時、巻き戻った後1
さて、過去に戻された輪太郎はこれからどうしたいのかを考え始めます。
薄明りの布団の上で目が覚めた。
6畳ほどの薄暗い和室。
クオーツ時計の秒針の音が聞こえる。
布団に向かって伸びている紐を引くと蛍光灯が付いた。
壁の時計は6時30分を指している。
朝夕どっちなのか一瞬迷ったが、太陽の方向で朝だと見当をつける。
そこにあったのは懐かしい風景だった。
寝ていた部屋の東と南には障子戸があり、その向こうには窓とベランダへ出るサッシ戸がある。
窓のすぐ手前には学習デスクがあり、俺はいつもここで勉強していた。
部屋の西側には本棚があり、親父の本が並べられている。
一番下の段には親父が大学時代に使っていたという現代語訳併記の対訳版源氏物語があって、活字に飢えていた俺が最初に手を出したのは小学3年生のころだった。
現代語訳には全部フリガナが振ってあったから、読むだけは読めたが、女性週刊誌みたいな内容に微妙な気分になったのを覚えている。
そう、全部覚えている。
そこは俺の部屋だった。
少しだけ補足するなら、そこはかつての俺の部屋・・・子供のころのいつかの風景だった。
まだ親に守られていた時代の俺の部屋。
爺さんの家に行く前に住んでた親父の家の。
と同時に、目の前の風景に疑問を持つ。
もう40年近くは前の風景だ。
妹家族が住んでいるはずの現在の親父の家には、もうこの風景はない。
今この部屋には甥が住んでいるはずだ。
最後に見たとき、この部屋はフローリングにリフォームされていた。
これが死ぬ前の走馬灯とかじゃなければ過去にしかない風景ってことになる。
つまり、ここは、過去なのか?
夢でも見ているのかと疑い、頬をつねってみるが痛い。
「夢?じゃ・・・ない・・・?」
口から出たのは、聞き覚えはあるが、聞きなれない高い声。
声変わり前はこんな声だったっけ?
自分の体を見下ろしてみる。
幼い頃の自分だった。
着ているのは昔着ていたお気に入りの寝間着だったやつだ。
多分、小学校高学年から中学生くらい。
勉強机の陰にあるボロいランドセル。
中学に上がってすぐに捨てたから、過去ならまだ小学生なのだろう。
あれを開ければ学年はすぐに解る。
・・・小学6年生の教科書。間違いなく俺の名前が書いてある。
戻ったのか?小学6年の頃の俺に?
どうして?
頭をひねっているうちにも太陽はどんどん上っていく。
そうするにつれ、だんだんと部屋の気温は上がっていった。
よくわからんが、夏だなこりゃ。大晦日から目覚めると夏へとは。
呆然としている暇もなく、忙しい朝は過ぎていく。
階段下から聞こえる母の声。呼ばれるままに台所へと移動する。
懐かしい家族の風景。
父が読んでいる新聞によると、目覚めたのは1985年8月11日、日曜日。
例によって、教員の父と看護師(このころはまだ看護婦か。)の母は共に忙しく、父は小学校の水泳部の指導に行き、母は病棟対応のため勤務先へ。
一番下の妹は母と一緒に保育園へ行ったので、家に残ったのは10年前に死んだはずの祖母と、小学3年生のはずの上の妹だけだ。
まだかくしゃくとした母方の祖母の姿に涙が出そうになったり、洗面所で顔を洗おうとして、太る前の自分の姿に逆行転生を実感したりもしたのだが・・・。
とりあえずは現状把握を優先して、自分の部屋へと閉じこもった。
まず考えるべきは、目覚めるまでのことだ。
脳卒中で意識をなくし、病院に運ばれずに終わったんだ、ほぼそのまま死亡しているだろう。つまり、最後の記憶が正しければ、俺はあの家で死んでいる。
竹尾輪太郎、享年50歳、ここまではほぼ確定だ。
問題は、死んだはずの俺が、何故今ここにいるのか、だ。
今朝の事を考えると、今が小学6年生の夏休みなのは間違いなさそうだ。
時系列で考えて、実家や家族について今のとこすぐ気づくような差異もない。
住所も変わらず熊本県の中央部。
前の人生と変わったことは何もない。
逆行転生か。
タイムスリップものって、昔からある主題だよな。
ラノベやアニメ、なろうなんかでもよくあるパターンで、幾つも見たことがある。
過去に戻って、前世の記憶をもとに無双するというのが定番なんだが。
正直、現実となるとそうもいかないよな。
実際、時間が戻ったのはまあいい。
死んだと思ったところにアディショナルタイムがあったわけだし。
まだ小学生らしいから時間もある。それも分かった。
タイムスリップなどと違い、衣食住にも問題はない。
うん、少なくとも一からよりはだいぶましだ。
だが、問題はある。
そう、今後のことだ。
最悪なことに、俺は氷河期世代だ。
それも、大学卒業と同時に氷河期に突入する直撃世代だ。
手持ちのカードも前回の人生と何ら変わらない。
つまり、何か無理をしない限り、氷河期からの日々をもう一度やり直すだけになる。
こんなに詰んだ状況へ戻されるとか、普通に考えて、絶望しかない。
正直、もう一度あんな人生を繰り返すのは御免だ。
便利屋扱いで炎上プロジェクト回らされたり、派遣業務で病むほど詰められるのは勘弁してほしい。
別に、強烈な勝ち組でなくていい。
せめて死ぬまで好きな仕事で食っていける、そんな人生が送りたい。
バブル並みとは言わないから、せめて野垂れ死なない人並みの人生がほしい。
もちろん、可能なら勝ち組になりたいさ。
せっかく時間をさかのぼったんだ。
環境が許すなら、誰だって勝ち組がいい。
でも、それで体を壊すのでは本末転倒だ。
生活するために必要な金を稼いだうえで、死ぬまで好きなものを好きなように作って生きていける人生がいい。
ジョブスよりはウォズニアックの人生。
別に目立ちたいわけじゃない。
ささやかでも誰かの役に立って、世界の隅に居場所があればそれでいい。
理想を言えば、好きなプログラムを自分のペースで書いて、それで世界を変えられる日々だ。
だが、変えられなくてもそれはそれでいい。
天才じゃない身だし、運の要素もかなりある。
それでも・・・今ならまだ時間は残っている。
氷河期だって抜け道はきっとある。
前の人生とは違う道を、前の人生とは違う方法で。
あの地獄の時代でも、勝者がゼロではなかったのだから。