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逆行前 あるいは諦観

何故書こうと思ったか?

16bitセンセーション ANOTHER LAYER、懐かしゅうございました。

なぜ今ごろ?

おじさんは記憶力が落ちておりまして、昔を思い出すのに時間がかかったのでございます。


 大晦日の夜。

納屋の一角を潰して作ったサーバールーム。

その掃除を済ませた俺は、そのまま懐かしの86音源に耳を傾けていた。


曲は懐かしのBad Apple!!

東方Project第4弾「東方幻想郷 ~ Lotus Land Story.」のステージ3

「水のひいた湖内部」の道中曲にしてニコニコ動画の影絵PVで有名になった曲。

多分、東方Projectで最も有名な曲の一つである。


86音源でわかる通り、鳴らしているのは98版の原曲で、しかも製品版の方の曲だ。

そのせいでよく知られている影絵PV版とも体験版とも若干アレンジが違う。


やっぱり神主のサウンドは何度聞いてもいいなあ。

何時聞いても古く感じないのはなぜだろうな。

いや、俺自体が古びてて、新しいものが解らないだけか?

もしかしたらそうかもしれない。

定期的に86音源の音が聞きたくなる病気持ちだからな。

まあ、YOASOBIはYOASOBIで、神主は神主でいい曲、それでいい。

苦笑いをしながら缶コーヒーを開ける。


「今年も終わったなあ・・・」


2023年ももう終わり。夜が明ければ2024年である。

あの頃は普通に買えた音源基板も、今ではとうに廃盤済みだ。

うちにある9821も、鳴らせるボードが刺さった機体はもうこれ一台。

予備もないからこいつが壊れたら、次の弾の入手は運しだいだ。

実際、もうオークションにも流れてこない基板は結構多い。


棚を見回し、落ちそうな角度で積んでいたキーボードを置きなおす。

サーバルームと言いながら、置いてあるのはほとんど古いマシンばかり。

床置き、棚置き様々だ。


IBM PC/AT、PC-9801 VM2、Amiga 500、X68000 Ace、SGI Indigo2、FM-Towns MX、HP-200LX、PC-9821Ap3/U2、旧GatewayのDOS/Vタワー、東芝Libretto 30、モバイルギア MC-MK22、Handspring Visor、ボンダイブルーのiMac、Athlon X2のATX自作機、ASUS Eee PC、13.3インチの黒いポリカーボネートMacBook、Thinkpad X1 Carbon、あとは、Dell、HPのワークステーションやタワーサーバが数世代分。


使っていたものもあれば、あこがれやなつかしさでジャンクを調達した物もある。

壊れて処分したものや、新しいうちに売ってしまったものもあるので、ここにあるのはかろうじて動く程度の懐かしの機体がほとんど。

Windows11が乗るマシンなど1台しかない。

それも、気が向いたときに動かす程度。その程度の稼働率の機械がほとんどだった。


やもめ暮らしの50代。

普段使いには母屋においてる10インチのIntel N100の中華ノートとFire HD 10、そしてスマホがあれば事足りる。

介護施設の事務員として安月給で暮らす日々では、昔ほど趣味に金を費やすことはできない。


妻子が居ないから出来る贅沢。

いや、居ないなんて表現は正しくない。

結婚自体、できなかっただけの話なのだから。


理由?難しい話じゃない。

俺は就職氷河期世代だ。

そして、持病として鬱を患っている。


忙しくて出会いもなく、ブラックゆえに金もなく、挙句の果ては病気になって。

それでもコンピュータにしがみついて、結果、何度も再発を起こして信用を失い、やっていくのが難しくなった。

その後は、引きこもりと病院通いを繰り返し、最終的に引きこもり暮らし。


そのままでは野垂れ死ぬまで時間の問題だった。

それを、父方の爺さんに拾われた。

今の職場へ押し込んでくれたのもそうだし、この家も遺言で相続させてもらった。

地価については二束三文だが畑もあるので面積だけはそれなりにある。

隣の家まで3キロあるとか、最寄りのコンビニが7キロ先とか、問題はあるが、その程度だ。一人暮らしには問題ない。

家のメンテと爺さんの月命日の墓掃除を欠かさないのはそのためである。


まあ、現代は地方でも車とAmazonがあれば生きてはいける。

もの寂しさはもう慣れた。

期待さえしなければ、絶望するようなこともない。

ただ物陰に生えた草木のように静かに生きる日々。


今、心配なのは俺が急死した時のことくらいか。

隣家までの距離を考えると、死んでも多分気づいてもらえまい。

おそらく、数日の無断欠勤後に電話での連絡がつかずに職場か警察から人が来て、

それで発覚というパターンになるだろう。

俺が死んだらこの家を継ぐ人間ももういない。

辺鄙すぎるし農業やるにも規模が半端、山の中のせいで売り物にもならない。

多分、借金を警戒されて相続者なしになるのが落ちだろう。

爺さんには悪いが、俺とともに打ち捨てられるだろうこの家だけが物悲しい。



氷河期世代にとっての社会進出とは過酷なものだった。

まずもって彼らが社会に出たとき、既に好況は去っていた。

バブル末期の大量採用と高騰した給与は不況の到来とともに社会への大きな負担と転じ、採用市場は既に過冷却とさえいえる状況だった。


彼らの多くは、前の世代を考えると理解できないほど高いハードルを要求された。

それを見て、大多数の就職希望者はさらに就職先のランクを落としたが、それでもお祈りが続くありさまだった。

面接を繰り返し、社会からの否定を乗り越えて必死で就職しても、ろくな給与はもらえなかった。

彼らの多くが就職できたのは最大手の企業ではなかったし、彼らのための給与の枠はあらかじめバブル期採用組が使い切っていた。そして、そんな場所すらコネが無ければたどり着けないケースが多かった。

人数が多い世代だったことも災いしていた。

明らかに需要より供給のほうが過大だった。

その現実の前には半端な学歴なんてクソの役にも立たなかった。


多くの氷河期世代にとっての居場所とは、あらかじめ失われていた何かでしかなかった。


生き残れた就職先では、さらに悲惨なことが起きていた。

直接の上司の多くはバブル世代で不況下に仕事を取る方法が解らなかった。

稼げる仕事は徐々に減り、稼げない仕事があふれていく。

安直なものたちが下がった売上を埋めるために選んだのは安い仕事を数こなすことだった。

酷いと受注のためにさらに値下げをし合うことすらした。

こんなことは続くまい、何時か景気は良くなる。その時に取り返せばいいと。

実際、会社には売り上げが必要だった。

採りすぎたバブル採用組を維持する必要があったからだ。


だが、現実には景気が戻ることは無く、残ったのはとんとんか赤字となった売上と大量のブラック業務だけだった。

運が悪ければそこで倒産したし、運が良くても赤字業務は続く。

このブラック業務を処理する羽目になったのも多くは氷河期世代だった。


何しろ、彼らの多くは、会社にとって最後の若手であり続けた。

新しい若手が入ってこないまま、押し付けられた雑用のもって行き先もない。

彼ら以降の大量採用は徐々に契約社員に切り替わったし、契約社員たちは必要に応じて逃げることができた。

逃げられず、立ち尽くすしかないのはただ氷河期世代だけだった。

不況下の再就職というトラウマが彼らを縛り上げていた。

給料が安く、昇給が無くても、少なくとも生きてはいけたからだ。

だが、それは生きていけるだけの日々だった。

彼らの若さの大部分は、かろうじて得られた職にしがみつくためか、あるいはやがて訪れる人材派遣業の闇の中へと消え去り、あるいは、立ち枯れていった。


努力して学歴を身に付けても結局はコネ就職に勝つことは出来ず、

就職でき、必死にしがみついても、運が悪いと倒産で振り出しに戻される。

貯蓄できる余裕もなく、業務以外に雑用を抱えて1.5人前の業務に実績も上がらない毎日。

そのくせ、世代収入は少なく、40を超えても4人に1人は貯金無し。


もちろん、勝てたものもいた。

昇進できたものも、結婚出来たものも、子供だって作れたものもいた。

しかし、そういう勝利者の割合が他世代に比べ極端に低いのは、実際の数字が表していた。


社会から散々に振り回され、家族もなく、希望もなく、貯金もなく、ただ諦めだけがある。

世代間の人数差から老後の年金も期待は出来ない。

むしろ、若い世代からは重しとして打ち捨てられるまであるだろう。

それが、彼ら就職氷河期世代だった。



俺だってそうだ。

好きだったプログラミングのおかげで何とか暮らしていくことは出来た。

状況的には悲惨でも、それしかなければ意外と生きて行ける。

誰だって日常の中でなんとか幸福を探す事が出来る。


生きていられるだけマシ。

いや、使い捨てられ、野垂れ死んでいないだけマシと言うべきか。

気づいたら行方が解らなかったり、死んでた知り合いだって別に少なくはなかった。


俺がそうならなかったのは、運がよかっただけだ。

爺さんが居なければ間違いなくそうなっていた。


それとも、違う人生もあったんだろうか?

学歴を得て、金も稼ぎ、結婚もでき、名声を得る。そんな人生。

振り返ってどうすればそうできたのか?

うん、全然想像もつかない。

ロールモデルもなく、何が起こるかもわからないなか、手探りで先の見えない日々を生きた。

出来る限りの選択はしてきたはずだ。

それでやっとたどり着いたのがここだ。

悲しいかな、ここから人生を取り戻すことなどできはしない。

でもそれにはもうあきらめがついていた。




ふと目線を上げる。

音源から流れてくる曲もとうに別のものに変わっている。

聞こえてくる曲を考えると、もう楽曲リストも終盤のはずだった。

時計を見る。

あと30分もすれば来年だ。

そろそろ本宅の方に戻って寝よう。

明るくはなくとも、まだ未来はやってくる。

若いころほど体力もなくなった。

無理をしないのが明日を生きるコツだ。

立ち上がり、PC-9821の電源を落とすためキーボードに手を伸ばす。


ふいに強烈なめまいに襲われる。

ふらついて、こたつの端に左手をついたが、何故か体が止まらない。


左足から力が抜け、目の前にフローリングの床が見える。

なんとか右手で支えたが、直後に強烈な頭痛。しまった、転倒して頭をぶつけたか?

起き上がれないまま頭を上げると、目線の端に置いてあった鏡が見える。


自分の顔の半分が異常に歪んでいる。

脳卒中?

まずい、ここいるのは俺だけだ。


強烈な頭痛に一瞬意識が遠ざかる・・・。

運転は無理だな・・・。

救急車・・・。

スマホはこたつの上だ。

そして、手が届かない。


そうか、もう未来はなかったのか。

波のようにひいては返す頭痛の中で苦笑いする。

最後の最後まで、自分の明日は思う通りにはならないままだ。


これで上がりか。

強烈な頭痛がぶり返し、諦めが俺を支配する。

この季節なら、死体もすぐには痛まないだろう。

意識が飛ぶ前、最後に考えたのは、夏でなくてよかった、という事だけだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 就職氷河期世代よりも少しあとの世代で、就職氷河期世代の大変さは知らなかったが、この1話を読んでその大変さの一端を知れた。 凄い大変な世代だったんだなぁ。
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