Side-オリュンポス/白: 決着
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突如発生した異常事態。コックが『終わってない』と口にしたからには、やはり何らかの異常が巻き起こっていたのだ。
一方その頃、東大陸西部にて。
そこに世界唯一の『天空都市』として、その大地が乖離している土地があった。
その名をオリュンポス。
神々が住まうとされる天空都市、オリュンポスである。
———しかし、そこにいる神々すらも、この現状に驚愕の色を隠せてはいなかった。
薄暗い部屋の中央。
水らしき透明な液体で満たされたカプセルの中にある、小さな小さな肉片。これこそが、今の主神でもある『機神ゼウス』の器であった。
『魔王は……アベル・セイバーは、死したのではないのか。
……貴様には、分かるはずであろう———カイン?』
そのゼウスは、カプセルの前に立ち尽くした、白銀の髪の男に質問を投げかけた。
「そうです。魔王———いえ、我が弟は確かに死にました。
……まあ、それだけでは———この異常事態には、説明がつきませんよね……?」
『……』
魔王———もとい、アベル・セイバーの敗北と共に発生した異常事態、その根源は、この世界の中心たる『大穴』より渦巻いていた。
一見、魔王の手によるものと思われるこの状況。しかして、この異常を引き起こした元凶は、オリュンポス側に属していた。
———そう。
『まさか……貴様が起こしたか、この事態は』
「そう! そうですとも、これは我らが宿願成就に至れるためのもうひとつの道……そう。
プロジェクト・エターナル……その、プランB…………ですよ」
一方その頃、白はどうしていたのかというと。
*◇*◇*◇*◇
「はあ……っ、はあっ、はあっ……っぐ、まだ…………折れない、のか……っ!」
終わってなどいない。
俺は、魔王の最大の攻撃を退けた。それだけに留まらず、ヤツに致命傷を喰らわせることに成功した。
……だが、致命傷を負ったのはこっちも同じこと。
互いに全てを失い、互いに落下して、そして今がある。
『やる…………か…………っ、救世主…………っ!!』
ヤツも立ち上がる。何も譲れないものなどないと言うのに、ヤツはそれでも立ち上がる。
———負けない。負けられない。負けてたまるか。
「上等……っ!」
もはや、互いに武器などなかった。
アレほどまでに折れないと思っていた刀は、いつの間にかどこかに吹き飛んでおり。
アレほどまでに脅威と感じていたヤツの聖槍は、気付けばその腕より無くなっていた。
———神威を呼び戻せば、もちろんこの俺が優位に立つ。
『とことん………………戦り合おう……!
貴公の……存在、ぶつけて見せよっ!』
———だが、コイツは素手だ。
「やってやるぜ、この野郎……っ!」
———今、俺も素手だ。
このぶつかり合いにおいて、やはり俺は楽しんでいたのだと思う。
絶対に負けられない想いを背負いながら、それでもなお、この戦いが俺にとって楽しいとさえ思い込んでしまったのだ。
故に、あの刀に籠っていた熱は、想いにあって想いに非ず。
———ああ。吹っ切れた。
「あんなモンはいらねえ……!」
『あのようなモノは必要ない……!』
『「俺とお前、意地の———勝負だ……っ!」』
互いに踏み出す。1歩、また1歩と、歩み出し走りだし向かい合う。
互いの武器は己、そして拳。熱拳と言われるほどの熱もこもっておらず、魔術による能力増強も為されていないただの拳。
故にこそ、それこそが男と男の決着を付けるに相応しいものであった。
「だりゃあああああっ!!!!」
互いの拳がすれ違う。直後、視界は黒に染まっていた。
『ぐ…………っ』
血の味がする。どこまでも痛くて、どこまでも煮え切ってたまらないのに、それでもまだ戦いたいと右腕が疼く。
一発殴り合っただけじゃ、足りない。
「まだまだ……ぁっ!」
以前なにも見えぬまま。顔面に食らったせいで、どうせしばらく瞼は開けられない。
でも、それでもヤツの位置は分かるはずだ。
『ふぎ……っぅ!』
今度は……どこに拳は当たった?
ヤツの拳は、見事俺のみぞおちに叩き込まれた。……だが、こっちだってヤツに当てて見せたはずだ。その感触はあった。
「うっ…………ぶ、っ……」
血か、それとも胃液か。もはやどうでもいいものが逆流する。
———いや、血だ。この鉄の味は、紛れもない血潮の味。俺が求めていた味そのものであった。
痛みが脳を侵食する。歪み、滲んでゆく痛みを受け止め、それでもまだ拳を動かす。
傷付け合っているはずなのに楽しい。その事実を、脳が『矛盾だ』と処理しようとしたが、どうもその処理は気に食わなかった。
だからこそ、まだ倒れない。
背負った想いをも、吹き飛んだのなら。
とことん、俺たちの思うままに戦うのみだ。
「ぎっ……!」
『くぅ……っ!』
もはや言葉すらも意味をなさない。ただの力のみが言語であると同時に、それのみが俺たちを繋ぐものでもあった。
———だが。
それ故に、時間は唐突に訪れる。
「———」
もはや言葉も出ない一撃。いつものように……、ただ戦いを楽しんでいた、その過程にて繰り出された一撃。
……だが、それこそが最後の致命傷になった。
「…………俺の、勝ちだな」
この勝負は俺の勝ちだ。誰が何と言おうと、コイツが何をしようと、もはや魔王に勝ち目はない。
『…………ふ、はは。
そうか…………貴公に、負けた……か……
それもまた……一興…………よ……』
ようやく、その瞼が開いた。激痛で歪む———なんて、そんな次元既に通り越して、俺の頭は興奮でいっぱいだった。その最中の回復。
開けた視界に映ったのは、床に大の字になって寝そべっている魔王。しかし、その胸には深い紅が刻まれていた。
……だと言うのにやはりどこまでも、魔王は万年の笑みを浮かべるまでであった。
『…………は、はは、世界を救う救世主、とやらはどこまでも大変よ……なあ。
東の空を見るといい……アレほどの『呪い』、どこからかき集めたのやら……』
魔王の言葉。言われた通りに東の空を見ると、そこには夜の闇をも塗り潰す本物の『暗黒』が垣間見えていた。
「なっ……」
『何を怖気付いているのだ……余を倒したと言うのに』
「……いいや、救世主って……大変だな、って……思っただけだよ。
はっ……くっそ、ようやくテメェを越えられたってのに、息を吐く間も無く連戦なんてな……」
『その割には———何故笑みが溢れているのだ?』
そうだな。今俺は笑っている。
なぜだかなんて俺にも分からない。この体が、この血が、戦いを求めているのか。
救世主にそんなものは必要なかった。なぜなら、何もかも救った後ならば、戦いなど必要としないからだ。
———でも、俺は。
『貴公は……そう、紛れもない救世主よ。
その名に違わぬ、セイバーの末裔。
だが……そうさ、その笑みこそ貴公の本質。その歪みこそ貴公の存在理由。
救世主として生きるつもりなら…………そうさ、呑まれるな…………とだけ、伝えておこう』
言われなくても。もう同じ轍は踏まない。
救世主として生きようが生きまいが、あの罪はもう背負いはしない。
それを精算するための人生でもあるのだから、もう罪を重ねるわけにはいかないんだ。
『行くが……いい、救世主。
余は……っ、ここで散る。貴公は、その事実のみを……持ち帰れば…………よい。
———楽しかったぞ』
その事実と、何やら満足げなその顔が、魔王のやりたかったことを示しているような気がした。
だからこそ、俺は……魔王に向かって、ほんの少し微笑みかけた。
その笑みは勝利の笑みであり、また感謝の笑みであり。
勇者として、魔王として———ではなく、一人の人間として争い合った事実を、賞賛し合うものであった。
「ああ。
………………俺もだよ」
———とりあえず、俺は……世界の危機から、世界を守り通した。……救世主として、そして勇者として。
今はまだ、俺は……救世主でいいんだ。




