ひかりちゃん宅にて 1
輪太郎は業務用ソフトを作るため、何かの業務に詳しいプロを探しています。
税理士になりたい事にして、税理士であるひかりちゃんのお父さんと話してみることにしますが…。
1月末の月曜日、放課後にひかりちゃんから声をかけられた。
木村君に先に行ってもらって話を聞くと、クリスマスに相談した、税理士のお父さんと話が出来ないかという件についてだった。
「パパが2月の頭の週末なら時間が取れるから、話を聞いてもいいって。
とりあえず、良くわかんなかったから、税理士になりたいらしいよって言っといたけど良かった?」
「うん、会ったときに詳しく説明するからそれはいいよ。
むしろ、僕が会ってからきちんと話が出来るか心配かな。
お父さん、厳しい人?」
「うーん、どうだろ。
私やお母さんには優しいけど、他の人にどうかはよくわからない。
親戚のおじさんとか、職場の同僚さんたちが遊びに来たときは仲良く話してるよ。」
「そっかー。
お父さん、甘いもの好き?」
「私も妹も甘いもの大好きだよ。
え、何か持ってくんの?」
「いきなり話を聞いてもらうんだから、さすがに何か持ってくよ。
母さんに頼んで手土産準備してもらうと思う。
ひかりちゃんのお父さんとお母さん、甘いの苦手とかないよね?」
「大丈夫、パパが食べないなら私が食べるから。
妹もいるし、みんなで食べればいいと思う。」
「うーん、じゃそうする。
月初かあ。
すぐになっちゃうけど、次の日曜日でいいかな?
2日になるけど。
で、どこにお伺いすればいい?」
「学校から近いから、時間決めて校門前まで来てもらえば自転車で迎えに行く。
時間は前日までに教えて?学校からは1~2分だから。
竹尾の足はどうする?歩き?」
「帰りもあるから自転車で寄らせてもらうと思う。」
「わかった。
あと、その日は竹尾のせいで遊びに出れないと思うんだ。
だから、ホームランバーの貸し2個目ね。」
「うーん、まあ、仕方ないか。世話になるんだもんね。
なんなら忘れないうちに今日1個食べとく?」
「今日は運動してないし、寒いからいいよ。
暖かくなってから返してもらうから、絶対忘れないでよ!」
そう声をかけると、ひかりちゃんはランドセルを抱えて颯爽と昇降口へ去っていった。
俺も昇降口を抜けて木村君のうちに向かう。
MSX版のゲームは仕上げの段階だ。
今週中には仕上げてしまいたいところだからね。
火曜にスペースシャトル・チャレンジャーが爆発し、土曜日にMSX版ゲームを木村君に収めた翌日。
2月2日の日曜日。
俺はひかりちゃんに案内されて、大きな屋敷の前に居た。
正面左には母屋らしい大きな建物。
正面にはトラクターやコンバインの収まっている納屋兼車庫と、その前に自動車が3台。
正面右手には裏の畑に続く立派な庭があり、奥手には土蔵が見える。
家の境には綺麗に手入れされた柘植やさざんかの生垣があり、その一部から右手の林の中に伸びている道がある。
自転車を止めて、大きな家だなーと眺めていると、林へ伸びている道のほうへ手を引っ張られる。
「そこはおじいの家だから。私のうちはこっち」
手を引かれてその道を進むと、少し先に比較的新しい作りの空色の屋根の二階建ての家が一軒。
家の前には日産の自動車、空色のサニーが1台止まっている。
「パパに声かけてくるから玄関で待ってて」
ひかりちゃんは俺に一言かけると家の中へと入っていく。
自転車のかごから手土産を出して、玄関でしばらく待っていると、眼鏡をかけた細身のおじさんが顔を出した。
「やあやあようこそ我が家へ。
君が竹尾君かい?」
「はい。竹尾輪太郎と言います。
今日はお忙しい中時間を取っていただきましてありがとうございます。
あと、これ、母からです。」
「ずいぶん丁寧なご挨拶をありがとう。
ひかりの父の佐藤健勝と言います。
えーと、お菓子みたいだね。
ひかり、母さんにこれを持って行ってくれるか?
話が終わった後にでもみんなで食べよう。
じゃ、とりあえず、リビングのほうにいいかな?」
「はい」
TVのある8畳ほどの部屋に通され、ソファーに腰掛ける。
「早速、話を聞くことにしようか?
ひかりに聞いたけど、税理士になりたいんだっけ?
娘に聞いても良くわからんのでどんなことが聞きたいのか詳しいことを聞かせてもらってもいいかな?」
「ありがとうございます。
それじゃ、最初から説明させていただいてもいいですか?
もしかしたら失礼な話になるかもしれないんですが・・・。」
「構わないよ。とりあえずはまず聞かせてもらってもいいかな?」
「すみません。
私、コンピュータが好きなんです。
それで、大人になったらソフト開発で食べていきたいと思っています。
ただ、まだそのためにどうすればいいのかがよくわからなくて、いろいろ迷っているところです。
当然、うまくいかないリスクはあって、しかも長男なんであんまり危険な事ばかりに手を出すのも良くないと思っています。
それで、保険をかける、というと言葉が悪いですけど、資格で食べていけるような職を一方において、両輪で進められると安心できると思って・・・。
そういう資格職の一つとして、税理士の仕事についてお話を伺えればと思い、お邪魔させていただいた感じです。」
「君、ひかりの同級生だからまだ小学6年生だよね?
ずいぶんしっかりしたお子さんだね」
「そうでしょうか?
でも、もう来年から中学生ですし」
「うちの娘と比較すると立派さに冷や汗が出るね。
ああ、そういうことなら税理士について説明するのは構わないよ。
小学生のころなんてどうすれば生きていけるかなんてわからないのは当たり前だ。
そういう意味では、早くからやりたい仕事が決まっているのはいいね。
こういう形で調べることも出来るからね。
えーと、まず税理士の仕事内容については解るかい?」
「個人や企業のお金に関する書類を整理して、お金周りや税金に関する書類を作成する、でいいでしょうか?
親から聞いた概要だけになるので、詳しくは解らないんですけど」
「うん、だいたいはその理解で間違いない。
詳しい内容は専門性が高いからもっと年を取ってからでいいと思う。
とにかく、時間がかかっても手順に沿って正確な作業が求められる仕事だと思ってもらえばいい。
また、依頼主との人間関係も重要だから、対人能力も必要になるね。」
「はい」
「まず、税理士として働きたい場合、方法は大きく分けて3つある。
どれについても国家資格が必要なんだが、要は税理士の資格を取るか、公認会計士の資格を取るか、弁護士の資格を取るかの差だ。
とはいえ、弁護士が税理士業を専業として行うことはごくまれなので、弁護士になる方法は解説しない。
また、例外として職歴で税理士資格を免除されることで税理士になる例もあるが、これも君が選ぶ確率は低いと思うので、今回の説明では省かせてもらう。
この辺は興味があるなら図書館などで自分で調べてみるといいと思う。
つまり、今日説明するのは税理士と公認会計士のなり方だな。」
ひかりちゃんのお父さんは座卓の上で紙に文字と絵をかきながら説明を始めた。
「税理士の資格は税理士試験に合格してから2年以上実務、つまり税理士の見習いをすることで手に入る。
そのうえで、日本税理士会連合会に登録すれば税理士を名乗れるようになる。
ただし、税理士試験には科目ごとに受験資格があって、受験資格を満たしていないと科目の試験を受けることができない。
そして、11科目ある試験のうち、規定に基づいて5科目以上に合格していないと税理士にはなれない。
その受験資格の一つに大学がかかわってくるんだよ。
だから、税理士になろうという場合、大学へ進学してから受験するのが王道だね、
しっかり必要な勉強をこなしていれば試験自体は大学の3年次から挑戦できるようになる。」
税理士、と、大学3年次の所に赤で2重丸を書く。
「あるいは、どうしても早く取りたい場合、日商簿記検定1級を取得する手もある。
一応、1級さえ取得できれば税理士試験には挑戦出来るから、21歳より若く試験に合格できる可能性がある。
まあ、実際には2年間の実務期間があるのであまり早く受験しても仕方ないんだけどね。」
別に実務2年間の所に同じく赤い丸。
「あと、税理士試験の受験資格であれば、各種の実務を2年間こなすことでも手に入る。
だから、高卒や社会人から税理士になりたい場合、税理士の見習いに入る手もあるんだが、これはあまりお薦めしない。
実務をしながら勉強をこなすのは結構難しいし、君の場合年齢的に大学を選んだ方が早いからね。」
うんうんとうなずくおじさん。
「逆に、受験資格の縛りが無いのが公認会計士だ。
公認会計士は受験するだけなら年齢や職業・資格面での縛りは無い。
代わりに難易度はかなり高い。
合格率は10人に1人受かればいいほうと言うくらいだな。
単純な学歴よりは会計人としての実力が必要になる試験だから、大事なのは専門教育をいかにしっかりこなせたかという事になる。」
公認会計士と高難易度に赤で丸。
「かわりに税理士に比べると出来ることが多い。
公認会計士は会計処理に関する監査が主業務になる。
つまり、大きな会社の帳簿……お金周りの処理が正しいかどうかを確認して保証するのが本来の仕事だ。
その業務の一環として税理士の専門分野もカバーしていて、必要なら業務をこなすこともできる。
まあ、そこは弁護士の場合と同様で、一種のおまけと言ってもいいね。
ちなみに、お客さんの規模が大きいから給与もだいたいは公認会計士の方が高い。」
帳簿の確認と高収入に◎。
「まあ、公認会計士は税理士として働くことも出来るが、税理士業務を主たる仕事とする例は少ない。
そこも弁護士と同じだね。
ただ、弁護士よりは守備範囲が近いとはいえる。
実際には税理士取ってから公認会計士取得に進む者もいるから、税理士の上位職みたいなものだと考えてもいいかな。」
税理士の上位職に赤丸。
「ああそうだ、公認会計士も試験の後で実務期間が必要なんだ。
それで、その実務補習を3年間こなすと終了考査がある。
それに合格してやっと公認会計士の資格を得ることができる。
実務を行う場合、税理士同様、協会への登録が必要だ。
公認会計士としては日本公認会計士協会、税理士としては日本税理士会連合会に所属する必要があるね。
両方として働くことも出来るが、まあ、公認会計士の業務はチームでやっても激務だからね。
その合間にフルタイムで税理士業務というのはなかなか難しいと思うよ。」
おじさんは実務3年間と終了試験に赤丸を描いた紙を俺の方に向けて、手渡した。
もらっていいのかな。
だいたいは自分でもメモを取ってたけど、細かく書いてくれているからありがたい。
「こんな感じの説明でどうだろう?
聞いてもらって分かったと思うけど、税理士と公認会計士、どちらの道を選んだ場合も、大学中に資格を取得し、卒業後すぐに実務をこなして資格を取得、それから開業か就職ってパターンが王道だね。
だから、遅くても大学を選ぶときまでにはどうするか、覚悟を決めておく必要がある。
もちろん、勉強自体はもっと早く始めてもいいけどね。
商業高校に進むべきかどうかについては好みだろうけど、どうだろうな。
僕はコンピュータで食べていくために必要な内容や時間がどンなものなのかがよくわからない。
だから商業高校でなく、普通高校や高専なんかを選んだ方がいいかもしれないからね。
けど、両方を並立しようという事ならどちらの職を選んでも時間はそれなりにかかると思ってくれ。
きちんと計画を立てておかないと苦労すると思うよ。
まあ、まだ時間があるんだから、ご家族と相談してみるといいよ。
それから、さっきも言ったけど、会計系のお仕事は性格的な向き不向きも若干ある。
だから、時間があるようなら簿記辺りを勉強しておいて、早めに向き不向きを確認するのもいいかもしれないね。」
簿記かあ。
それは思いつかなかった。
会計ソフトを作るうえでも参考になりそうだし、資格としても有用だから、挑戦するのも悪くないかも。
「ありがとうございます。
とても参考になりました。
早速簿記についても調べてみたいとおもいます。
簿記の勉強って、本でやるので大丈夫でしょうか?」
「そうだね。
最初は誰かに教わった方が理解が早いと思うけど・・・。
君の年齢だとまだ教えてくれる人が居ないか、居ても少ないだろうから本中心にならざるを得ないかもしれないね。
まあ、会計分野は専門用語は多いけど、学ぶ人が多いぶん、用語解説もしっかりした本が多いから、本を選べば大丈夫じゃないかな。
ただ、本番の試験については費用もかかるし、十分自信が持てるようになってからで十分だと思う。
今度いい本を探しておくよ。ひかり経由で書名を渡せば大丈夫かな?」
「ありがとうございます。」
「自分で探したいなら本屋で日商って書いてある簿記の本の中から選ぶと良いと思う。
たいていの本屋にそれなりの数置いてあるはずだからね。
その中からできるだけ新しい年度の自分向きの本を選ぶといい。
君の年齢なら最初は4級からを薦めるけど、内容的にはかなり重複するから頑張る気があるなら3級スタートでもいいと思う。
まあ、どうしてもわからない部分があったら事前に話をもらえば説明くらいはしてもいい。」
「お休みに何度も時間を取らせるのは申し訳ないです。
できるだけ自力でやってみます。
どうしても、と言う場合だけ相談させてください。」
「そうか。
じゃ、まずは頑張ってみるといいと思う。
さっきも言ったけど、あまり焦る必要はない。
うまくいっても行かなくても、経験だと思ってやってみるといいよ。」
「はい」
「それじゃ、話はこの辺でいいかな?
せっかく持ってきてもらったし、ひかりを呼んでお菓子にしようか。」
おじさんは立ち上がって廊下のほうに足を向けた。
ご注意。
本作時点では公認会計士はいつでも無条件で税理士に成れましたが、現在はそれは不可能です。
2017年4月1日以降に公認会計士試験に合格した人については、実務補修で税務に関する一定の能力を身につけた人だけが、税理士登録できるようになっています。
また、簿記4級は現在存在しません。現在は初級と言う名前に代わっており、難易度も下がっています。
制度改正に伴うものですのでお見知りおきくださいませ。




