エピローグ
目覚ましの音が鳴り響く。隣で寝ている人を起こそうと2分くらい揺すり続けてるけど、ずっと同じセリフばかり吐くものだから、もうため息しか出ない。
「もう、空!そろそろ起きてよ!」
「ん-…あと5分…」
「もうこれ何回目…?!さっきからずっと聞いてるよ…!」
「桜良も一緒に寝るか……?」
「寝ないっ!ほら、起きて!」
我慢できなくなって、私は布団をはがした。「寒い…」と言って、布団を取り戻そうと手と(なぜか)足がバタバタしている。なんだか少しGみたいで気持ちが悪い。
「ほら、朝ご飯食べて準備して!今日大事な用あるんだから!」
「はーい…」
空はようやくベッドから立ち上がって、目をこすりながらリビングにやってくる。専門学校を卒業して同棲し始めたけど、1つだけわかったことがあるとすれば、空はものすごく朝が弱いってこと。特に休日は酷かった。何度叩いても布団でガードされる。時には布団に引きずり込まれる。
私も空も同じレコード会社に就職して働いている。当然周囲には付き合っていることも同棲していることも知り渡っていて、同僚も、先輩方もいろいろ配慮はしてくれている。今日はお互い仕事を休みにして、大事な行き場所があった。
築30年は経っていそうな三階建てくらいのアパート。送られてきた住所と部屋番号を見て、「西丘」と書かれた表札の下にあるインターホンを押す。「来たよ」と空が言うと、中からゆっくり歩いてくる音が聞こえて、ドアが開いた。
「…久しぶり、優日くん」
「……来てくれてありがと。寒いだろうし、入って」
私と空の顔を交互に見て少しだけ笑った後、中に案内してくれた。
もう何度も来ているところだけど、まだ人の家の中に入るのは慣れなくて、なんだかむずむずしてしまう。でも優日くんらしく、全く散らかってはいなくてしっかりと片づけられていた。
優日くんはあれから1年半くらい、少年院に入っていた。学校は退学処分になってしまい、しばらく会うことすらできなかった。面会もしようかと少年院に向かいもしたけど、その頃は面会を拒否されていた。
だけど卒業した年、私や空に優日くんからメッセージが届いた。そこには住所が書かれていて、面会をずっと断ってしまって申し訳なかったという旨と、謝罪も込めて会わせてほしいという連絡だった。私たちはすぐにそれに了解して、そのメッセージが来た週末に初めて優日くんの家に向かった。
初めてその部屋に入ったときは、ひたすら土下座で謝罪された。私たちが顔を上げるように言っても、なかなか上げてくれなかった。だけど数十分経ってから、空がしびれを切らして優日くんの体を無理やり起こして、右頬を思いっきり叩いた。その時の空の声は、今でも忘れられない。
「いつまでも謝ってんじゃねぇよ!お前が桜良や俺にしたことは許せねぇよ?!でも、お前はお前の幸せを探せばいいだけだろ?!違うか?!俺たちはみんな似てんだから、わかりあえばいいだけだろ!」
その言葉を聞いて、優日くんは声を上げて泣いた。部屋の壁には、ノートの端をちぎったような小さな紙が貼られていた。私の位置からはちゃんと見えなかったけど、語尾に「お母さんより」と書かれていた気がする。
「あれからどうだ?優日」
「…いろいろ順調ではあるよ。なんとか仕事も見つけて、働いてるとこ。みんな優しくて、働きやすいし…」
「そっか。よかったな」
「…あれ…あの写真、って……」
「ん?どうした?桜良」
空と優日くんが話している間、私は部屋を見渡していた。どこを見ていいかわからなくて、目が泳いでいた…と言った方が正しいかもしれないけど。すると、部屋の隅に置かれた棚に、一枚の写真が綺麗な写真立に入れて飾っているのが見えた。そこには優日くんと、見知らぬ女性が写っているのが見えた。
「ああ、それね」
ふっと笑って優日くんは立ち上がって、その写真立を持って戻ってきた。自分で改めて少し見てから、私たちの方に向けてテーブルの上に置いてくれた。そこにはやっぱり笑顔の優日くんと、隣にピースをして笑顔の女の人がいた。
「この子、俺の働いてるとこの同僚。俺と…いや、俺たちと同い年」
「そう、なんだ……」
「うん。数カ月前……とはいってももう半年くらいか…それくらいに話し始めたばっかだけど、めっちゃ気が合ってさ。……俺の過去話しても、受け止めてくれて」
そう話す優日くんの顔は本当に穏やかで、幸せそうだった。頭の中に一つの疑問が浮かんで、「もしかして……」と声に出てしまったけど、ふっと笑って優日くんは答えた。
「ごめん、先延ばししちゃって。…そ。俺の彼女」
隣の空と目を合わせて驚いたけど、優日くんにも大事な人ができたという安堵感の方が勝った。
そこからは3人でいろいろ近況報告をしながら過ごした。空と優日くんの間にあったわだかまりはすっかり消えていて、2人が笑顔で話しているのを私はそっと見守っていた。帰る頃には綺麗なオレンジ色の夕日が私たちを照らしていた。
「今日は、改めて来てくれてありがとう」
「ううん。全然。優日くんも、元気そうでよかった」
「桜良ちゃん……改めて…」
「優日。謝るのは無しだって言ったろ」
「…そうだったね、空。じゃあ、2人とも、気をつけて」
「うん。じゃ、また来るからな」
「ああ、待ってる」
優日くんに背を向けて、私たちは歩き出した。後ろで、部屋に入ろうとドアを開ける音が聞こえた。ふとあることを思いついて、私は走ってドアの前に戻った。後ろから空が私を呼ぶ声が聞こえたけど、無視してドアの前に急いだ。心の中にあった言葉を忘れないように。
すでに閉まってしまったドアの前に立って、聞こえるように声を張り上げた。
「ちゃんと…ちゃんと、優日くんも幸せになってねっ!絶対に、愛してくれてる人がいるから…!」
返事は聞こえなかったけど、私はまた空が待つ方向に歩き出した。
優日くんの心に届いてくれることを信じて。
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かけられると思ってなかった言葉に、耐えきれず涙が零れ落ちる。ドアに背中をつけて立っていたけど、足に力が入らなくなってその場で膝から崩れ落ちた。
「ありがとう……2人とも……」
彼女が家に来て抱きしめてくれるまで、俺はその場から動けなかった。一生、この罪と感謝を忘れないよう、心に焼き付けた。
<エピローグ:目の前にある幸せを、ずっと> Fin




