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<第3章>第6話:君の心を満たすもの

前回までのあらすじ:

 ついに、優日との最終局面へと向かった桜良。しかし、その横に空の姿はなかった。優日は、桜良が同じ役立たず仲間だと言い放つ。その言葉に動揺してしまった桜良は優日にスタンガンを向けられるが、急に現れた空に助けられる。苛立ちを隠しきれない優日に対して冷静な空は、自身の過去を話し始めるのであったーーー。

 幼い頃、父親の家庭内暴力に遭っており、それを守ってくれた空の母親。中学生にあがる頃には父親は消え、母親とも顔を合わせる機会が少なくなっていた。しかし、珍しく仕事を休んでいくと母親が約束してくれていた高校の入学式の日、忽然と母親は空の前から姿を消した。必死になって家中を探し回る空だったが、母親のものと思われる日記からは、新しい愛人ができたような文章が残されていた。

 空は、「大変な中でも、桜良の笑顔に救われていたんだ」と、涙ながらに真実を話す。しかし、そんな話を聞いていた優日は感情を暴走させる。そして取り出したナイフで空を刺そうとするが、桜良はそれを体を張って止めたのであったーーー。

「ん……」


 うっすらと目が開いた。だけど周りが暗すぎて、目を閉じているんだか開けているんだかどちらかわからないほどだ。

 死の世界かとも思ったけど痛みもなく、刺されたはずのお腹からは、血は一滴も流れていない。死んだわけではないんだろうなと思った。起き上がるときにも、痛みもだるさもない。だけど代わりに、ここはどこだろうという疑問だけが沸き上がる。


「誰か、いませんか?!」


 少し大きな声を出してみるけど、響くこともなく、声は暗闇に吸い込まれた。おそるおそる足を前に出してみると、アスファルトを歩く時と同じ、地面を踏みしめる感覚がした。周りを改めて見渡すけど、本当に真っ暗だった。

 それは、その時だった。真っ暗なはずの少し前方から、小さい女の子のすすり泣く泣き声が聞こえた。体がびくっと反射的に震えたけど、何かに引っ張られるかのように、私の体はその声のする方に動き始めた。

 少し歩き続けると、体が止まった。視線を少し下げると、そこにはさっき聞こえた声と同じ、すすり泣く女の子がいた。体を私の方に向けてはいるけど、ぺたんと座り込んでしまっているせいで顔が全く見えない。声をかけようと手を伸ばす。だけど、この子の左手に乗っているものを見てすぐにその手は止まった。右手は必死に涙を拭っていたけど、左手には真っ白な錠剤が小さな手のひらを覆いつくすほど乗っていた。

 ふと、彼女の服に目がいった。幼い頃によく着ていた、お気に入りのピンク色のTシャツにジーンズ。少し大きくなって、「もう合わないでしょ」と言われ勝手にお母さんに捨てられた服。


「なんで、わたし、ばっかり……がんばってるのに……」


 その声を聞いて、すぐにわかった。

 これは、心の中の私だ。

 そうわかってしまったら最後、私の体は動かなくなってしまった。目の前の私は、涙声でさらに続ける。小さい声だけど、しっかり聞こえる。


「わたしなんて、消えちゃえばいいのに……」

「そうすれば、お母さんに怒鳴られることも、物を投げられちゃうこともないのに……」


 嫌ってほど覚えてる、忌々しい記憶。お母さんに怒鳴られる日々。物を投げつけられて、自分自身をかばった腕には、青アザができた時もあった。友達に見られないように、必死に袖や絆創膏で隠した。

 いや、お母さんだけじゃない。専門学校に入ってからも、何かの罰かのように、嫌なことは続いた。紅仁くんの裏切り。If…優日くんの過去。その罰から逃げるように、薬を飲み続けた。

 だけど、思い返せばそれだけじゃなかった。それ以上に、楽しかった。美咲先輩と一緒に働くアルバイト先。先輩と遥輝さんの家で過ごした日々。絶対に自分の家では経験できないほど遊んだり、笑ったり。そして、空との毎日。会えるだけでうれしかった。話せるだけでうれしかった。嫌なことなんて、忘れられた。

『桜良!』『桜良ちゃん!』

 自分を呼んでくれる声が、頭の中で響く。私を愛してくれてる人たちの声。

 だけど、目の前の幼い自分は、まだ知らない。心の中の私は、幼い頃の苦しい記憶に囚われたままだったんだ。自分なんて、ずっと愛されることない存在。そう思ってる。そんな心の中の私は、今にも白い錠剤を口に入れようとしていた。


 救ってあげなきゃ。


 私はその小さな手を握って、強く抱きしめた。白い錠剤が真っ暗な地面に落ちていくのが、視界の隅に見える。


「おねえちゃん、だれ……?」


 涙ながらに、そう聞く小さな自分。その問いには答えなかった。だけど、離れようと小さな体は抵抗する。


「わたし…わたし、これ、ほしいの…!もっと、もっと、幸せに……!!」

「もう、大丈夫だから…!」


 私の右肩に涙をこぼしながら叫ぶ声に被せるように、私も負けじと叫ぶ。「え…」と小さく聞こえたけど、そのまま続ける。


「あなたは、これからたくさんの人に愛されて、たくさん思い出できるよ。今は、苦しいことばかりかもしれないっ…。だけど、そんなもので幸せになろうとしないで…。そんなもので、あなたのきれいな心を満たそうとしないでっ……」


 自分の目からも、涙が次々と零れ落ちるのを感じる。私の右肩にも、暖かなものが服越しにじんわりと広がっていく。「ほんとうに…」と声が聞こえて、そっと体を離す。


「本当に、幸せに、なれるの…?」


 まっすぐに瞳を見て、ゆっくりとうなずく。


「だから、大丈夫。生きてていいんだよ」


 その言葉に、小さな私はまた涙をぽろぽろと流す。その涙の一粒が床に落ちて、そこを起点に周りが白く明るくなった。快晴の空のような明るさに目がちかちかしたけど、「おねえちゃん!」と声のする方に目を向けた。


「ありがとう!」


 次の瞬間、私の視界は真っ白に埋め尽くされた。


**********


「……ら!……くら!さくら!!」


 視界いっぱいには、真っ白な天井。薬臭いにおいが鼻を突いた。そして視界の隅には、目に涙をいっぱいにためた空がいた。さらに視線を移すと、美咲先輩や遥輝さんもいた。先輩たちはお医者さんを呼びに行ったのか、足早に視界からいなくなってしまった。


「こ、ここは……?」

「…あの後、すぐに病院に運んでもらったんだよ。ここ、その運ばれてきた病院」

「…そう、だったんだ…」


 少し動こうとしたらお腹あたりに痛みを感じて、動くのをやめた。


「本当に、よかったっ……」


 そう言う空の声が聞こえて目を向けると、涙を流しながら、私の手を握ってくれていた。ずっと握ってくれていたのか、少しも冷たくない。その手の温かさに、私の目もじんわりと暖かくなってくる。


「ありがとう、空」


 そう言葉にすると、少しだけ驚いたように目を見開いた後、またクシャリと笑った。


「こちらこそだよ、桜良」


 その声と同時に、その手は優しく強く、私の手を握り直した。


**********


 その後1週間もしないで、私は無事に退院した。その間、空は毎日の夕方、お見舞いに来てくれた。私が気になって聞いたのもあるけど、優日くんのことも聞いた。私が刺されて倒れた後その場で任意同行されたらしく、警察のお世話になっている、とか。その後のことは、空にもわからないらしい。


 そして私も今日、大きな一歩を踏み出そうとしていた。


「桜良ちゃん、本当にいいの?」

「はい。もう覚悟はできてるので」

「そっか。じゃあ、行こっか」


 美咲先輩や遥輝さんが心配してくれたけど、私の中の決意は固かった。本当は、少しだけ怖かった。でも、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

 目的地に遥輝さんの車で向かって、入り口に足を踏み入れる。遥輝さんがスマホを出して、制服を着た体格のいい男性に渡す。私も自分で少しだけ説明すると、「奥で詳しく聞かせていただけますか」と言われて奥へと案内される。


 そこからのことは、あまりはっきりと覚えていない。覚えていることといえば、ものすごく久しぶりに家に帰ってあの人たちに会ったということと、「もう私に二度と関わらないで!」と、自分の口から出たとは思えない言葉が出たということだけだった。その場にいた人たちが厳重注意だとか、逮捕だとかいう言葉をいろいろ言っていた気がするけどそんなことはただただどうでもよかったし、後悔なんて微塵もなかった。


 ただ、心がものすごく軽くなった。


**********


 あれから季節は巡ってまた春になって、私たちは2年生になった。学校に向かう途中にある桜の木も、綺麗なピンク色に色づいている。そんな場所で今日は待ち合わせだった。


「桜良!待たせてごめん!」

「ううん、大丈夫だよ。空こそ…大丈夫?」

「ああ、俺こそ大丈夫大丈夫!ちょっと寝坊しちゃって……」


 本当に急いで走ってきたのか、空の前髪がぴょんと跳ねていた。私の視線がそっちに行っていたことに気づいたのか、少しだけ恥ずかしそうに自分でその前髪を触っていた。クスリと笑った後、改めて桜に向き直った。


「綺麗だね、桜」

「…そうだね」


 一瞬間が空いて、空が私を呼ぶ声が聞こえた。


「俺がさ…あいつの前で言ったこと、覚えてる?」

「あいつ…?」

「ほら…矢野原」

「あー…」


 そういえば優日くんとの件があってすっかり忘れていたけど、紅仁くんも先生方に呼び出された…とか。盗み聞きしただけだから、あんまりよくは知らないけど、周りの女子たちが騒いでいたから、嫌でも耳に入った。


「あまり覚えてなくてもいい。ただ、俺の気持ちは変わらないから」


 ゆっくりと、息を吸う音が聞こえる。


「桜良のことが、ずっと好きです」


「桜良がいなかったら、今の俺はないと思う。頑張って生きててくれてる桜良が好きだし、ずっと大切にしたい。これから、一緒に幸せになりたい。だから、俺と、付き合ってくれませんかっ……」


 真っ直ぐで強くて優しい瞳が、私の目を見つめる。空に聞こえてしまうんじゃないかというくらい、心臓の音がうるさい。だけど私の気持ちも、1つだけだった。


「私も、空のことがずっと好き」

「さく、らも…?」

「うん。私のこと信じてくれてる空も、どんなに辛いことがあっても一生懸命生きてる空も…ううん、どんな空でも好き。だから、私と、付き合ってください」


 最後の方は少しだけ声が震えたけど、ちゃんと、伝えれた。空は目を大きく見開いてから、安心したように笑って、地面に座り込んでしまった。


「はぁ~…よかったぁ~…断られたらどうしようかと……」

「そんなわけないじゃん…。ずっと好きだったんだから」

「はは、それは俺もだけどね」


 そう笑って言う空につられて、私も笑った。さらさらと揺れてる桜が、私たちを祝福してくれてるようだった。


「じゃ、初デート行こっか!」

「え、いきなり?!」

「いいじゃん、記念になるだろ?」


 私の返事も聞かず、ニコニコで歩き出す空の背中を、その場から動かず少し見ていた。もちろん、異論はないけど。


 だけど、1年前くらいの私だったら、この背中をただ見ているだけで、「隣に立つ資格なんてない」と思ってた。オーバードーズなんかしてしまってる自分が空の横に立ったら、空が傷ついてしまいそうだったから。薬で心を満たしている私なんかが、好きになっていいわけがないと思ってたから。


 でも、今は違う。空の横に立ってたい。好きでいたい。大好きだって胸を張って言いたい。今までたくさん嫌なことがあったけど、全部、私の先を行くあの人のおかげでここまで来れたんだから。生きてこれたんだからーーー。


「空だったんだね。私の心を、本当の意味で満たしてくれるのは」


 大好きなあの人に聞こえないように、そっとつぶやく。それにこたえるように、桜の花びらが舞い散る。


「何か言ったー?」


 空が振り返って聞くけど、「ううん、なんでもない!」と答えて、スマホを取り出す。ずっと使ってきた病み垢。設定を開いて、「アカウント削除」のボタンを押す。こんなものはもう、いらない。


 雲一つない青空のもと、桜の花びらで染まった道を君と2人で歩き出した。


<君の心を満たすもの Fin>


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