4話半①、深い傷跡
誰にでも思い出と悲しい過去がある。
「比奈! いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!!」
お母さんの声だ。
「もう少しだけ〜」
「それはだめ!!」
お母さんは私の毛布を引き剥がす。
「寒いよぉ」
✷✷✷
目が覚める。
そうだ、私は今は異世界にいるんだ。
お母さんに会いたい。
「どう? よく眠れた?」
一段下で先に目覚めていたモルウェスが私に問いかける。
「あ、うん」
私は夢のせいで昨日ほどは元気が出なかった。
「どうかした?」
私が落ち込んでいることを察知したのだろう、モルウェスは心配そうにさらなる問いかけるを私にした。
「私が元いた世界はさ、毎日がとてもつらかったの。 毎日遠くの学校に電車で通って、そこからまたバスを待ってさ。 放課後は部活で、帰るのはいつも七時だよ?」
「七時って、そんなに遅いとモンスターに襲われない?」
「フフッ、私が元いた世界にモンスターはいないんだ♪」
「いいなぁ」
「そう? 毎日学校に通う上に、先生には時々怒られるんだよ?」
「訂正するわ、良くない。」
「うん、楽しいことなんて何もなかったもん。」
「でも何か、思い出とかはないの?」
「うーん、何があるかなぁ。 あるとすれば、私はバドミントン部でぇ、けれども大会ではあまり活躍してなかったしぃ、胸が邪魔だった思い出しかないなぁ。 あ、でも、この世界もだけど、向こうも食事が美味しいんだぁ」
「へぇ、その中で代表的なものと言えば?」
「私はお好み焼きが好きだったよ?」
「お好み焼き、か、いまいちイメージが湧かない名前ね。」
「今度作り方教えるから、一緒に食べない?」
「うん、そうしよう。 !? 待って、こっちの素材で作れるの!?」
そうだった。
「確かに。」
「材料をあとで教えて。 あったとしてもこっちでは数が少ないかもしれないから。」
「わかったぁ」
「あと、バドミントンって何? そもそも部活ってそっちの世界にもあるのね。」
「逆にこっちにもあるの!?」
「ええ、学校はないけれど、部活っていうものなら一様は。」
「どんなことするの?」
「時々、街の広場で開かれるのよ。 主に戦闘と学問が中心ね。 まあ、毎回自由参加だけれど。」
「想像と全く違う。」
「ねぇ、そっちの世界の部活ってどんなの?」
「スポーツとか芸術が中心でね。 毎回強制参加でダルいの。 それを楽しいとか言ってる狂人もいるよ?」
「部活って必ずどこかには所属しなきゃいけないものなの?」
「そうではないね。 ただ、特体とかスポーツ推薦での入学や、友達を作りたい人とか、やりたかった人だけが入るよ?」
「なんか、複雑ね。 ところで、比奈はどうして部活に入ったの?」
「それはぁ、たしか、友達が欲しかったからかな。」
私は恥ずかしそうに答える。
「友達?」
「うん」
「部活で友達なんてできるものなの?」
向こうにいた時、あんまり考えて生きてなかったせいか、返答に困ってしまう。
「まあ、なら、質問を変えるけど、比奈がさっき言ってた、バドミントンって何?」
「ああ、羽のついた球体と、ネットを先に貼り付けた道具を使う競技だよ?」
「どうやるの?」
「その道具で球体を相手と打ち合うんだよ。」
「難しそうね。」
「そんなことないよ。 すぐに慣れるし。」
「ねぇ、家の庭でそのバドミントンって競技をやらない?」
「いいねぇ やろやろ」
私はいつの間にか、すっかり自分らしい元気を取り戻していた。
✷✷✷
「お母さんに会いたい。」
私はボソッと呟いた。
「お母さん?」
「うん」
「比奈のお母さんってどんな人?」
モルウェスは私の顔を見る。
「朝うるさいけど、いつも私の頭を撫でてくれた。 昔私が学校でいじめられたときも、必ず味方してくれたの。 今、どうしてるかなぁ。」
時間の流れ方は知らないけど。
「寂しいのね。 その気持ちすごくわかる。」
モルウェスは幼少期を語り始める。
「私は幼い頃、この街より遠く離れた小さな村に住んでいて、両親を使いの攻撃で失ったわ。
母さんは私と兄さん(レイモンド)にいつも言い聞かせてたわ。 この世界がどれだけ不条理でも、強く生きればきっと幸せになれるって。
父さんは腕の立つ傭兵だった。 一本の剣を振るい、生活を守ってくれたわ。
だけど、ある日、たまたま飛んできた終焉の使いが村に襲撃をかけたわ。
村の家々が使いの吐く炎で燃えかける中、父さんは私達兄弟と母さんを隠すため、おとりになったの。
最後に見た父の姿は、煙の中に駆けていくものだった。
母さんは森の中を逃げている途中で息絶えたわ。 私達は森で母さんを埋葬するしかなかったの。
だからね、比奈のその寂しさは、
痛いほどわかるわ。」
私はこの街に終焉の使いが来たときに見た、モルウェスの絶望の表情を思い出す。 それに、今ならその理由もはっきりとわかっている。
自分はいとも簡単に討伐してしまったが、あの終焉の使いとかいう魔物は様々な種類があり、完全なる不死身だ。
それ故、今までの勇者では到底太刀打ち出来なかったのだろうと、容易に想像がつく。
だが、モルウェスやレイモンドのように、ここまで消えない傷跡を深く刻まれた者が、どれだけこの世界には溢れているのだろう。
それを考えると、なんだかとてつもなく虚しくなるのだった。
次回、4話半②、拭えない血