〈第9話〉『”閃光”のティファ』
王立クロフォード学園―――学園闘技場 一般観戦席
この【決闘】開始から観客席で観戦していた生徒は、エルザの完全勝利と思っていたが、今の状況はティファの予想外の身体強化魔法からエルザの魔法を全回避するに始まり、現在の【高速二刀】と【炎球】連弾の打ち合いという状況になっており、【決闘】を観戦している全生徒の予想を裏切るものとなっていた。
「……。悪いが、先に自室に戻る」
先程まで無表情で2人の【決闘】を静観していたクラウスだったが、ティファの【紫電】【高速二刀】【迅雷】とエルザの【炎球】連弾の打ち合いが始まると険相な面持ちで席を立ちあがる。
「ん?なんでだよ、まだ勝負はついてないぜ?」
勝敗がついてない状況で観戦席の席を立ち、1人自室に戻ると言うクラウスにレオスが素朴な質問をする。
「いや。勝負はついた。この【決闘】、エルザの”負け”だ」
レオスの質問に簡潔に答え、そのまま闘技場を後にしようとする。
「おいおい、待てよ!今はまだ2人とも状況は拮抗してるだろ、なんで急にそんなこと言うんだよ……」
立ち去ろうとするクラウスの肩に手を掛け、引き留めようとするレオスだったが、クラウスはその手を払い除ける。
「言った通りだ。この【決闘】、エルザの負けで終わることが濃厚だ。あとのことはアシュリーにでも解説してもらってくれ」
クラウスはアシュリーへ一瞬視線を向け、不愛想に闘技場の観客席から去っていき、解説をするよう振られたアシュリーは頬杖をつき「はぁ……」とため息を漏らし、クラウスは2人に踵を返し観客席から出て行く。
「……、だとさ。悪いが俺には今の状況からエルザ嬢ちゃんの負けって結果がよくわかんねぇなぁ……」
観客席から居なくなるクラウスの背中を見送り、レオスが「やれやれ」と言った表情を浮かべ、現在の状況で何故エルザの敗北になるのか、武舞台から目を離さないアシュリーに解説を求めた。
「……ねぇ、あなたも3英傑って言われているんだから、少しは2人を見比べてみて”今現在”の戦況を観察して見なさいよ」
本当に何もわかっていなさそうなレオスを見て、学園で自分と共に英傑と呼ばれている事に呆れ顔を浮かべながらアシュリーが答える。
席に戻りながら武舞台に目を向け直し、レオスはティファとエルザの今置かれている状況を交互に視線の動かし2人を観察する。
「んんっ?あれ、なぁ。お嬢は”同時”に【創造】できるのは最大7つまでじゃなかったか?それがなんであんなに連弾で攻撃できるんだ?それに……、お嬢の方は息切れし始めて……る?」
高速剣を振り続けているティファに比べ、【炎球】の連弾を放ち続けるエルザの方が息を切らせていることに気付く。
エルザの攻撃魔法の【創造】数が7つまでということは学園内で有名であり、レオスも周知の事だが7つ以上の【炎球】を次から次へ連続して【創造】し、打ち続けられる状況に疑問を抱いていた。
「ハァ……、剣術科ばかりという訳じゃないけど、他の科はもっと魔法基礎学の授業くらいちゃんと受けるべきだと思うわ……。まぁ別にいいんだけど。魔術師には自身の周囲に魔力を維持できる”魔力維持範囲”というものがあるのよ」
と解説を押し付けられたアシュリーは溜息を一つ付き、隣席を”ポンポン”と軽く叩きそこへ腰を降ろすよう無言でレオスに促す。
”魔力維持範囲”
各魔術師は個人に比例して魔力維持範囲というものが存在する。
己の魔力量域個々の空間把握能力、領域変換能力により魔法攻撃の幅を広げられる。
【広範囲タイプ】
高領域タイプは標的の索敵範囲、放出した魔力の操作性が、最も広く視野を広げられ一発に対する威力を最も集約できるが、連射性は低い。敵の急所を一発で打ち抜けることから、初級3形状と言えど集約した魔力は高威力になる。
だが、残存魔力の意地がしやすく、強みのロングレンジで集約魔法を得意とする反面、【広範囲タイプ】の魔術師には【創造】した魔法を放つまでに、騎士などの盾となる前衛職が必須になっており、単独では生き場のないパーティー専門ともいえる。
【狭範囲タイプ】
広範囲に意識・広範囲に展開できる術者が、敢えて魔力の維持範囲を狭くし、威力に当たる魔力集約と射撃精密性を犠牲にすることで、ミドルレンジで自身の魔力を切り離すことで連弾が可能になる。
ロングレンジに比べ自身が想像し放出した魔力が短い距離で意識範囲外へ離れるため、次から次へ新たな魔法を【創造】でき相手の攻撃の手を休めず攻撃が可能。
しかし、魔法の連弾は”あくまでも”敵・対戦相手をそこへ足止めする事が主な役割になっており、相手に致命的なダメージを与えられることは稀である。
そして、【狭範囲タイプ】のデメリットして、連弾で魔法攻撃をするあまり自身の魔力量を測り間違い自滅する事が多い。
特異な点ではあるが魔力量は十分あるが、短距離での魔法連攻撃で、”魔力は十二分あるが”短射程攻撃に慣れていない術者は”息切れを起こす”と言う事がある。
「今言った事はあくまでそれぞれの特徴であって、当然戦略的にはそれぞれメリット、デメリットが存在するわ。まぁ自分の意志で広・狭の得手不得手は個人差はあるけど、そこは自分自身が訓練で見極めればいいわ。だから、使いどころも色々よねぇ、で、今エルザお嬢ちゃんが置かれている立場が後者なのね」
アシュリーにそこまで説明され、レオスは武舞台のティファとエルザへ交互に視線を向ける。
「そして、魔力には”魔力持久力”というものがある。確かにエルザお嬢ちゃんの魔力”量”は学園でトップクラスに入れる。アンタみたいな脳筋に分かりやすく説明すると、”体力”があるからと言って”持久力”が伴っているとは限らない。長距離を走ることが得意な人と短距離で速く走ることが得意な人っているでしょ?魔力も同じよ。ちょっとした使い方の違いでも実際には大きな差になってくる」
「じゃあ、お嬢の今の息切れはロングレンジ主体から”慣れていない”ミドルレンジに切り替えたことで自分の”魔力持久力”を見失っちまってるのか……」
エルザの置かれている状況をアシュリーの説明で理解したレオスは、この【決闘】の結末をクラウス同様にエルザの負けで予測する。
「そうなるわね。エルザお嬢ちゃんの【炎球】連弾にも耐える高速剣。ティファニアちゃんはもしかしたら物心ついた時から今までもの凄い練習量を重ねて剣術に打ち込んできたのね、そうでないとあのスタミナ量の説明ができない。まだまだ魔力制御はお粗末なものの、あの”身体強化魔法”は常日頃からの鍛錬と相まって活きてきているんだわ……。これは私の私見だけど、あの”身体強化魔法”にはスタミナ消費軽減の効果もあるのかもしれない……」
高速剣をを振り続けても汗水垂らさず表情すら変えないティファに、自身の予想の遥か上を行く剣技にアシュリーは解説をしながら、ティファの才能に光るものが見えたのか若干興奮気味で鳥肌が立っている様だった。
「それと、クラウスが言っていた、”エルザの負け”にはもう一つの要因があるわ」
「もう一つの要因?」
と、レオスは小首を傾げ、アシュリーの表情を窺う。
「今私達の座っている観客席は、ちょうどティファニアちゃんとエルザお嬢ちゃんの中間地点の前列よ。何か気付かない?」
エルザは自分に向けるレオスに、もう一つ注目すべき点がないか尋ねる。
「ん~……?」
アシュリーにそう言われ、レオスは顎に手を添え首を傾げながら注意深く2人の攻防を注視する。
「!!爆煙か!俺等からに言わせてみれば今の2人の攻防の状況確認はできる!だが、対面しているエルザ嬢ちゃんからしたら相手の状況が打ち払われた【炎球】の煙に包まれ過ぎて把握できない!」
アシュリーのヒントから、レオスはエルザの今置かれている状況に自身で気付く。
「そう。あそこまで相手の身が分からない状況を創り出してしまった以上、後は武舞台の両サイドから【決闘】判定をしている教官の表情で判断する以外、自分の攻撃を緩める判断ができない。そして、結論ティファニアちゃんはこの程度の【炎球】連弾ではスタミナ切れを起こさない……」
レオスが自身で導き出した答えに、アシュリーは正解と答え、エルザの置かれている状況の更なる詳しい説明をする。
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王立クロフォード学園―――学園闘技場 武舞台
(ハァ……ハァ……!見誤ったわ……!ミドルレンジでの連弾がここまで辛いなんて!)
エルザはそう思いながら、武舞台の両サイドで勝敗の判定をすべく戦況を注視しているオーガストと魔術科の教官の顔色を交互に窺う。
(あの教官達の表情……。まだ耐えているの!?嘘でしょ!もう何発撃ち込んだと思っているのよ!!!)
息つく間のない程に【炎球】を打ち続けるエルザは、この連弾を今も尚打ち払っているティファに対し、驚愕している表情をしていることを視認する。
(っ!!まだ倒れていないの!?)
自身が得意とするロングレンジから不得手のミドルレンジに切り替え、反撃する暇も与えない程【炎球】を打ち込んでいても、片膝をつく様子すらない状況を2人の教官表情から読み取る。
「な……んなのよぉ!いい加減倒れなさいよ!!こんな……、こんなぁ!!」
(こんな降って湧いたような【決闘】に撃ち負けている様じゃ、お兄様になんて……到底……!!)
ティファの粘りにいつの間にか声を張り上げ、自分の思った通りに【決闘】が展開していかないことに、その悔しさともどかしさから血が滲むほどに唇をか噛み締めながら、こんなところで撃ち負けるわけにはいかないという思いと意地で連弾の手を緩めない。
(ハァ、ハァ……、い、一瞬だけ、一瞬だけ息継ぎをする程度なら……)
しかし、ついにエルザの思いとは裏腹に自身の魔力持続力も限界を迎えったことを感じ、”ほんの少し”という甘えから【炎球】の連弾を”一瞬”止めてしまう。
だが、その一瞬の隙を見逃さず爆煙を突き抜けてくる人影が現れる。
「なっ!!」
(たった一瞬!たったの一瞬よ!?その隙すら見逃さないの!この子は!!)
一瞬の隙を突かれ、エルザは戸惑ってしまい次の一手が遅れてしまう。
「くっそぉ!思っちょった以上にアイツも粘ってくるのぅ!!えぇ加減にせぇよ!!」
うちの張り上げた痛罵の声は爆煙と爆音にかき消されていた。
【紫電】【高速二刀】【迅雷】を振り続ける手を緩めることなく、うちは胸元にある【決闘クリスタル】の様子と左右に展開している教官の顔色を窺う。
(ん?攻撃の手が緩んだ!)
持久戦へと持ち込んだことを判断ミスしてしまったかと思っていた時、一瞬だけエルザの連撃に隙が出来た。
うちはそのほんの一瞬できた、攻撃の手の隙を見逃さず、【紫電】【高速二刀】【迅雷】に集中していた魔力を脚力へ身体強化の魔力を循環し直し【紫電】【韋駄天】へと切り替え、思いっきり地を蹴りエルザへ向け前進する。
目の前には攻撃の手を緩めてしまった後悔と、一瞬の手休めのつもりでいたエルザの驚愕した表情を見せたが、エルザは再びうちの進撃を停めるべく【炎球】を放ってくる。
うちは【炎球】を掻い潜り【紫電】【韋駄天】の勢いのままエルザの移動し、急制動によりブーツの底が石畳と摩擦し合い煙を上げ”キュッ”と音を立てながらエルザの左側で急停止する。
「!!」
剣の間合いに入ってしまった事黙認したエルザはスタッフを水平に構え近接防御の態勢に入る。
「っらあぁぁぁぁ!!」
うちは無意識に放った咆哮と共に左手の木剣を上段へ振り上げ、袈裟切りの形でエルザの右肩から左下段に掛けるまでの一撃を思いっきり振り下ろす。
木剣を振り上げる動作を見て、エルザはスタッフを横水平に構え防御の態勢に入る。
「っく!!」
うちの右袈裟切りをスタッフの杖部分で受けるが、エルザは受けた衝撃を苦悶の表情で持ち、踏ん張った両脚から土煙を上げながら己の意志とは別に後方へと吹き飛ばされる。
うちは自身の一撃で吹き飛ばしたエルザを俊足の一歩で距離を詰め直し、右手の木剣を左下からの逆袈裟切りで追撃をする。
うちの追撃の衝撃で、スタッフを所持する手に力が入らなかったエルゼは、追撃の剣の衝撃に耐え切れずスタッフを手放し、エルザの手から離れたスタッフがクルクルと上空を舞い後方へと落ちる。
「エルザ・クロフォード!!」
「っ!!」
うちから武器を奪われ、無防備になったエルザは自身の名を呼ばれうちに視線を向ける。
「この【決闘】!うちの勝ちじゃぁ!!!!」
うちは自分の勝利を確信し、それを高らかに叫びながら、逆袈裟で出振り上げた右手の木剣を付きの構えに変え、エルザの胸元に浮いた【決闘クリスタル】に向け突き放つ。
突きで放った右手の木剣の切っ先が【決闘クリスタル】を捉え粉々に破壊する。
「勝負有!この【決闘】、ティファニア・アッシュフィールドの勝利とする!!」
この【決闘】の審判役をしていたオーガストと魔術科教官から、うちの勝利宣言がされ観戦していた生徒から歓声が上がる。
「う……そでしょ……?私が……私が剣術科に、平民出自の剣士に負けるなんて……」
エルザは””敗北”という現実を受け入れられず、その場に脱力し座り込んでしまう。
「嘘……嘘よ……。こん…な結果、嘘よ……!」
エルザは【決闘】による敗北に血が滲むほどに唇をかみしめながら右手を振り上げ、武舞台の石畳に思いっきり叩きつける。
「……。ナイスファイトじゃった。アンタは十分強かったよ。戦況判断が違えばうちの負けじゃった」
うちはその場に座り込み肩を震わせながら悔しがるエルザに歩み寄り手を差し伸べる。
「っ!!!」
うちのその言葉と立ち振る舞いが勘に触ったのか、パンッ!差し伸べた手を打ち払われる。
そのまましばらくお互いが沈黙した後、エルザは無言で立ち上がり落ちているスタッフ拾い上げ武舞台から去っていく。
「……」
「これはクロフォードが正式に申し込んだ【決闘】だ。お前が気にすることじゃない」
武舞台を去るエルザの後姿を彼女が背負っているプライドを自身の感情論だけでへし折ってしまった事に申し訳なく思っていると、いつの間にか横に立っていたオーガストが話しかけてくる。
「1年最強と言われる相手に良くやった。この”勝利”をお前は誇っていい」
そう言ってオーガストはうちの勝利を褒め称える。
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王立クロフォード学園―――学園闘技場 一般観戦席
「……この【決闘】、最初から最後までの結末が見えていたのはオーガスト教官だけかなのもね……。でないと1年最強のエルザお嬢ちゃんとポッと出の剣士を戦わせたりしないわ」
今までレオスと2人で観戦していたアシュリーがポツリと呟く。
「……」
レオスはアシュリーの呟きに無言という返答をする。
観客席で【決闘】の終止符を見ていたレオスとアシュリーはその後のティファとエルザ2人のやり取りを見届ける。
「……先に戻るぜ」
一言言い残しレオスが唐突にその席を立ちあがる。
「あら?あなたももう戻るの?」
アシュリーは武舞台に残るティファから目を逸らさずレオスに問いかける。
「俺自身魔術科には”絶対”に勝てねぇとさっきまで思っていた。だが、この【決闘】の結果見せられたんじゃ俺の強さもまだまだと思っちまってな」
「それで今から自主練?ホント脳筋って単純よね……」
アシュリーはレオスの回答を聞き、フフッと笑みを浮かべ、レオスは「脳筋で悪かったな」と返す。
「ま、私も自室に戻ろうかなぁ。これ以上は面白いこともないだろうし」
アシュリーはそう言ってレオスの後を追う様に席を立つ。
「……あの身体強化魔法が放つ光とあの速さ……。一瞬に煌めく光、差し詰め『”閃光”のティファ』って言ったところかしら」
アシュリーはそう言い残しレオスと共に闘技場から去っていく。
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