贖罪、償いと贖い
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その日の夜。
ツリーハウスの柵に腕を垂らし、星と月以外真っ暗な空を見つめていたその人影は、サナのものだった。
月光が反射し、サナの顔が映し出される。
……ああ、やっぱりどこからどう見ても美人だ……
ああ、いかんいかん、ダメだダメだ。そんなにジロジロ見たらあっちの視線がなーーーっ……
……え? あっちの視線?
気がついた時には、サナは既に微笑みながら、こちらを見つめていた。
どうせなら、と思い、話せる様にサナの隣に移動する。
そして、聞いておきたかった事を質問した。
「……なあ、どうして俺が、人を斬ったって分かったんだ?」
一瞬で場の空気が岩のように重く冷たくなったのが分かった。それほどまでに、今の質問は聞いたらまずかったのだろう。でも。
「……教えてくれ、なんでそんな事……分かったんだ?」
どうにかして、聞き出そうと努力する。すると、
「……じゃあ……聞く? 私の……『本当の』親の話」
「……聞かせてくれ」
もう、想像はできていた。
多分サナが、……俺が初めて人を食べた時にいた親の……娘なんだろうなと、予想はついていた。
「えっとね、私の母親は……多分あなたが食べたの……言葉に出すとヘンな話よね」
……まあ、分かってはいたが凄絶だ。
ヒトを食べるヒト……今ならば分かるが、そんなことただの狂気でしかないと言うのだから。
「あの時の事は、今は鮮明に覚えてる。……いや、そのように思い出したのかな。
……だから、そんな事をした何者かが白じゃないかって、疑いたくないけど、疑わざるを得なかった」
……なんでそんな事を平気な顔をして言えるんだろうな、などと思いつつ聞いていた。
「それで……父は……多分あなたが斬り殺した。……二千兵戦争……って知ってるでしょ?…………そこで……父の遺体が見つかった」
二千兵戦争。今でも鮮明に覚えている。
日ノ國が、俺を殺すためだけに、2000人もの兵を挙げた、最悪の戦争だ。
「……ごめん」
「別にいいの。終わった事だし、あなたも生きる為にやった事だろうし。それに、これで確信に変わったけど、白が……人斬り白郎、よね」
「そう……です」
「……やっぱりね」
「……なんで、記憶喪失だってのに、そんな…………事覚えているんだ」
「この記憶は……前に誰かに封印してもらったの。でもこの前、リーとの戦いの時に、人を食べるゴブリンを見てフラッシュバックした…………だから、つまり思い出しちゃったわけ。こんな最低な記憶を」
「あ……」
「それで、聞きたい事はもう終わり?」
「そう……だけど」
会話が途切れる、重い空気の中で。
気まずい状況が続く。
しばしの静寂の時。
そんな静寂を引き千切るかのように話し始めたのはサナだった。
「ごめん、独り言話すけど……いい?」
「……うん、いいよ」
「私ね、白はそんな事してないって思ってた。自分の事に責任を感じていて、後悔していて、そんな人が人を殺めるなんて事は多分しないだろう、って思い込んでた。
この前、白が本当に人を殺した事を打ち明けた際、正直言って酷いと思った。
未来ある人の命を奪って、それを自分の生活の糧にしてて、私の母も……殺してて。
だから、ふざけるなって、もうお前とは一緒にいてやるもんか、って言おうと思ってた。
でも、白には白なりの信念があって、他人から引き継いだ夢があって、自分の起こした最悪の展開を二度と起こさない様に、二度と自分が後悔しないようにする人だって事は、前の戦いで分かってた」
「……」
「だから私は……ちょっとおかしくなってたの。———最初は白に、思いっきり……死ねっ!……って、言ってやろうとも思った。
でも、やっぱり放っておけなかった」
そりゃあ……そうだ、俺なんて今にもコイツに殺されて当然なんだ。
「白は、自分は死ぬべきだ、だなんて思ってるかもしれないけど、あなたは知らなかっただけ。それが悪い事だって」
「……」
「だから、……あまりにも、可哀想だなって思ったの。
知らなかっただけなのに、ある日突然命を狙われ、その危機から脱しても、人を殺した、なんて過去はずっと白についてまわる。
確かに人を殺す事は悪い事よ。でも、だからってあなたが死んで償うべきなの?
死んだら、全て終わり?…………違うでしょ、白は、今まで積み上げた死体の分、生きなきゃならない。償いとして。贖いとして。
他の誰かが掴み取れなかった幸せを、あなたが代わりに掴み取ってあげなきゃいけないって、そう、思ったワケ」
「……」
「だから、私が今ここにいる訳で。白に、白なりの幸せを掴み取ってもらう為に、私はここにいる。白と一緒に旅をしてる。
……だからあなたは生きてなきゃいけない。白には、生きてもらわなきゃいけな……って、私は思って———ってえっ?!
寝てる……じゃない……!」
「……」
「いくら独り言だからって…寝るのは流石に……っ!」
「……」
「……失礼……でしょ」
何かに気づいたのか、サナの物言いが少しむすっとした物言いに変わる。
多分、バレてるな。
全然寝てない事。
「わ……わたしっ! 先にベッドに戻っておくからっ!……んもう、何で寝てるの、てゆーか何であの場で寝れるワケ?! どうして~……」
失礼、かな。
それは……罪から逃げるようで。
もはや俺すらも聞いていたくは無くなったけど。
サナが去った後。
もう誰もいなくなった、月照らす樹木の展望台にて。
……辺りは暗い。
いつかの俺のように、暗く、暗く、どこまでも深く、暗い。
だが、月明かりが、かろうじてその暗闇を打ち消している。
まるで絶望の最中、一筋の希望の光が差し込むように。
そんな中で。
「……なんでみんな、こんなに優しいんだ」
ただ1人、吐き捨てるように……呟いた。
それが、俺の贖罪か。
そうやって、少しでも生きて、幸せを享受する事こそ、俺の贖罪だと、サナは……お前は、そう言うのか。
だからこそ、か。
俺は、俺なりの幸せを掴むことを……この夜、決意した。
この世界は、つくづく優しすぎるんだ。
こんな俺なんて、今にも死んで当然の事をしてきたっていうのに。
それでも、それでもまだ運命は俺に手を差し伸べて。
まるで無邪気な子供のように「何度だってやり直せる」と、そう告げるように。
でも、この時の俺は……間違いなく嫌な予感がしていたんだ。
近いうちに、俺は俺自身の運命と対峙することになる、と。
そんな何の根拠もない直感が、頭の中を駆け巡る。
怖くて仕方がなかった。そんな抽象的なものに、怖さを抱くのもかなりおかしいのだが。




