〈第24話〉『絆のリボン』
クロフォード学園―――1年A組寮・217号室 夜間【決闘】まで残り4日
エルザは深夜帯に差し掛かる時間にベッドから起き上がり、寝間着のネグリジェを桃色の修練服へと着替え部屋に立てかけてある杖を手に取り、静香に自室の扉を開き共有スペースへと移動する。
「……」
息と足音を静め、同室のドーラとアメリアが寝静まった時間を見計らい、気付かれない様にしながらそっと屋を出て行く。
(圧倒的に時間が足りない……。寝ている暇はない!範囲変更を完璧にしなければ……)
クロフォード学園において、各科の修練場は、生徒の過度な修練を防止するため、夜間は一律使用不可となっている。
だが、エルザは範囲変更の修練が思っている進捗より遅れているため、もし夜間で修練場を使用していたことが、学園側に露見したとしても祖父であるアレクシス・クロフォードに迫っている【決闘】を理由に仮借してもらおうと思っていた。
この時エルザは、ティファに部屋から強引に連れ出されるまで、引き籠っていた時間を無駄にしてしまっていたと後悔していた。
「いっ!!」
連日過密な修練をしているエルザの右手の平と手首に激痛が走り、左手で痛みを静めるように抑え付行け顔を歪める。
(こんな痛みに負けていられない!絶対に!)
エルザはその想いを胸に抱き痛みに耐えながら217号室を出て魔術師修練所へ足を向けた。
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クロフォード学園―――剣術科修練所・早朝【決闘】まで残り3日
「せ~の!よっと!」
突風での加速前に垂直飛びで身体を軽くするイメージが出来ているかの確認を行う。
「お?おぉ!?これは身長くらい跳べちょるんじゃないか!?」
うちの身長は155cmなのだが、跳び上がった高さから地面を見下ろしてみると、身長を優に超える程跳躍をしていた。
「おっとっと!」
着地時、軽くなった体重で体感がブレてしまい思いっきり後方に尻餅をついてしまう。
「いつつっ!着地は失敗したが体重の軽量化のイメージは出来てきたぞ!」
痛みで涙を浮かべ強打した部分を摩りながら立ち上がる。
(これなら、あとは発生させる風圧で移動距離は伸びるか!)
「【風魔法】【風迅加速】!」
【風魔法】で後方に突風を巻き起こし、風圧で前方へ加速させる。
「やったぁ!昨日の目標25m達成じゃ!」
【風迅加速】での過食距離がとりあえずの目標であった25mを達成し、うちは修練の成果に跳び上がって歓喜する。
先日の修練では、アメリアが声を掛けてくるまで【風迅加速】を繰り返し行っていたが、結局20m程度の距離を加速出来たのが数回という、目標としていた25mまでには至らなかった。
「よし!この調子で次の目標は50mじゃ!」
うちは新たな目標を定め気合いを入れ直し修練を再開する。
修練に集中していたうちだったが、ふと時計台に視線を向け針の差す時刻を確認する。
「ふぅ~、そろそろ切り上げて魔術科の方の様子を見に行くか」
先日の修練が全て終わった際、アメリアが「【決闘】が迫っている中、時間いっぱいまで修練に力を入れたいのも重々承知しているのですが、余裕があればお嬢様の方へ顔を出していただければ幸いです」と、頭を下げ申し訳なさそうに言われていた。
エルザは案外と”寂しがり屋”な一面があると聞いていた為、うちは立て掛けていた木剣を回収し魔術科の手練所へと足を向ける。
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クロフォード学園―――魔術科修練所・早朝
うちは静かに魔術科の修練所に入り、いつも通り壁に寄り掛かり腕組をして修練に集中しているエルザの背中を見つめた。
(ん?なんか杖持っちょる手の動きがぎこちなくないか......?足元も振らついちょるように見えるし……)
うちは壁から離れなるべく気づかれないよう距離を取りつつ、エルザの横顔が見える位置まで移動する。
エルザの横顔を見ると何かに耐えている様子で、表情が強張っていた。
「……」
うちはエルザの横顔を注視し、何をそこまで耐えているのか見極める。
しばらく様子を窺っていると、エルザが杖を取りまわす際に顔を歪めていた。
「エル!!」
うちの大声の呼び掛けに、その声にエルザがビクッと肩を震わせこちらへ振り向き、うちはエルザへ歩み寄っていく。
「な、何よ……。なんで今日は居るのよ……」
エルザはうちの存在を認識し出来る限り平静を装いながら、声のした方へ振り返る。
「……、ちょっと手を見せてみぃ」
「な、なんでよ……」
うちの言葉を聞いて、エルザは右手を隠そうとする。
「えぇから見せてろ!」
うちは隠そうとする右手を取り強引に引っ張り、その際エルザは苦悶の表情を浮かべ、強引に引っ張られたことにより手から杖が床に落ちエルザの右手の平が露わになる。
床に落ちた杖に一瞬視線を向けると、エルザが握っていた辺りが赤く染まっていた。
「……」
「……」
手に取ったエルザの手は、手首が腫れ手の平は肉刺が裂け血塗れになっていた。
手のひらを見られたエルザは気まずそうに、そっぽを向きうちと視線を逸らし気まずそうにしていた。
「……、お前昨日うちと別れた後寝ちょらんじゃろ?」
うちに確信を突かれたエルザは、更に視線を逸らしうちと顔を合わせようとしない。
エルザの仕草を肯定と捉え、怒気を含んでいるうちの雰囲気を感じ取ったのか、エルザらしくもなく委縮している様に見えた。
「寝て……ないわよ。でも!しょうがないでしょ!寝る時間を削ってでも!痛みに耐えてでも修練をしないと、お兄様には勝てない!それだけ私の目の前にある壁は高いのよ!!もういいから手を放して!」
エルザが堰を切り心にため込んでいた思いを感情のままうちにぶつけ、うちの手を振り払おうとする。
「……っ!馬鹿が……」
【決闘】までの期間が迫り焦っているエルザの思いが痛いほどわかるうちは言葉を詰まらせてしまう。
「気持ちはわかる……。じゃけど!自分の身体に鞭打って!自分の身体を傷付けて周りに心配を掛けてまで強くなったって誰も褒めちゃくれんぞ!」
エルザの気持ちを受け取りつつ、自身を痛めつけてまで修練を続けている周りの心情、長年仕えてきた使用人であるドーラとアメリアの気持ちを代弁するように、自分の抱いている感情を伝えるようにエルザへ訴えかける。
「……。ちょっとそのままにしとけ」
うちは抵抗するエルザを諭しながら髪を束ねているリボンに手を掛けそれを解く。
左手でエルザの右手を支えながら頭のリボンを解き、リボンを血塗れになっているエルザの右手に巻き傷口の応急処置を行う。
「ちょっ!……」
手当をするうちを見て一瞬戸惑いの声を上げるエルザだったが、すぐに大人しくなりうちの手当てを静かに受け入れる。
「焦っちょるのはお前だけじゃない、うちも同じじゃ。じゃから、自分を痛めつけて本番で全力を発揮できんっちゅうことだけはやめようや。な」
そう言いながらうちはエルザの木津付いた右手を両手で優しく包み込む。
「……、わ、悪かったわよ……」
エルザは次ぢんの行動を謝罪しながら、珍しく顔を若干赤らめしおらしい態度を取る。
「よし一応、応急処置じゃ。あとは医務室で治療してもらうなり、ドーラかアメリアに【癒しの光】をしてもらってく~れっと!」
リボンで応急処置した手の平に、故意にエルザの手を叩く。
「いっっつ!!!馬鹿!何するのよ!!!」
不意を突かれた手の平の痛みに涙を浮かべつつ、睨んでくるエルザに対しうちは、悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。
「悪い悪い。ちょっとした出来心で。さて、うちは先に部屋に戻るわ。修練続けてもえぇと思うけど程々にしちょけよ」
エルザにそう伝えうちは出入り口に身体を向け歩き出す。
「あ、そうそう、そのリボンはやるわ]
「や、やるって……、私にくれるって……こと?」
うちの言葉を聞いてエルザがほんのりと頬を染め、やたらと狼狽し始めた。
「ん?そう言っちょるじゃろ。治療してもらったら捨てるなりしてくれてもえぇよ。それじゃ、また夕方な」
「そ、そうねそうさせてもらうわ……」
落ち着きの無くなったエルザに対し、首を傾げつつうちは今度こそ魔術科修練所から出て行く。
「……」
1人残されたエルザはティファが出て行った扉を見つめ、手当された右手を左手で大切そうに包み込んでいた。
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クロフォード学園―――1年A組寮・217号室
「おはようございます。お嬢様」
早朝の修練から戻ってきたエルザの姿を共有スペースで確認したアメリアが、挨拶をしながら頭を下げ一緒に居たドーラも挨拶をしながら頭を下げる。
「おはよう。アメリア、悪いけどちょっと【癒しの光】をお願いできるかしら」
エルザは右手に巻かれたティファのリボンを解き、肉刺が潰れ傷だらけになっている手の平を見せた。
「ど、どうされたのですか!この手!」
傷だらけでボロボロになり、血の滲むエルザの右手を見たアメリアが驚きと困惑、心配が入り混じった表情を浮かべる。
アメリアの声に反応したドーラが、自身の身支度とエルザの制服を準備していた手を止め2人の方へ駆け寄って来た。
駆け寄ってきたドーラもエルザの手の平を見てアメリアと同じ反応をする。
「……。少し無理をし過ぎたわ。ごめんなさい」
エルザの”ごめんなさい”と言う言葉を聞いたドーラとアメリアは、エルザの口からそんな言葉が出てくるとは思わず一瞬呆気に取られてしまう。
「アメリア?【癒しの光】をお願いできるかしら?」
自身の手を見たまま硬直しているアメリアに首を傾げ、【癒しの光】を催促する。
【癒しの光】を催促されたアメリアは、「す、すいません!」と言いつつ、エルザの右手を両手で包み込み【癒しの光】を使用しエルザの手の平を暖かな光が傷を癒していく。
「申し訳ございません、お嬢様。私程度ではこの程度の治療しか……」
身体の傷や疲れを癒す魔法に不慣れなアメリアは、表面的な治療しかできないことに申し訳なさそうな表情を浮かべ謝罪をしてくる。
「……。大丈夫よ。そもそもフェアクロフ領の”聖女”出身でないアナタにとっては上出来よ。ありがとう」
アメリアの【癒しの光】により、痛みと手の平の傷が癒され調子を確認するため、数回右手を握ったり開いたりを繰り返し、回復し痛みがないことを確認する。
「あと、これを洗濯しておいてもらえる?」
そう言って応急処置に使われた血塗れになっているティファのリボンをアメリアに手渡した。
「この布は?」
どこかしら見覚えがある布に隣に並んできたドーラと一瞬視線を合わせ、エルザに視線を戻し敢えて受け取った布のことをアメリアは追求した。
「ティファが使っていたリボンよ。……私に、くれるって言うことだったから……その、しょ、処分するかは考えるから、と、とりあえず洗濯しておいて……」
「畏まりました」
「悪いけどお願いね」
2人に言い残しエルザは足早に各部屋に備え付けの浴室へ向かって行く。
「……」
「……」
共有スペースに残されたドーラとアメリアは再び視線を交わし、アメリアの手にあるティファのリボンに目を向ける。
「ねぇ、リボンを他人にあげるって”どういう意味”があるかティファニアは知ってるのかな……」
「多分、ティファ様はそんなに考えていなかったと思う……。リボンを誰かに贈る意味も深く考えてないかと」
「でも、エルザは軽く受け止めてない様子だったぞ、あれ」
そう言ってドーラはアメリアの手元からエルザが入って行った浴室の方へ視線を移す。
アメリアは「そう……みたいですね」ドーラが視線を向けた方へ同じく視線を向け、アメリアの表情には貴族と平民の垣根を超えた友情が芽生え始めていることに、穏やかな喜びの笑みが浮かんでいた。
リボンを相手に贈る・譲渡すると言う事は、絆を意味し色によっても意味が付加される。
ティファが普段使っているリボンの色は”白”、意味は純粋さ、誠実さ、清潔感、新しい始まりとされている。
今後、このリボンがティファとエルザを繋ぐ、『絆のリボン』となる。
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