勇気ある者
力強く響き渡った掛け声。次の瞬間場に轟いたのは一閃の光。
雷鳴轟く鋭利の刃。
直後、耳を裂く轟音。
貫いた。
ヤツの装甲ごと、その罪と血に塗れた肉塊を。
黒騎士は意外だ、という顔をしていた。
そりゃあそうだろう、神の防御壁が破られる事はない。
普通は。
「貴様……っ……一体何をした……!」
———だがしかし。その普通は、同じ神なる武装によって破られることになる。神威に込められているのは、機神———ヘファイストスとオーディンの神核であるからだ。
そうだ、あの白の世界に行った意味はあった。この神威の正体を、俺自身が知って理解できたからだ。
黒騎士の装甲から血が吹き出し、装甲の表面の模様を伝って滴り出す。
膝から崩れ落ち跪く姿は、だがここで確実に殺さなければと俺の中の決意を固くさせた。
……が。よく見ると。
「あ……れ?」
自身の左手が、灰色に変色していた。
……おまけに、指の一本すら動かせはしない。
「……まさか、アイギスが破られる事になるとは……思わなかった……しかし、やはり効いていた……『擬似神核ゴルゴーンの首』は!」
「なるほど……石か、この腕は」
「その、通りだ……『ゴルゴーンの首』は権能を発揮した瞬間、私が視認したものを……石にする」
……つまり、この未だに動かない左腕は完全に石化してしまったと。
……しかし関係はない。
この残り1発で終わらせ———、
誤算だった。
今の一撃、アイギスを貫いた攻撃によって、ヤツの中に「避ける」という選択肢ができた事を、完全に考慮してなかった。
刀を振り下ろした時、既にそこには誰もおらず。
「クラッシュッ!」
黒騎士がそう叫んだ瞬間、一瞬にして数メートル先まで吹き飛ぶ。
「…………ぐ……っ……」
受け身に失敗し、横腹を大きく痛める。が、休んでいる暇などないと疲労しきった身体に鞭を打ち、よろけつつも立ち上がる。
「……いやあ……しっかし、どうすっかなあ……」
一撃必殺。あの技で決まるはずだった。
いや、そんな余裕な事ではなく、「決めなければヤバい」状況だったのだ。
だからこそ、避けるという選択肢のできた黒騎士にどう対処するかが問題となってくる訳で、その問題をどのようにして克服するかに全霊を注ぎ考え込む……ことができたらよかったのに。
「だあああああっ!」
見上げれば、魂を刈り取らんとする漆黒の騎士が。
よくもまあ、そんな風穴が空いた身体で動けるな、と疑問に思う。
……だがこうなれば、正面激突以外の道なんて、ないだろう?
「状態変更。五十三連撃状態へと移行だ、神威」
1秒にも満たない刹那の後に、互いの刃が再度重なる。
耳をつんざく金属音の後、場を襲ったのは激突の衝撃による突風。
……黒騎士は接地すらしていないのに、片腕で大剣を持って、なおかつ俺の刀を用いて自身の身体を支えバランスまでも取ってみせた。
一体全体どんな運動神経してんだ?———とか考えながらも、戦況は常に動き続ける。
3度に渡る剣戟の末、大剣が振り回された先には。
「……あ」
横腹に違和感。……いいや、これまで幾度となく味わってきた痛みだ。
力が入らず、その場に倒れ込む。
倒れ込んだ際目にしたのは。
片側だけ破れた腰辺りの服に、赤く染まりきった腹と、そこから滴り出す血のみであった。
********
場が静寂に包まれたその間、聞こえていたのは両者の苦痛に悶える呼吸音のみ。
アイツがもし隻腕じゃなかったのなら、手数の多さで白さんは押し切られていたはずだ。
互いに消耗し合い、白さんと黒騎士、先に動けた方が勝ちだ、と言わんばかりの状況にて。
やはりというか、なぜだというか、先に動き出したのは黒騎士の方であった。
「……私……を、ここ、まで、追い詰める……なんて……」
「…………ぁ……」
大剣が振り上げられる。
その風穴が空いた身体で。その隻腕と化した身体で。
弱々しく、震えながら上げられた大剣で、白さんは今まさに両断されようとしている……!
僕は。
……一瞬だけ、迷った。
白さんは「俺に任せろ」だなんて口にしたから。
……だから逃げてしまえばいいと。
あんなヤツ倒せっこないのだから、白さんのせいだ、と自分の中で勝手に罪を押し付けて、自分だけこの場から退散しようとしていた。
……でも、それじゃダメだと思った。
「…………やめて……白を……殺さない……で……!」
……そう口にして、地に伏せながらも魔法使いは杖を振る。
しかし、何も出はしない。サナさんの魔力は既に枯渇しているからだ。
……それでも、魔術すら繰り出せなかろうと、涙を浮かべ白さんを守ろうとする魔法使いの姿をみた。
……だからこそ、そんなズルい事はダメだと思って。
僕は、誰かを守る為にここにいるんだと再確認して。
きっと、僕以外の誰もが反対するような、そんな決断を下した。
『もうお前は、立派な勇者だ』
今まさに、白さんを両断しようとする黒騎士のもとに。
気付かれないように、だとかそんな事も考えず。そんな作戦すら立てず。
まるで何かにしがみつきに行くかのように、自暴自棄に、無我夢中になりながら走り出した。
片手には剣。
どれだけ無力だろうと、どれだけ無意味だろうと、動く事自体には意味がある……と。
先程そう言ってくれたのは、紛れもない白さんだったから。
剣も魔法も使えやしない。
力もないし知力もない。
……でも、だからどうしたと、くだらない夢を肯定してくれたのは、紛れもない白さんだったから。
「は……はあ、は……やった……ぞ……」
「小僧……貴様……は……何をした……?!」
突き刺してやった、その剣を抜く。
飛び散る血しぶき。
血を見るのは慣れていないからか、少しばかり吐き気をもよおしたが、今は気にしている場合ではなく。
「……は……ぐ……小癪……なあっ!」
既に大剣は己の腰辺りまで迫っており。
「危ないっ!」
……そう叫んで、白さんは僕を守るためだけに、魔力障壁を展開してくれた。
魔力障壁を伝い襲いくる激痛に。
だがしかし耐えて、またヤツに立ち向かわなくちゃならないと心を奮い立たせる。
……が。
動かない。
骨の髄から身体全体が軋み、動く……動かそうとする度、激痛が生じる。
その間にも、ヤツは白さんに迫っており。
それでもなお、この状況を打破しようと必死にもがいて。
……無理だった。
耐えがたい激痛に、意識すら薄れてゆく。
あの人に任せていいのだろうか。
僕はもう眠って、1度、楽になっていいのだろうか、と。
自問しながら、その意識は暗闇の中に呑まれていった。
……それでも、希望は託した。
僕はやれた、繋げられたんだ、最後の希望を……!
********
「……ありがとうな、セン。でも俺は……ここで終わりみたいだ」
小さく呟く。誰に聞こえなくとも、誰かに聞かせたいかのように。
『……終わり、だと……誰が決めたぁ……っ!』
背後より聞き覚えのある男の声のした瞬間、黒騎士が困惑しだす。
正にどこを狙えば良いか分からないかのように。
……訂正。本当にどこを狙えば良いか分からないらしい。
何気なく目をやった左には、6体もの「自分」が。
「また貴様か———ちょこまかとっ!」
が、黒騎士が右腕に現出させたのは、この世のものとは思えぬ輝きを纏った光の盾。
アレだ、さっき俺の腕を石にしたのは。
「消え失せろぉっ!」
最後のチャンス———とまで思われたその瞬間は、黒騎士の大剣の一振りによって終わりを告げ———、
『………………みつけた』
「は———」
『行って、いいよ』
何だ、この声。幼女……みたいに、えらく幼くか細い女の子の声?
『いましか…………ない……!』
———そうか。何が何だかわからねえが、この声は俺を導こうと———、
「がっ……?! な……なぜだ、なぜ、どうして動かん、アイギスよ!
動け———動け、動け……アテナ神核よ!……っく、アテにならんか、こんなものぉっ!」
同時だ。あの女の子の声が聞こえたと同時に、黒騎士の動きが鈍くなった……!
今しか、ない!
天高く、飛び上がる。
太陽を見上げ。
長く続いた戦いに、終止符を。
漆黒に堕ちた騎士に、黄昏を。
この一撃を以て、決着をつける———!
********
長い、長い人生だった。
……もはや人生と呼んで良いのかあやふやな「ソレ」は、たった今少年の手によって、幕は降ろされた。
力を、求めた。
何故であろうか、力を求め、魔の道に影を落とした。
それを見つめる旧知の顔はやはりどこか寂しげで。
それを見つめる師匠の顔はどこか儚げだった。
大した目的も無かった。ただひたすら力を欲し、力に呑まれた無意味な人生……だった。
死ぬ事もできず、自殺も諦め、自身を殺す者を待ち続けた。
その結果がコレだ。
どこの馬の骨とも分からん小僧によって、全てが終わった。
後悔は無かった。だがしかし無念のみがその場にこだまする。
無念……何の、一体何の無念……だろうか。
力に呑まれた無念……一体何の……
そうか、そう、なのか。ようやく、思い出した。
こんな時になって、ようやく。
黒、私はお前に、勝ちたかったのか。
絶対に勝ちたかった。何をしても勝ちたかった。そうだとでも言うのか。
だからこそ力を求めた。だからこそ魔の道に影を落とした。
いつの間にか、私は小僧の姿にお前を重ねていたのか。
……しかし。その結果が、この執念をも忘れ去るものだったのなら。
……或いは、別の道を歩んでいたのなら。
全て、変わっていたかも、しれないのか。
********
見事なまでに大量の血を吹き出す肉塊。
両断してもなお、黒騎士はその場に立ち続け、絶命した。
ようやく、この地獄は終わった。
ようやく、この戦いは終わった。
いくつもの犠牲を払い。
いくつもの無念が散り。
その果てに残ったのは、誇り高き者の遺体……のみであった。
「……あ……っ、頭、クラクラ……して……あふっ」
情けない声を漏らしながら、力を失い崩れ落ちる。
もうどうだっていいや、と地面に寝転がる。
……一生この時間が続けばいいのになあ。
……まあ、あくまでそれは願望で。
現実は少しばかり、違っていた。
「…………ア……レン……決着を……つける……ぞ……」
やっぱり、そうだった。
聞き覚えのある声、6人もの俺の幻影。
それらが指す者こそ、つまり。
「兄さん……生きて……いたんだな……」
イデアは、兄さんは、
「うるさい……! 終わらせるぞ、俺たちの勝負を……!」
兄さんは、ちゃんと生きていた……!
「剣を構えろ……神威を……構えろ……貴様の全力……を……?」
腹に傷を負い、よろけながらも近づいてくる兄さんに向かって、立ち上がり、
「……アレ……ン?」
思いっきし。
抱きついた。
「何を……何をしているアレン……! 離、れろ……っ!」
「……後で」
兄さんの服に顔をうずめながら、モゴモゴ言って語りかける。
「もう、後ででいいじゃないか……こんな、時まで……殺し合いなんて、したく、ない……もう、やめよう……兄さん……!」
「ちく、しょう……
……でも、確かに、お前……の、言う通り、かもな……
ここから……やる、には…………何も、できなさそう…………だ…………」
涙を流しながら。
顔をうずめた服がだんだん湿っていく中。
兄弟は地に伏せ。
深き深き、眠りについた。




