番外編①『プライドを捨ててでも』
王立クロフォード学園―――【決闘】後・ティファ側
「ティファ!!」
【決闘】を終え、一番近くのサポート席でティファの勝敗を終始見届けていた友人達、ミリア、ファーガス、エリノア、ヴィオラがティファの名前を皆同時に叫びながら武舞台を降りたティファに駆け寄ってくる。
ティファは我先にと、真っ先に抱き着いてくるヴィオラに驚きつつ、心配させてしまったと言う思いから、抱き着いてきたヴィオラの頭を優しく撫でる。
「おっとっと!なんじゃなんじゃ。そんなに来れてもうちの体は一つじゃけぇ受け入れきれんぞ」
と一番先に抱き着いてきたヴィオラを受け止めつつ、勝利した自分自身よりも喜んでくれる友人達に向けティファは困惑の表情を浮かべていた。
その理由は視線の端に肩を落としたエルザの姿を捉えていたからだ。
「……」
反対側の退場口からエルザの背後を見たティファは無言で、その対戦前より小さくなった背中を見つめる。
「ティファ!おめでとう!ティファが勝ってほんとによかったよ!」
と、幼馴染として一番心配していたと思われるミリアがティファの勝利を褒め称えつつ、空いている手を握りブンブンと振ってくる。
「お、おぅ。ありがとう。まぁ魔術師相手に運が良かった……かな……」
ティファはミリアの手を握り返し、ミリアに礼を言う。
「1年最強と言われたクロフォードを良く打ち負かした。見事だったぞ、アッシュフィールド」
いつの間にかティファの横に立っていた、審判を行っていたオーガストからも称賛され、ここでようやくティファに勝利の喜びが胸中を埋め尽くす。
「……もしかして、後悔していたのか?」
オーガストが先程までティファが抱いていた思いを察し聞いてくる。
「……いえ、後悔はしていません。1年の魔術師最強って言われちょったアイツに勝ててうれしいですよ!ただ……」
言葉の最後で尻すぼみしたティファの返答に「ただ?」と続けて聞き返す。
「アイツの、エルザのプライドを無神経に折ってしまったんじゃないかとちょっと思って……しまって……」
オーガストにそう返し、ティファはエルザの去った方向へ再び視線を向ける。
「そうだな。お前は確かにクロフォードの貴族としてのプライド、積み上げてきたものすべてを打ち砕いてしまった」
「……」
オーガストの返答にティファは押し黙ってしまう。
「お前は優しいな……、優しすぎる。だが、そもそもこの【決闘】はクロフォードが申し込んできたもので、それに勝ったお前が敗者の事を考える必要はない」
と、オーガストはティファを励ます。
「そう言うものですか……」
ティファはそう呟き返し、自身の周囲に集まり、勝利を喜んでくれている友人達に目を向ける。
「そうですね……。それじゃあ今はこの勝利の余韻に浸るとしますか!!」
ティファはそう言って右手を高らかに上げる。
すると、観客席から、さらに大きな拍手と歓声が巻き起こる。
オーガストと観客席からの声援に見送られながら、勝利の余韻に浸りきれていないティファと友人達は闘技場を後にする。
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王立クロフォード学園―――【決闘】後・エルザ側
「負け……た。誰……が?私が……?誰に……?」
私は背後から、聞こえる勝利したティファへの歓声と称賛の声を感じる。
私は敗北という結果のショックから肩を落とし、ブツブツと呟きながら武舞台を後にし、格闘場の出口へふらふらとした足取りで向かう。
「え、エルザお嬢様!」
足元のおぼついていない私に、使用人見習いで私の身の回りを5年間して来たアメリア・ティレットとドーラ・フォレットの2人が追いかけてくる。
「エルザ!大丈夫?しっかりしなさいよ!」
ドーラが出口へ向かう私の目の前に立ち歩みを停めさせ、放心状態になっている私の正気を取り戻させようと肩を掴んでガクガクと揺する。
「……る……さい。」
「え?何?」
私の放った声が小さく、ドーラには届かなかったようで聞き直してくる。
「うるさいって言ったのよ!!そこをどきなさい!!!」
今まで癇癪を起した私から幾度となく怒声を浴びせられてきた2人だったが、いつもの怒声に混じる違った感情が含まれていたことを感じ取ったドーラと近くに居たアメリアはビクッ!と一瞬肩を震わせる。
私は肩を掴んでいるドーラの手を強引に払い除け、2人をその場に残し闘技場を出て行く。
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『エルザ・クロフォード!!』
『っ!!』
ティファからスタッフを遥か後方へ弾き飛ばされ、無防備になった私は自身の名を呼ばれその方向に視線を向ける。
『この【決闘】!うちの勝ちじゃぁ!!!!」』
ティファは自分の勝利を確信し、それを高らかに叫びながら、逆袈裟で出振り上げた右手の木剣を付きの構えに変え、身を捩り回避しようとした際に私の胸元に浮いた【決闘クリスタル】に目掛け突き放つ。
ティファが突きで放った右手の木剣の切っ先が私の【決闘クリスタル】を捉え粉々に破壊する。
それと同時に審判をしていた教官の口からティファの勝利宣言がされる。
「はっ!……ハァ……ハァ……くっ!」
昨日の【決闘】の結末を夢に見て私は飛び起きる。
「……」
周りを見ればまだ夜明け前の様で、窓に目を向けると日が昇り始めていた。
(負け……た。私は、あの子に……、負けた!!)
昨日まではショックが大きかったのか、昼食と夕飯を摂った記憶すらない。
そして、私は一般平民であり剣士であるティファに敗北したのだと、思考が受け入れ悔しさから涙が頬を伝う。
「……っ!っ!…...この......ままで終わらせ……ない!絶対に!!」
私はいつの間にか声を殺し嗚咽していた。
そして、次に【決闘】をするときは必ず自分が勝つ!と心に強く誓い、あふれていた涙を袖で拭い修練着に着替え、壁に立てかけてあるスタッフを手に取り、同室のアメリアとドーラを起こさない様に魔術科修練所へと静香に部屋を出る。
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王立クロフォード学園―――魔術科1年Aクラス学生寮
今朝は意外な存在と顔を合わせてしまい、私は想定していた時間より早く、自主練を止め自室へ戻った。
私は汗で濡れた修練着を脱ぎ、一限目から始まる魔法技術の講義に参加するべく、学生寮の各ルームに備え付けされているシャワーで汗を洗い流し、制服へと着替え何事もなかったかのように、使用人のアメリアとドーラが自室まで呼びに来るまで、苛々している気持ちを落ち着けながら、鏡の前に座り髪に櫛を通しながら、2人のどちらかが私を呼びに来るまで待つ事にする。
学園長であるお爺様の計らいで、私直属の使用人であるアメリアとドーラは同室となっている。
コン、コンッ
「何かしら?」
今し方睡眠から覚め、寝間着から制服に着替えた風を装い自身の髪を整えながら、平静を保ちつつノックして来た者に返事を返し、その人物を招き入れる。
「失礼します。おはようございます、エルザ様、髪を梳かしに……き、ました。」
ノックの主はアメリアだった。
アメリアは部屋に入る前に一礼して部屋にいる私に目を向ける。
そこにはすでに起床し制服に着替え、自身で髪を梳かしている私の姿があり、いつもとは違う光景にアメリアは少し戸惑っている様だった。
「ありがとう。でも、もう準備できたから、朝食の時間まで下がっていていいわよ」
手に持っていた櫛を鏡台に置き、部屋の入り口で佇んでいるアメリアへ視線を送る。
「ドーラの身支度はどうなのかしら?」
部屋から出て行く寸前で私にそう聞かれ返し、「もう少しで終わると思います……」と、恐らく起床後顔を洗っている水音のする方へ一瞬視線を配り、私に答えてくる。
「そう。なら、ドーラの身支度が終わったら朝食に行くわよ」
「はい。あ、今日ある授業の教本、お持ちしますので」
私にそう返し、一礼して部屋に入り教本の束を両手に抱え、アメリアは出て行く際にもう一度一礼して部屋を後にする。
(昨日の事、今朝あった事、表情に出してはダメよ……。私に付いて来てくれているアメリアやドーラの為にも……)
私はそう思いながら弱気になっている事に、頭を左右に振りその思考を振り払う。
そして、支度の終わった2人と共に朝食へ向かう。
⚔⚔
王立クロフォード学園―――1年一般授業棟
朝食を終えた私達は食堂から授業棟へ移動する。
ドサドサッ!
アメリアとドーラを伴い教室に入ろうとした瞬間、数冊の書籍・教本が地に落ちる音がした。
そちらに視線を向けると、シンシア・エマーソンが”あの時”と同様に抱えていた教本類をその場にぶちまけていた。
どうやら教室から出て行く自身と、教室へ入室しようとした男子生徒と接触し、持っていた教本類を散りばめてしまったようだ。
「いってぇな!色無しは道の端を歩いとけって言われてただろうが!何対等に俺達と同じ道歩いてんだよ!」
シンシアとぶつかった男子生徒が不快な表情を浮かべ、シンシアに怒号を浴びせる。
「ご、ごめんなさい......」
シンシアは目尻に涙を浮かべながら散らばった教本を拾い集める。
シンシアが必死になって拾い集め、手を掛けようとした教本の一冊に男子生徒が足を掛け、グリグリと踏みにじる。
そこにあったのはティファとの【決闘】前にあった自分自身の姿だった。
(私は......、私はこんなことをしていたのか......!!)
現在目の前にしている男子生徒の行いが以前の自分自身と重なり、私は反吐が出た。
「魔力がないくせに!教本ばかり読んでるだけの奴に、この先成長なんかないだろ!」
私は散らばった教本を蹴散らすその男子生徒の”魔力がないくせに”と言う言葉に、自身が思っていた以上に反応し、肩を怒らせながらその男子生徒に詰め寄り、シンシアと男子生徒の間に立っていた。
「そこまでにしておきなさい!」
私の呼び掛けに男子生徒は今までの行為を止め、周囲の視線が私へ向けられる。
「エルザ!」
「エルザ様!」
と、私の行動を制止する声を無視し、私はシンシアに近寄り散りばった教本を一緒に拾う。
「あ、あの......」
今までいじめの主犯格だった私の行動にシンシアが戸惑った表情を浮かべる。
私は周囲の本能を気にせず散らばったシンシアの教本を拾い集め、男子生徒が踏みつけ足跡の付いたものに関しては、足跡が目立たない程度に手で払いシンシアに手渡す。
「ご、ごめんなさい。あ......ありがとうございます」
シンシアも今までいじめの主犯だった私に助けられ戸惑っている様だった。
「……」
「……あ、あの!」
拾い上げた教本を無言で差し出してくる私に、それを受け取りながらシンシアが言葉を放とうとする。
私はそれを無視してシンシアに向かって頭を下げる。
その行動を見た使用人のアメリアとドーラを含めた周囲が騒がしくなる。
「今まで......!ごめんなさい......。私が悪かったわ……!」
私は平民へ頭を下げるという行為に、悔しさを噛み締め目尻に涙を浮かべる。
「エ......エルザ様!」
「エルザ!あ、あなたが平民相手に頭を下げる必要なんて......!」
「うるさいっ!!」
私の行為を咎めようとした使用人の2人を一言で一括し黙らせる。
「【決闘】での......、【決闘】での私が負けた際の条件は”シンシアへの謝罪”!私はただ、それを成しただけよ!!」
平民へ頭を下げた悔しさと惨めさを隠しながら私は顔を上げる。
そう、この時の私は貴族の『プライドを捨てでも』この約束は果たさなくてはならないと思っていた。
だが、この行為以降私を取り巻く環境は一変していった。
番外編はサブヒロインなどにフォースカスを当てて描いていきたいと思っております。




