「もしも、願いが叶うなら」と、少年は叫ぶ。
「最後の言葉は、言い残すことでもあるか、クラッシャー!」
「…………のむ」
「た……のむ、助けて、くれぇ……!」
「命乞いか、見苦しい……! 貴様はそうやって、生きようとした者の命を何人も奪ってきたはずだろう…………自分の意思で、悪意で!」
「助けて…………助けてくれ……お願い……だあ……っ……!」
「……ふざけたこと言ってんじゃねえ! お前はサナを殺した……殺したんだよ、俺の目の前で!」
「……すけて…………助けて、くれぇぇえ……っ!」
「……………もう、お前の面なんざ、2度と拝みたくねえ。……だからこそ、牢の中で罪を……償え」
「見……逃……す……のか……?」
「……そうだ、見逃す……っ……!」
……一瞬、ヤツを木っ端微塵にしてしまおうか、とも考えてしまった。
それもそのはず、コイツはサナを殺した。殺したんだ、もう2度と、戻ってくることはない。
…………でも、クソッタレな気まぐれが、まだ心の中に残っちまってた。
どんな悪人でも、心を入れ替えれると、そう思っちまった。
それに、コレは俺自身への反抗だ。ここで殺せば、俺は何をするか分からない。……だから、殺したくっても殺せない。
かつての、自分のように。
悪人かは微妙だが、あの時のレイのように。
また、気まぐれだ。その時の感情とは何ら関係のない気まぐれだったんだ。
********
その勇者は、あろうことか、この俺に情けをかけた後、背中を向いて歩き出す。
この俺に、この俺に、下等生物の貴様が、下等生物の分際で情けをかけ、あろうことか俺を前にして背を向けるだと……?
魔族でも何でもない、ただのガキに、この俺が、この俺様が……?
……この俺は、カーネイジのリーダー、クラッシャーなんだ……!
カーネイジの、リーダーなんだ、貴様のような、貴様のような腐った勇者とは違うんだ……!
だからこそ、
ふざけるな、ふざけるな、そんなもの、そんなもの……願い下げだ……!
「…………ならばぁ…………死ねえっ!!!!」
********
俺の背後。
突如放たれた殺気は、猛スピードでこちらへ接近する、が。
「…………期待した俺が馬鹿だった……!」
その放たれた魔弾を、片手で受け止める。
「チッ、クソ…………っ、こうなったら……逃げるしか……!」
「……どうしようもない馬鹿が!……もう、許さん……絶対に、絶対に……ここで———!!」
しかし行手を塞ぐは、突如地面より浮き出た無数の鉄の針。
直接俺に当たりさえしなかったものの、その代わり辺りは針だらけ。上空以外は雁字搦めと言っても過言ではなかった。
だからこそ、コレしかない。
「イチかバチか……投擲で……!」
落ちていた刀を構え、鉄の針の間から神威を構え、ブン投げる。
「……な……なんだと……刀が……!」
刀は無事にクラッシャーのその鉄の身体を穿ち、地面に固定する。しかし。
「分離すれば……まだ逃げ道は……『メタル・クライシス』! 俺様の通る道を作れえっ!」
「逃げられる……何としてでもここで……!」
頭に杭が打たれる。文字通り頭蓋骨が割れる痛み。
また、あの衝動のような、痺れる声。
『深追いはするな、1度キミの身体は『フェイトシフター』で改変している。もう1度の現実改変は無理だ。今行けば確実に、死ぬ!』
アダムの……声か……、俺をサポートしてくれているのか! なんだよ、いいヤツじゃねえか……!
……だけど、今逃せば、ヤツは———!
「……クソ野郎……っ!!……待ちやがれーーっ!!」
「……俺様の勝ちだ……生きてりゃ俺様の勝ちさ……
立ち上がろうとしている死に損ないが4人……がしかし、俺の勝利に揺るぎはなし……
揺るぎはしないさ……いずれヤツは、人斬りは必ずこの手で……殺す……殺して……本気で、1対1で殺し合って……!」
『いいえ、勝つのは……僕たちです!』
砂埃すら微動だにしないほど繊細で、なおかつその電撃のような猛スピードで、クラッシャーを蹴り上げていたのは。
「……こちらセン、ただ今戻りました……!」
背に緑の魔力翼を生やし、謎の鎧を着た、センだった。
まさに、天使のようで。
それでいて、龍の翼のような壮大な魔力翼。
決着はついた。
勝ったのは、俺たちだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
結果として、王都内部へと入り込めた敵は2人のみであり(ただの兵士とクラッシャー本人)、民間人の犠牲無しでの勝利となった。
……民間人の犠牲は、無しだ。
「民間人」は。
センは……まだ無事だが、兄さん、レイ共に重傷。
(本人もかなりの重症だが)コックによると、回復の見込みはあり、身体に重大な欠損も見られず、魔力器官も生きているとのこと。
……サナは。
あの時、巨大な鉄の針に貫かれたサナはどうなったかと言うと。
「死んだ……のか。死んだのか、サナは」
もはや、その顔を直視することすら、俺は拒んでいたのかもしれない。
死んだ? アイツが?
何たって……めちゃくちゃ強いだろ? 最強つっても過言じゃない、アイツが死んだ?
そんな……そんなわけ、ないだろ。
その、血の紅に染まった体を、そっと抱き抱える。
信じられない。
信じられない。あそこまで、あんなにまで呆気なく終わってもいいのかよ、お前が。
「マスター……これは私の失態でございます……責任は私が負うべきで……」
ちがう、コック。
ちがう、ちがうんだ。そんなものはどうでもいい。責任なんて、誰が負おうが関係ない。
「…………っ!」
すやすや寝てたり……するだけなんじゃないのか。
そんなにおとなしくしてるんだから、ちょっと眠ってるだけとかさ……!
「息は……ないです」
———。
「脈も………………ない。完全に、止まってます。
…………コレが、どういうことか———、」
センの言わんとすることはわかった。
いいや、わかっていたんだ。
「知ってる…………知ってるよ、知ってるさ、そんなことぉっ!!!!
……ちくしょう、ちくしょう……っ、うおあああああああああーーーーーーーっ!!
俺は……一体、何のために戦っていたんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!!!」
黒の家で見つけた、俺の戦う理由。俺の存在意義、今の俺を支える『芯』。
『大切だと思ってきた人々を護る為に』———、そんな俺の芯は、もうボロボロに砕け散っていた。
「……なあサナ、責任って、あの時言った責任って、何なのか話してないだろ。
なあ、お前さ、俺に生きろって、そう願ったよな、だったら何で、先に死ぬんだよ……!」
———ああ、ダメだ。何をどうしても、想いが止まらない。
みっともない。カッコ悪すぎる。あまりにも恥ずかしい。———そんな感情など、微塵も湧かないくらいに、もう。
「もっと……もっといい終わり方は……なかったのかよ……な……お前はウィザードだろ……後方支援が役割だろ……!
なあ、何でお前は、自分より他人の命を優先するんだよ……口だけじゃ自分の命大事みたいに言うくせに……何でいつも……他人優先なんだよ……!!
いいじゃんか……ちょっとくらい……わがまま言ったって……今だけは生きさせて、お願い、今だけは生きさせてって……!
……お前は、色んな人の命を救ってきたんだ、そんなわがままを言う資格だってあるはずだ……!
なのに、なのに何で、最後の最後までその……くだらない理想に満ちた生き方を……貫いたんだよ……!」
想いが溢れ出す。
大粒の涙と共に。
———泣いているんだ。泣けているんだ、俺。
ただ人を殺すだけじゃなく。ただ人を斬るだけじゃなく。
こうして———泣けるんだ、俺って。
———ああ。
「コックや……センや……そいつらがどうなったっていい訳じゃない……
でも、でもお前は、俺を何度も何度も立ち直らせてくれて……だからお前は特別なんだよ……他の仲間の、誰よりも……!
…………生き返ってくれって無理には言わない。言えない。だけどもし、もしも、もしも願いが…………叶うなら———!」
願い。
とおい、とおい、昔。
誰かが、同じようなものを願った気がした。
———そんな、懐かしい気がして。
ああ、そうだ。
黒の家の中。2年間眠り続けてきた俺は、その時にそんなユメを見たんだ。
今ならば分かる。
アレは……アレも、俺なんだ。
きっと『前』の俺。ザ・オールマイティ、その先代の継承者。
きっとこうして繋がってきたんだ、誰も彼も。だから『ヘファイストス神殿国』なんて、俺たちセイバーの家の者を一纏めにする国すらできた。
何のためか、誰がそうしたのか。そんなものは分からないけど。
それでも俺は、その前の継承者さんみたいに、祈ったんだ。願ったんだ。
愛していた。
その言葉を、伝えられなかった。
……それもあるけど、やっぱり俺は…………アイツに、生きていてほしかったんだ。
生きていて、そして幸せでいてほしかった。
そう、願ったんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
……もう、泣き疲れた。
何分泣いていた? 何時間泣いていた?……いいや、そこまで時間は経っていないかもしれない。
でもやっぱり、受け入れることなんて到底無理だった。
折り合いなんてつけられない。それこそ、もうここから離れたら、サナがどこにもいなくなってしまいそうで———。
———ああ、そうか。
もう、いないんだ。
「ああ…………っ、うう……っ……!」
横になったままの、その眠りについた顔を見つめる。
もう二度と目覚めることのないその瞳を、今一度見つめて。
『……なに、キスでもする気?』
———ああ、なかなかどうして酷いことをする。
何でそんなことするんだよ、幻聴を俺に聞かせるだなんて、嫌がらせでもやっていいことと悪いことが———、
『ねえ。いや、あの、ねえ……聞いてる?』
嫌だ。目を開きたくない。
この幻聴が。このコエが、偽物のものだって分かってしまうなら。
『ちょっと?…………ねえ、ちょっと!
無視され続けながらキスなんてそんなの嫌よ! 何でそんな強姦みたいなことされなきゃいけないわけ?!
ねえ、分かったならうんとかすんとか言ってよ、ねえっ!!!!』
———いや、この声は。
縋って、いいのか。
そんな幻想に、縋ってみせても、いいのか。
———開けるぞ。
「…………っ!」
瞼が開いた視界に入ってきたのは、サナの———、サナの……アレ?
「あび……あび…………ぶ……」
———何だか、身体全体が……寒いと言うか、冷たいと言うか、コレ何……氷?!?!
『…………ちょっとはそこで、しばらく頭冷やしてなさい』
「ぁ…………ぁぅ……!」
溢れた涙諸共、俺の体は氷に閉ざされていた———!
でも。
その氷の奥にいたのは…………
その奥にいた、こちらから目を逸らし続けている、はにかんだ少女の正体は———、
そう、か……
生きていて…………くれたんだ…………!!




