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図書室に保管されていた日記

AA月AA日 (月)


底なしに強欲で美しい、記憶の宝石箱へ


今日から私も日記をつけることにしたの。

一つだって忘れないように、あなたを欠片も無くさないように。

片隅で眠るだなんて、私が許さないんだから。

貴方は私の中でずっと、私と共に世界を見るの。

最期の時には答え合わせをしましょう。

一つだって答えられなかったら、ヒドイ目に会わせてあげるわ。


ペネロペは優しい子だった。

知っていたとは思うけれど、「祝おう」って、そう言ったのはあの子が最初だったわ。

そうして花冠を作ってくれて、笑顔であなたを送っていたの。


リィは強い子だった。

知っていたとは思うけれど、「負けるな」って、そう言ってくれたのはあの子だったわ。

あなたのその笑顔を怒りに変えるために、ずっとずっと考え続けるって。


覚悟をしておいて。

あなたは花の吸血鬼に呪われてしまったのだから。

絶対に手を放すことなんてしない。

繋いだ両の手は誰であろうが切り離せない。

芽吹いた花の呪い(まじない)は、永遠を、叶えてくれるはずだから。


覚悟をしておいて。

私は宝石箱に閉じ込められてしまったのだから。

絶対に忘れることなんてない。

紡いだ思い出の宝石は誰であろうが砕けない。

閉じた宝石箱の瞳が、皆を守ってくれるはずだから。


私は死ぬまで咲き続けるから。

「綺麗だ」って、その言葉だけを頼りにね。


永遠に呪われた一凛の花の物語を、楽しんで。



BB月BB日 (火)

このサナトリウムに新しい子が来て、一年が立とうとしているわ。

最初は私みたいに分からないことだらけだったけど、今では図書室に入り浸って、何かをずっと読み漁ってる。

まるでマリみたいね。

もちろん、宝石箱の底のことだって教えた。

そしたら、「馬鹿じゃないの?」だって!

大人になんて負けてたまるかって、苛烈に果敢に、方法を探してる。

あの子はきっと、ここに新しい種を運んできてくれたの。

いつかそれが芽吹いたら、このサナトリウムだって変わるかもしれない。

本当に、未来が楽しみね。


もう一つ、中庭の一角に向日葵畑を作ったの。

みんなすくすく育って、今では一様に太陽の方を向いているわ。

私の花もずっと元気に揺れている。

あなたのくれた命でね。


その隣には、リィの花壇があるの。

そう!リィが花のお手入れを勉強してくれてるの!

そこにシオンの花を植えて、頭を捻らせながら必死に育ててる。

あなたを驚かせるためだ、ってニコの遺した道具を使って。

ほんと、リィは流石だよね。


ペネロペは相変わらずのいたずらっ子だけれど、新しい子たちを優しく受け入れるのは彼女の役目になっているわ。

皆やさぐれた子たちが多いけれど、あの無邪気さには警戒を解かざる負えないみたい。

ケイトみたいに気を配って、みんなが選択できるように。


あなたが居なくなっても、世界は変わらず回っている。

私もあなたみたいに、みんなが頼ってくれる、立派な花にならないとね。


CC月CC日(水)

今年も桜の花が咲いた。

散る花びらを見るたびに、あなたのことを思い出すの。

憎らしいくらいの笑顔で、私の中に生きているあなた。

それどころか、料理を作っていても、みんなと遊んでいても、こうやって日記を書いていても笑いかけてくるんだから、もうどうしようもないわね。


このサナトリウムも随分人が増えた。

あの一週間が特別だったみたいで、あれから大きな事件は起きてないわ。

みんな穏やかに、選択の時を待っている。

私はみんなの選択を尊重する。

それがどんな選択であれ、嘘つきにだけはなりたくないもの。


花畑は随分大きくなったわ。

櫟の木も、みんなの遊び場として大切にしてもらっている。

今年来た子はピアノが出来て、また舞踏会も開くことが出来たわ。


今あなたが隣に居れば。そう考えざるを得ないくらい。

……やっぱり、少し寂しい。


いいえ、いいえ。

折れてなるものですか。

あなたがくれたこの命を、あなたが生きているこの命を。

私は最期まで、花を愛でていくんだから。



DD月DD日(木)

今日、あの子が永遠を選んだわ。

一番仲が良かった子と一緒に、手を繋いで。

少しだけ、羨ましいと思ってしまった。

あの子はそれを許してくれたんだなって。

またあなたに言うべき、恨み言が増えちゃった。


私は来週、このサナトリウムを出る。

私も今年で18歳だから。

でも安心して。私は私のまま、外の世界に出て見せる。

だって、あなたが「綺麗だ」と、言ってくれたから。


私はここを出た後、世界を旅して、同じような境遇の子たちを救いたいと思う。

方法も何もまだ思いつかないけれど、必死に生きて、第三の方法を見つけて見せるわ。

だって、あなたと本当の意味で永遠になれたらって、今も考えてしまうもの。

私も随分強欲になってしまったみたいね。一体誰の影響かしら?


私が出た後は、リィが花のお世話をしてくれる。

宝石箱のことはペネロペが継いでくれるらしいわ。

図書室だってキッチンだって、あのころとは違う子たちが笑顔で駆け回っている。


だから、もう大丈夫。

私はここを護るために、大人になって戦うんだ。


あなたもちゃんと、見守っていてね。



EE月EE日(金)


外の世界は驚くべきことが沢山よ!

サナトリウムのおかしな大人たち以外にも、人間以外の生き物は、この地球にたくさん住んでいたらしいの!

例えば、ミ=ゴという種族は彼らにも似た技術を持って、サナトリウムの奪還と改善を約束してくれた。

例えば、ハイパーボリアの民を名乗る人たちは、魔術にも精通していて、私にも使い方を教えてくれたわ。

色々と代償を支払うことにはなったけど、あの宝石箱を護れるなら、私は何だってする。

それが私の選んだ、私という花の咲き方だから。


今は奪還のための準備を整えている。

もう少しだけ時間はかかるだろうけど、私の思う健全な組織として、あのサナトリウムを運営して見せる。

もう二度と悲しむ子たちが出ないように。子供たちが恐怖にさらされることがないように。

大人として、花の吸血鬼として。みんなの個性を護るために。


…命を頂くことにも、慣れないといけないわ。

許されることではないけれど、例えば、余命僅かな方を安らかに眠らせるかもしれない。

例えば、世界に絶望してしまった方を、安心して眠らせられるかもしれない。

せめて自分が許せる方法で、私は足掻いてゆくわ。


今、あなたがここに居たら、一体なんて言うかしら。

面白い、と、喜んでくれるかしら?

いけない、と、叱ってくれるかしら?

どちらにせよ、あなたの声が聴けたなら。


なんて、ここで吐く弱音くらいは許してね。


OO月OO日(土)


私があのサナトリウムの管理人になって、数年が過ぎたわ。

私ももう立派な大人だと思うけれど、それでもあなたは「綺麗だ」と言ってくれるかしら。

…駄目ね、年を取ると涙もろくなるというのは本当みたい。

今私は、外とあの閉じた世界を行き来して、私たちのような思いをする子がいなくなるように活動してる。

たくさん勉強して身につけた、あなたみたいな口の上手さと、花の呪いを武器にしてね。

今私がなんて呼ばれてるか知ってる?

「花の魔女」だって!

世界の奇病だとかのテレビに出て、私の経験を話したら、いつの間にかそう呼ばれるようになっちゃった!

まあそのお陰で、たくさんの個性的な子たちが集まってくるようになったんだけどね。

いつか彼らも、何不自由なく生きられるようにするのが、今の私の望むこと。

きっとあなたも、私の選択を尊重してくれるよね?


あそこは今も、天国のままよ。

少しだけ出入り口の広がった、ね。


永遠を選んでも、大人になることを選んでも、どちらもあの場所は肯定してくれる。

泣いて喚いて、飲み込んで、みんな成長していくの。


あの宝石箱にも、新しい作品が並ぶようになったわ。

ネネムみたいに絵を描ける子たちが、色とりどりに飾ってくれている。

あそこはもう、蒼色だけじゃない。誰だって笑顔になるくらい。

たくさんの輝かしい記憶で埋められているんだから。


庭の櫟も大きくなって、代わりに一番大きかったあの樹は死んでしまった。

台風が来て、折れてしまったの。

それもまた、自然の摂理だとは思うけれど、変わるのはどうしようもなく、寂しいものね。


変わると言えば、リィもペネロペも、外の世界に来てくれたわ。

私がやろうとしていた活動を、彼らも手伝いしてくれている。

リィはその負けん気で、ペネロペはその無邪気さで。

私にできないことをやってくれて、とても助けになっているわ。

護ることは大変だけれど、みんな一緒なら何も怖くない。


いつかの時、あなたは褒めてくれるかな?



ZZ月ZZ日(日)


どうにも限界が来たみたい。

協力者たちの手も借りて、ここまで生き永らえて来たけれど、私の花は少しずつ萎れてきている。

リィもペネロペもたくさん学んで、私のことを手伝ってくれていたから、もう心配はないのだけれど。


後悔もない。私は最期まで、あなたに褒められた言葉を支えにここまで咲いて見せた。

約束、忘れてないわよね?

今からあなたに答え合わせをしに行くわ。

一つでも答えられなかったら、酷い目に会わせてあげる。


オムライスも得意になった。チェスだって誰にも負けないわ。

みんなとケーキもたくさん作った。舞踏会だって何度もやったわ。

今ならあなたに言いくるめられることもないかもね。


ねえ、私、きれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




サナトリウム「アヴリル」管理人

エミ=A=ハナブサ

享年(42)

自身を蝕む花の呪いにて、逝去。


世界中で散見されていた、奇病怪病の子供たちの立場改善を掲げ、世界中を奔走した女傑。

それらを神秘とし、その秘匿と保護、研究のための団体、我らが「ガーデン」を立ち上げました。

彼女は生涯伴侶を作ることなく、ただ子供たちのためにその命を捧げましたーーーーーーーーー



葬列には、皆がいた。

リィもペネロペも、今まで彼女が迎え入れた子供たちも。

ただ静かに前を向き、時には涙を流しながら、それでも惜しむことはなく。

「だって彼女は、これから愛しい人に会いに行くのだもの」

「俺たちが引き留めるべきことじゃない」

「今まで頑張って来ていたものね」

「もうそろそろ、迎えに来てやってくれよ」

「「宝石箱の、眠りの王子様」」


日は沈み、日曜日が終わる。


ーーーーーそしてまた、新しい一週間が、始まった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーああ、おはよう。今日もいい朝だね。

ーーーーーーーーーーそれじゃあ、朝ごはんを食べに行こうか。


そう言って、彼は私に手を差し出す。

私は彼に手を重ねて―――――――



向日葵

別名「天竺葵」

花言葉「あなたを見つめる」「光輝」


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