爆裂/贖罪/渇望
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……センに、どんな事情があるかは知らないが。
パーティを離れようと思います、って言ったからには、まあそのうち帰ってくるだろうな。
理由もなしにパーティを離れるわけもないしな。
……帰ってこなかったらマズいのだが。
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……センが王都を出ていった昨日より1日。
俺は、というか俺たち人界軍は、カーネイジ襲来に向けた準備を進めていた。
魔術の練習に励む者、
『……どうした、そんなものか、王直属の騎士というものは! そんな腕ではアレンには一生勝てんぞ!!』
『まだまだ、こんなんじゃ……人斬りの兄に負けるようじゃ……騎士としては失格よ……!』
剣術の練習に励む者。
その最中、俺はというと……
ある丘にて。
修行に励む兵士たちを眺め、爽やかなそよ風に吹かれながら、俺たちは座り込んでいた。
「マスター、修行プロトコルを組ませていただきました、マスターがよろしければ、今すぐにでもこの私が修行を……」
「…………いや、修行は、いいんだ。というか、修行で俺が強くなると思ったその理由を聞かせてほしいところだ(そもそもプロトコルって何?)」
「こんな時に……何もしなくて、大丈夫……なのですか?」
何もしなくて大丈夫か、ねえ……
人の体は、そう簡単に成長するものでもないし、ずっと使い続けてればいいってもんでもないんだ。
「……俺は、ここ最近身体を使いすぎた。2年ぶりにサナと再会して、黒騎士っていう魔王軍の幹部も倒して、……んで、お前のマスター、リーとも戦って。
そんな連戦続きだったもんだから、ここ数日だけは休めておきたいな、って」
「…………マスター、顔色が優れない様子で」
俺の顔色が優れない?
———ああ、ふと何を考えていたんだろうか、俺は。
「………………ん、あ、ああ、すまん、考え事をしてたんだ」
「それは一体……どのような?」
「長くなるぞ」
「構いません」
「………俺は、また人との対決、命の奪い合いを目前にして、日和っちまってるんだ。
……また、また人を斬るのかと、それがどうしても、たまらなく怖くって」
新・二千兵戦争の時だってそうだ。俺が、もはや俺でなくなった時がある。
その時みたいに、見境なく殺しまくる機械になるのは、それだけは———。
「また、人を斬る……また……もしや、人を斬られた経験がおありで?」
「そんなに直球で聞くか……
まあ、ある。何人も、何千人も」
「………………マスターがそんな方、だったなんて、意外でしたね……しかし、一体何の為に……」
「快楽だ」
即答に一瞬、沈黙が流れる。
……まあ、そりゃあ見えないだろうな、こんな俺が、人を楽しみながら斬っていた、だなんて。
「……マスター、嘘をおっしゃられましても……」
「嘘じゃ……ないって、知ってるだろ、半分くらい」
そう、おそらくコックは、またもや俺の心を読んだのだろう。
———最初から読んでいれば済む話だったのに。
快楽、もあった。でも、それ以上に俺は……
「強制されていた、自分の中の、もう1人の自分に」
「でも、それは仕方ないことなのでは……」
「それでも、快楽の為に人を斬ったことは事実だし、俺はそんな理由で、自分の罪からは逃げられない。
……いや、逃げちゃダメなんだ、多分」
「変わろうと、したんですよね、その発言からして。
贖罪を、それを為す意思があったと、私は思いますが」
「意思はあった。変わろうともした。でもダメだった。2年前、サナにも背中を押され、ようやく俺は贖罪に向けて歩き出した。
……はずだったけど、やっぱりまた、斬っちまった。快楽に任せて」
「……だからこそ、願っていたのですね」
「そうだな、…………お前、また心読んだろ」
「ふふっ、とりあえず言ってみてください」
「……もう誰も苦しむことのない、みんなが楽しく暮らせる世界。師匠の掲げてた、くだらない理想論だ」
「くだらない………そうかも、しれません、ね……」
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コックは今まで幾度となく見てきたのだ。
『たった1つの願いを叶える』為に世界が殺し合った大戦を。
大戦が終結してなお、自らの目的の為に殺し合いを続ける東側の大陸を。
だからこそ、コック自身にも、白自身にも、そんなものは無理だと、そう分かっていた。それでも。
「……でも、いつかは来るはずだ。俺が、この刀を振らなくてもよくなる世界が」
「ならば、その時まで。私はあなたに、マスターに……」
「…………ああ、頼む」
そう、マスターは、迷っているのだと。
……人を、殺すことに。
この、マスターらにとって史上最悪であろう戦いを前にして。
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「な~にしてるのっ」
黙り込んだ場の中に1つ、水を差す女が。
「……サナ、か。………いや、ただちょっと……話とか考え事とかしてただけだよ」
「そう? 話、話ねえ……」
……なんだ、この雰囲気?
「マスター、私は退いた方がよろしいのでは……」
「いや、いいよ。もうちょっと陽に当たってったらどうだ?」
急にどうした、とサナに言おうとした時、そのサナがコックの前に出張ってきた。
……本当にどうした?
「(誰にも聞かれないほどの小声で)普通は退かせるところでしょ?!」
「ですが、マスター……雰囲きいっ?!」
「(小声で)コック、気遣いはありがたいけど、それ以上は言わせないわよ……」
「…………なあ、何、やってんだ……?」
コックの首を絞めるサナに恐る恐る質問する。
「あ、いや白、なんでもないのよ……?」
「マスター、やはり退きますね……」
「ちょ待てよコック、なに……」
……既に呼び止めようとしたコックは飛び立っており。
場に残されたのは、俺とサナ。
2年ぶりに再会したコンビのみであった。
「……んで、何のようだ。わざわざコックを帰らせておいて」
「なるほど、私がコックを帰らせたことになってるのね」
……間違ってないだろ。
「少し……ね。2人の時間が欲しかった……ただ、それだけよ」
「一緒に空でも見上げようってか」
「まあ、そうよね。……綺麗じゃない。雲1つない、晴天ってのは」
「…………白は、嫌いなのか」
「っっ……ん?!」
「何……なに……なんなの……?!
今の、今の発言何……? プロポーズかなんかなの?! さっきまで、あんなに何も無さげな感じだったのに?!」
「…………俺は、雲が好きだ。暗雲は嫌いだが、晴天の中に紛れる、純粋な白だけじゃなく影の入った雲が、そんな不完全の白が、好きなんだ」
白って、色の方の白か、とサナも気付いたらしい。
「…………それは、どうして……?」
「自分の姿と重ねたから……だな。どうしても、完全に白に染まりきれない自分を見て…………
そして、雲を見てなんかその……自分を客観視できたというか、そんな不完全なモノでも、存在していいんだ、って、勇気を貰えた」
「不思議ね。そう言った弱い自分を表すモノは、大抵の人は嫌いになる……ことが多いのに」
「……白、ってさ、見てると清々しい気持ちになるんだよな。何にも染まりきってなくて、まるで赤ちゃんみたいで、純真でさ。
だから嫌いじゃない……のかもな。感覚だから、こんなちゃんとした理由かどうかなんて、自分にすら分からないが」
話が途切れ、しばしの沈黙。
このままある程度空を見上げて、そのまま王都に帰るか、と思ったその時に。
「雲……作ってあげよっか」
無意識に、俺が空に伸ばした手を見上げたサナが口にした一言。
「お得意の……爆裂魔法でか?」
「だって、なんか欲しそうだったじゃない。今の白は……なんていうか……渇望……って言葉が似合うって言うか……」
「…………渇望、か……」
俺の、願い……か。
文字通り喉から手が出るほど欲しくなるモノ……?
そんなモノ、今の俺にはあるのか……
———一瞬だが。
手を、伸ばした?
この俺が?
一瞬、見えたような気がした———夜の月に……?
……そんなただの幻覚に、俺は手を伸ばした……ってか。
何の為に?
何を求めて?
「……どう……? 白、毎日は……楽しい?」
「楽しいかって?……まあ、楽しい……かな。未だに血に塗れてるけど」
「…………贖罪。……貴方は、できてると思う……?」
「分かんない。……まだ、俺は幸せじゃないのかな……分からないって事は」
「そう。……そっか。幸せに……まだできてないのね……」
「ん、ああ、幸せなのは幸せなんだろうな、……でも、やっぱり疑問に感じてきた。こんなのが贖罪だと、納得することに」
「いつかはそうなるとも思ってた……けど」
「…………俺や、お前にとっての贖罪ってのは……こういう事なんだろうけど、……やっぱりどうしても、他人にとってはそんなモノは贖罪とは言えなくて……
二千兵戦争———レイだって、そうだっただろ。
ならば俺は……今死ぬべきなのかと何度も何度も考えて……んで、結局……ここまで来ちまった」
「いつかは結論を出して、決着を付けるべき……よね。
人生の命題。そう言っても差し支えのない十字架……だもの。私には、とてもそんなの……背負えない」
「……なあ、魔王を倒したとしたら、……その後俺はどうすればいいんだろうか。
そうなると、『救世主』として生きてきた自分すらもいなくなって、本当に自分がなくなって……しまいそうでさ」
「いいじゃない、何者でなくたって、幸せなら、それで———。
……それに、今の貴方には……白って名前が、あるじゃない。……誰に誇って胸を張る救世主なんかじゃなくっても、貴方は貴方って言う人間として、生きていけばいいのよ。
……ああもう、やめよやめ! 嫌よこんな話、なんか別の話題ない訳?! 今までこんな暗い話題に流され続けた自分が馬鹿みたいだわ!」
「…………すまん、……別の、話題……か。
だったらさ……魔法、とか、使ってみたいかな……って」
「雲が作れるような?」
「じゃあ、それで。あれから2年も経ってるんだ、教え方も上手くなってる……はずだろ?」
「……スプロージョン!」
宙を裂く爆裂。人類最強の攻撃手段、爆裂魔法。そんなものを無駄撃ちしちまった。
あまりの風速と衝撃。木も反り返るほどの。
「やっぱすげえな……そっか、俺の使いたかった魔法って、こんなのだったなぁ……」
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……ああ、それか。
『渇望』それが似合う顔に、もう一度白は成り果てる。
憧れ、だったのかな、白にとって。
そんなモノ、もう白にはないのかと、そう思い込んでいた。……でも、あったんだ。まだそんな、少年らしい……感情が。
「……ねえ待って、よく考えたらさ……いつ攻めて来るか分からない今、撃つのヤバくない?」
この事実に関して、撃った後に気付いた私も……まあ、相当なアホよね。
「……馬鹿野郎、バカヤロウッ!!!!」
……と、あっけない理由で魔法習得は終わってしまいましたとさ。
「まあいいじゃない。全てが終わったら……また教えてあげるから」
「全てが終わったらもうそんなモノ、使う機会もなくなるだろ」
「……確かに……そうね! ふふっ、私ったら何言ってんだか!」
「…………そんなモノ、使う機会のない世界、か……」
「それは、おそらく師匠の———宗呪羅の言っていた世界、なんだろうか。
もう誰も苦しむことのない、みんなが楽しく生きられる世界。……全てが終わったら、そうなってくれるといいんだけどな……
———師匠、俺は……」
「……さ、帰りましょ、こうしてる間にでも来たらヤバいわよ」
「ん、あ、ああ、そう、だな……」
しばしの休息。
決意は……まだ固まっちゃ……いないかもしれない、けど。
結局、2人の時間も、意味はなかった。
私には、私には、何かよからぬ直感がしてならない。
このまま、放っておくと、白の姿がもっと遠く———、
どこまで行っても追いつけない地平線の彼方、その暗黒に消えてしまいそうな、そんな不安が付き纏っていて。
当たらないと、いいけどなあ……。




