさそうにしてくる。
「さっきも言ったじゃろ、謝ることじゃない。剣術科は身体が資本なんじゃから無理して身体を壊してもしょうがないじゃろ。じゃから、今はゆっくり休んで夕方には帰ってこい。エリノアも心配するけぇの」
うちは出来るだけヴィオラを安心させれるように、優しく語り掛け頭を撫でる。
頭を撫でられ安心したのか穏やかな表情になったヴィオラは、そのまま目を瞑り眠りに就く。
「あとはこっちで診ておくからあなたは訓練に戻りなさい。それにしても、この子、身体が小柄とはいえ、よく防具を付けたままの女の子1人背負ってきてすごいわね」
医務官が感心したように言ってくる。
「まぁ、自主トレもしちょりますし、ヴィオラくらいの子なら、ここまで連れてくるのに苦にはならんですよ」
医務官にそう返し「あとはよろしくお願いします」と頭を下げ、うちはヴィオラの防具を持ち医務室を後にする。
⚔⚔⚔
王立クロフォード学園―――修練場
一旦ヴィオラの防具を寮に置きに行き、うちは午後の修練場に戻ってくる。
修練場に戻ってくると、すでにうちを除く生徒は皆素振りをしていた。
「すいません。少し遅れてしまいました」
各生徒の素振りのフォームに腕組みをして視線を向けているオーガストに、うちは遅れてしまった事を謝罪する。
「遅れた理由はバーネットから聞いている。リーヴィスの具合は大丈夫そうか?」
「今日はもう訓練は無理じゃと思いますが、ひと眠りすれば大丈夫かと。また明日体調が悪そうなら訓練を休ませようと思っちょるんですがええでしょうか?」
オーガストの問いに、現在のヴィオラの状態を伝える。
「女の体調に男は鈍感だからな。その辺りはルームメイトのお前に判断は任せる。できれば他の女生徒の変化にも気を配ってもらえるとありがたい」
オーガストの返答を聞いたうちは「分かりました。ありがとうございます」礼を言い、木剣を持ち素振りの列に加わる。
その後、休憩を挟みつつ午後からの訓練は終わった。
⚔⚔⚔⚔
王立クロフォード学園―――医務室
午後からの訓練が終わり、夕飯前にうちとエリノアは医務室へと向かいヴィオラの様子を見に行く。
「ヴィオラ起きてるかな?」
「さぁのぉ。まだ寝ちょったらうちがまた背負って寮まで連れて帰りゃええじゃろ」
エリノアの質問にうちはそう答える。
「今度は私が背負うよ。ティファも疲れてるでしょ……」
「ん?うちなら大丈夫じゃよ。そもそも今日も夕飯が終わったら自主トレに行くしの」
疲れた様子を見せず、軽々とこういった事を言ってしまううちに、エリノアが「ありえない」といった表情浮かべ顔を引きつらせてしまう。
「「失礼しま~す」」
医務室の扉をノックし、うちとエリノアが入室する。
「はいはい、いらっしゃい。あら、お昼にここに来た子ね。リーヴィスさんはまだ寝てるわよ。連れてきてもらった時より顔色はよくなってるけど、どうする?一緒に寮に戻る?」
ヴィオラを看てくれていた医務官から、ヴィオラの症状は落ち着いてきていると、迎えに来たうちとエリノアに伝える。
「一緒に寮に戻ります。ヴィオラを看てもらってありがとうございました」
「ありがとうございました」
うちとエリノアは修練が終わる時間まで、ヴィオラを看てくれていた医務官にお礼を言って、エリノアと一緒にヴィオラの眠るベットに歩み寄る。
穏やかな表情で寝息を立てているヴィオラの顔色を見て、うちはヴィオラの体調が回復していることを確認してホッと安堵する。
「エリノア、出来るだけ起こさん様にうちの背中に乗せてくれるか?」
それを聞いたエリノアが、申し訳なさそうにしながらも、出来るだけゆっくりとヴィオラを起こさない様に、ヴィオラの上体をうちの背中に乗せ、背中にヴィオラの身体が乗せられたことを確認したうちは、態勢を整えるため「よっと」とヴィオラが落ちない様に態勢を整える。
「すいません、ありがとうございました」
うちとエリノアは、この時間までヴィオラを看てくれていた医務官に、お礼を言って医務室を後にする。
「ヴィオラを部屋に寝かせたら、うち等は夕飯食べに行くか。ヴィオラの夕飯どうするかのぅ……。昼もろくに食べちょらんから、ちょっと消化のええ夕食を作ってもらうか?」
と、ヴィオラを背負ったうちの隣を歩くエリノアに、ヴィオラが目覚めた際に食べさせる夕食の事を考える。
「……ん」
歩く際の揺れと、うちとエリノアの話声でヴィオラが目を覚ます。
「お?起きたか?」
「ヴィオラ気分はどう?大丈夫そう?」
エリノアがうちに背負われているヴィオラの顔にかかっている髪をかき上げ、手で頬に触れる。
「……ティファ……エリノア……。私……ここどこ?」
寝ぼけた様子のヴィオラがうちとエリノアに質問してくる。
「あともうちょっとで寮に着くからもうちょっと寝ちょけ。夕飯はどうする?昼も食べちょらんからお腹減ってないか?」
背中のヴィオラにうちはそう声を掛ける。
「そうする……。お腹も空いた……」
ヴィオラはうちの言葉に甘え、ギュッと腕に力を入れる。
「なんか……、こうやっておぶってもらってると……お母さんを思い出す……な……」
ヴィオラの言葉を聞いたうちは、フッと照れ笑いを浮かべてしまう。
「でも……、ティファ汗くさい……」
「あ”ぁ”!?お前一言多いんじゃ!ここで投げ捨て帰っちゃろうか!」
うちとヴィオラのやり取りを横で見ていたエリノアは、微笑まし表情で声を上げて笑う。
その後、うち達は寮に戻り部屋着に着替え、食事ができるまで回復したヴィオラと共に夕食を摂りに食堂へ向かった。
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