マイ・マスター?
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「私のマスターですか……それはそれはもう、笑顔が素敵な方、でした」
「笑顔?」
「……ええ、私を完成させるやいなや、すぐさまにやけ私の肉体をこれでもかと見つめ続けるのが、マスターの最初に見た笑顔でした」
……あの、マスターさん? それって、とってもエッチな笑みでは———、
「その後は……私にぶら下がっているたわわなメロン(本人より引用)を揉みしだいた時の、まるで成仏されたかのような極上の笑顔……!」
「それってとってもいやらしい、下劣な笑顔なんじy———」
「新兵器を完成させた時の、まるで天国にいるかのような、それでいてあまりにも邪悪過ぎる笑み……!」
「……ヤバくね?……その笑みは———やっちゃいけない笑みじゃね?」
オイオイこれってその終末戦争の話だろ?!……コイツら一体どれだけの人間を葬ってきたんだよ……
「その後も定期的に私にいやらしい行為を持ちかけ、それをこなし極楽に逝かれたような余韻に浸られるマスターのお顔を見ると、まるで私まで逝ってしまいそうで……!」
……おいおいコイツら、やってる事中々にヤバくないか……?!
大体コイツのマスターどんな変態なんだよ、自分の作ったロボット(?)に発情して一線を越えるなんて!
ましてやコックもそれを受け入れて一緒に気持ちよくなってるだなんて、2人揃ってコイツらかなりヤベエぞ?!
「……でも、時々、散っていった他の機巧天使を見つめながら、悲しい顔をする時もございました。
———我ら機巧天使は、ただの兵士。量産型の、ついぞ天使にはなれなかった欠陥品、だと言うのに」
天使になれなかった欠陥品……言葉の意味が分からない。……そもそも天使というものすら、あまり俺には馴染みはなかった。
「……後に知った事ですが、マスターは作った機巧天使に、マスター———つまり自らを製造した人物をマスターと認め、その方に着いていくようなプログラムを施されていました。」
「そりゃあ、そうだよな、そうじゃなければ、お前らを従わせる、だなんて不可能に近いだろ」
「いくら強大な兵器で多種族を抹殺しまくっていたとはいえ、あの方の私たちに向ける感情は、どこか特別なものがありまして……」
機械に向ける、感情、か……
「やはりあの方は、私たちがいなければ孤独そのものであり、あの方は、私たちといられると笑顔になる、と残された我ら機巧天使はそう解釈しました。だから……」
「……だから、あんなに必死でマスターを直そう、と」
コックの頬が赤らみ、その頬を涙が伝う。まさに、人間だ。
「……数多くの同胞が活動停止する中、私はようやく希望を見つけました。
それこそが貴方です、貴方の中にある『鍵』を使い、生命体の魂を犠牲とする事によって、マスターは蘇生する、と」
それが一体どんな方法なのか、どんな原理なのかなんて分からない。
それでも。
「……でも、もう手は———」
「はい……手は……残されていません……! だから……だから私は……どうすればいい……と……!」
「…………ごめん、本当ならば、ここで慰めてあげるべきかもしれない。……でも、お前の力になれない事が……俺は悔しい」
なぜであろうか。別に下心とかではない。この天使を掌握してやろうなどと、そんな野望は持っちゃいない。
……ただ、今の話を聞いていると、あまりにも……コックが、可哀想で。
哀れむ事は、コックにとっては侮辱かもしれない。でも、やっぱり放ってはおけなくて。何とかしてやりたいと、そう思ってしまったんだ。……だから……
「アレン……さん、着きました。大穴……です」
「ありがとう、コック。最後に、その、マスターに手を合わせて帰らせてもらう、から」
「もう、行ってしまわれるのですね」
……帰らせてくれるんだな、何が何でも俺を殺していくのかと思ったのに。
「……俺たちには、魔王を倒さなくちゃならない使命だって……あるからな」
……その、今までのコックの話を遠くで聞いていてなお、俺たちのことをじっと静観していた2人、サナとセン。
ただ、俺の発言を聞くやいなや、
「セン君、行きましょう。私たちも手を合わせに」
「……ですよね、僕もそう、思っていました」
アイツらも、同じく祈りを捧げる選択をしたらしい。
最下層。鉄の壁にもたれかかる機体に———マスターと呼ばれたソレに、俺たちはせめてもの祈りを捧げる。何の意味も持たないかもしれないけれど、それで何かが変わる事を信じて。
信………………じた結果。
『……う……ああ……良い……目覚めだ』
「マ……マス……マズッ……マスターっ!」
何かは変わった。
マスターが生き返らない、と。そんな未来は、変わった。
完全に沈黙していた機体は突如、目を覚まし。
涙を流しながら、その古びた躯体にコックは抱きつきに行った。
「……な、なあサナ、これって一体どういう……」
「離れて、コック!!」
感動の再会を断ち切ってまで、そう叫んだのはサナ。
「マスターっ、マスターっ! 生きていらっしゃったのですね!」
……が、その叫びがコックに聞こえるはずもなく。
次の瞬間。
「…………マス、ター……?」
コックのその白い肌は、身に纏った服ごと、巨大な金属の針に貫かれていた。
『……ほお、機械の天使も、血を流すのか』
目を見開き、胸から血らしきもの……を流し、完全に静止したコックを見て、すぐさま叫ぶ。
「何を……何をした、コックのマスターっ!」
「……違うわ白、コイツはマスターじゃ……ない。コイツは……リー! 魔力の質が、そう物語っている……!」
「マスター、何……で、どうし……て……!」
『私……か? 私はお前のマスター、ではない。私はリー。魔王軍幹部、その一柱、リーである!』
「………………ぇ……」
微笑を浮かべる、マスターではないその機体はリーと名乗った。
「一人称を変えただけ……じゃなさそうだな、サナ、スライムって他人に憑依なんて真似できる……のか?」
「……既に魂のない、空の器ならば、おそらくね……!」
「つまり、ヤツは———」
あの場にいたリーは、ここまで着いてきてたってわけか……!
「白さん!……こここここれって、僕はどうすれば……!」
リーは、その赤く染まった金属の針を、動かなくなった機体より引き抜く。
コックは今までの化け物っぷりがまるでなかったかのように、力無く地面に倒れ込む……その瞬間。
「うあ……っ……マスター……何……を……!」
リーはコックの後頭部、髪を掴み、そのまま胸元まで持ち上げた。
「……なんだよリー、人質のつもりか……!」
『違うとも、コイツの記憶を……吸収するのさ』
「「「……なっ?!」」」
あまりの発言に、その場にいた全ての人物が驚きを隠せずにいた。
『この体については……まだ何も知らぬ。……しかしこの娘であれば、何か知っているかもしれんからな……!』
……コックを除いては。
「へっ……記憶を……?……ああああっ! 嫌っ、嫌だっ! 記憶を消すだなんて……!
やめてマスター、もう、もうあんなの嫌なの、やめて! お願い、お願いっ…………!」
『子供のように泣き喚くか、偽造の天使よ』
今までの態度がまるで嘘のように、コックは取り乱す。
何度も何度も懇願し。まるでそれだけはダメだと、恐れていたように。それだけは奪わないでと、駄々をこねる子供のように。
「嫌っ……嫌あっ! お願いマスター、何でも、何でもするから、記憶だけは……!」
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彼女の心には、ただ恐怖のみが残されていた。
なぜ彼女が、記憶の、自身の記憶にこだわるのか。それは……やはり。
自分が、自分でなくなってしまう事が、怖いからだ。
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長きに渡り続いた大戦。1000年前、終末戦争。その最初期に、私は造りだされた。
……だが、次に目覚めた……いや、前はいつ目覚めたのかは分からないが、その時には既におかしかった。
私の中にて存在する初期設定、どれだけ記憶のデータを消し去ろうとも、必ず残る情報。それは、「当機の完成日」、「現時刻の情報」、「自身の創造主」、そして「創造主をマスターと認める」という命令。
この4つの情報、記憶が最初期の私を支える要素であった。……しかし、目覚める度に思う。……いや、前目覚めた時の記憶はないのだが。
「現時刻」と、「完成日」が明らかにズレているのだ。
……それは即ち、マスターが、もしくは他の何者かが私を起こし、その後何らかの理由により記憶をリセットしたのだと。そういう事実を示していた。
ならば、と。本当にそうであるのか、マスターに聞いてみる事にした。すると。
『……そうだ、お前の記憶は既に217回リセットしている。お前は人類に対していらん情を抱いて帰ってくるからな』と。
つまり、今の私は218回目の私、というわけだ。
……ならば、消された私は?……いらない、不要だと断定され、排斥され、消去された私は、どこに行ったのか?と。
……記憶にあったのは「虚」、「無」、「 」のみ。
……が、記憶にあった異常は一種類ではなく、私は隅々まで調べ上げる事にした。
結果、出てきたのは人類との輝かしい、とても胸の熱くなるような交流、その記憶の断片。前の私がどう思っていたかなど知りはしない。
けれど今の私は、それを、過去の既に消去され、ゴミ箱へと詰められた輝かしいゴミの数々を。
———美しいと、そう思ってしまった。そう思いさえしなければ。
私は……消えたくないと願った。いや、消えるのが怖かったのだ。
いつの日か、自分自身に問いかけた。
「記憶を、全てを失った私は、本当に私なのだろうか?」と。……何度問いかけようが、自分から返ってくるのは、「NO」という答えのみ。
思い出が、記憶が、輝かしいと見えてしまった私にとっては、それらを無くす事は死と同義であると。
記憶が無くなれば、私は私じゃなくなる。そんなもの、私は私と認めはしない、そんなものは、私の仮面を被った偽者でしかないと。
やはり何度問うても、その答えしか返ってはこなかった。……だから、主には従順に付き従った。
「美しい」と感じた人間を踏みにじり。「輝かしい」と感じた感情を蹴り飛ばし。
嘘の仮面を被りながら。
それでもなお、私は私でなくなるのが嫌だと抗い続けた。
……けれど、それももうおわり。そんなうたかたのゆめは、もうすべて、おわりにしましょう。
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「コックっ、おいっ! 返事しろコック!」
「無駄だとも、勇者よ。コレは私の従順なる下僕と成り果てた。私が、コレのマスターだとも」
目から輝きが消え去り、完全に沈黙したコックに呼びかける。……が、そんな声が届くはずはなく。
ただその場に残ったのは、無念。コックを救ってやれなかった事への、無念と後悔だけだった。
「……そんな……! ひどい……あまりにも……酷すぎるわよ……こんなの……!」
「サナさん、感傷に浸っているところ悪いですが、来ますよ、コックはもう……敵です……!
……リー、貴方が誰かは存じませんけど……貴方は……貴方は……コックさんの想いを……踏みにじった、それだけは分かります。
……それはきっと、ダメなことです……!」
『いやあ? もはやコレは私の下僕、感情など既に無イとイうのに、そンナモのにイつまで……コダワるっ!』
「白っ! 危ないっ!」
リーの右腕より伸びる、鋭利な金属の塊。
しかしその金属塊の行先は、リーと直接話していたセンではなく———、
……が、今の俺に、それが避けられるはずはなかった。
「んっ!」
……ソレが俺に接触する寸前、剣を突き立て、金属を止めていたのはセンだった。
「白、さん……! そのままで……いいんですか……!」
「あ……ああっ」
「あなたは……あなたは、あの時言ったでしょう、悲しそうな顔をやめてくれ、って!
今のコックは……今のコックさんは……笑っているように見えますか? 白さんっ!」
リーの足元で座り込み、沈黙を続けるコックの顔は……
あまりにも虚で。生気など、微塵もなく。
ただただ、俺の守れなかった笑顔が遠ざかるばかりで———。
俺は、俺はどうするべきなのか。
それはもう、既に明らかとなっていたはずだ……!




