無能の真髄、成れの果て
数多もの足跡がついた絨毯。
血生臭い匂いが残る鎧の陳列。
ボロボロの肖像画。
ヒビ割れた窓ガラス。
(随分と荒れているようで…。)
思ったよりも悲惨なその光景に、眉をひそめ、けれども歩みは止めず、ピリついた雰囲気のメイドについていく。
「…あの。国王を暗殺しようと思ってるなら、辞めた方が身の為ですよ。」
不意に声を掛けられ、どうやらこの子は私が刺客だと思っていることを知った。けれども、勿論そんなはずがないのでにっこり笑って否定をする。
「あら、私は殺すためにここに来たわけじゃないわよ?」
「失礼しました。余計なことを言ってしまいました。」
「大丈夫よ。黒いローブを被ってる怪しげな訪問者が突然来たら、いくら王印を持っていようとも、そっち側の人間だと思っちゃうのも仕方ないもの。」
実際、ここに来るまでにも、何度か止められて身元を確認された。それだけ警戒心を向けられるような姿をしているということかもしれないけど、それだけ刺客も多いのだろう。
(…どうせ、自らが成したことが発端となっているのでしょうけれど。)
過去の婚約者に対してそう皮肉げにそう思いつつ、私はぼんやりと、もう過ぎ去ったあの日のことを思い返した。
◆◆◆◆◆◆◆
「お嬢様!殿下が、お嬢様のエスコートを断ったって…!!」
そう言って部屋に入って来たのは、顔見知りの使用人の一人である、侍女のミーアだった。
「えぇ、知ってるわ。」
「何でそんなに落ち着いていられるんですか?!」
「薄々気づいてたから…。」
「あいつほんとにクソヤロウですよ!!お嬢様と婚約してるっていうのに女遊びにうつつを抜かして、なのにエスコートまでしなくなるなんて!」
「ミーア。どこで誰が聞いてるか分からないのだから、一旦落ち着きましょう?」
とりあえず、エスコートを断られた張本人である私より憤慨している様子のミーアをなだめる。けれども、落ち着いてくれる気配はなく。
「落ち着いてなんていられませんよ!だってあの人、本当に王太子なのかよって思うぐらい遊び呆けてたし、仕事してるところだって想像も出来ません!!」
「それでも、この国の王太子であることには変わりないでしょ?」
「そうですが、私、あの人が王様になったらもうこの国はダメだと思います!無能だし、女好きだし、脳内お花畑だし!!あの人が即位するのに賛成してる公爵様の気が知れません…!」
「きっと、お父様にもお父様なりの考えがあるのよ。それに私は、殿下の婚約者だもの。」
「でも、王太子殿下よりも王弟殿下の方が優秀じゃないですか!私、お嬢様に酷い音をして来たあんな奴に、王になって欲しくないです!」
そして、結局はお迎えが来たので話は中断され。
最後まで憤慨していたミーアに見送られ、私は舞踏会会場へ向かった。
◆◆◆◆◆◆◆
「ユリシエラ・サリエルシス公爵令嬢!俺はお前に婚約破棄及び国外追放を命じる!!」
あまりにも突然のその知らせに、会場がざわめき、私に視線が集まるのが分かる。…そんなに見なくとも、今この場で一番動揺しているのは、私だというのに。
(薄々予想はしていても、突き付けられると案外驚いてしまうのね。)
他人事のようにそう思いつつ、表面上は平静を装い、淡々と問いかける。
「スノーエイル王太子殿下。その件について、国王陛下と話し合いはなさったのでしょうか。貴族の国外追放ともなれば、殿下一人で決めることは出来ないと思います。」
「父上が拒否するわけがないだろう!それに俺は既に、フレアと子を設けたのだ!」
「…スティーディ子爵令嬢。それは、本当のことなのですか?」
「はい…。でも、私が悪いんです!私が、殿下を愛してしまったばっかりに…っ。」
「気に病むな、フレア。大丈夫だ、いずれはこうなる運命だったのだ。何せ私達は真実の愛で繋がれているのだから!!」
「エイル様…!」
そして、不貞と子供と婚約破棄と国外追放という情報量に硬直していた私に、殿下は言ったのだ。
「なお、国外追放は明日とする!!」
◆◆◆◆◆◆◆
「こちらが、謁見室になります。ですが、中ではご歓談が既に行われておりますので、隣の部屋で少々お待ちください。部屋に置いている菓子は、王宮の料理人が用意したものになりますので、召し上がってくださって構いません。」
「分かったわ。案内ありがとう。」
会釈をして、謁見室の隣の部屋にて、用意されていた菓子を喰む。
(ちょっとピリッとするわね…)
幼い頃から王太子妃教育の一環として、毒に慣れる訓練はしてきたので、毒が入っていようが、死ぬことは無い。
だからこそ、その事を知っている相手方は無駄だと分かっているので毒は入れないと思うが、それでも毒が入っているということは、私の体質を知らない誰かが毒を入れたのだろう。
(大好物だから残さず頂くけれど。)
そして、毒が入っていたとしてもやっぱり美味しいレモンタルトに舌鼓を打っていると、隣の謁見室から怒声が聞こえた。
「いい加減黙れといっている!!」
(随分ご立腹のようで…。)
まぁ、今の時期は色々と忙しいのだろう。
———何せ、この国では、内戦が起きたばかりなのだから。
◆◆◆◆◆◆◆
『現国王の血を直々に引いた唯一の王子は、女好きの体たらく。』
『いつもふらふらほっつき歩いてばかりで、隙あれば女を口説き、第一王子で王太子でもあるというのに、一体何を考えているのだろう。』
『このままでは、国のために勤勉に働く王弟殿下の方が、国王に相応しいとしか言いようがない。』
『それにこの前は、公爵令嬢である婚約者に公衆の面前で子爵令嬢と結ばれるために一方的に破棄を突き付け、しかもその子爵令嬢とは子を成す関係に既になっているらしい。』
『嗚呼、我が国の王太子殿下は、無能でしかない!!』
———こんな噂が駆け巡る国内で、王太子殿下がこのまま即位することに反対する派閥が現れるのは、当然のことだったと思う。
でも、いくら反対する派閥が現れたとしても、途中までは派閥間での言論での争いに留まっていて、武力による争いには発展しなかった。…けれども、国王が後継ぎを‟第一王子である王太子に”と言い残して急死したことにより、その争いは激化し、ついには、戦が起きた。
『無能な王太子は、我が国の国王に相応しくない!私が国王となり、この国の民の為に尽力しよう!!』
けれども、何よりの引き金は、あくまでも正当な後継者ではないため、保守的だった王弟が、国王になる意思を示したことだった。
‟有能な王弟殿下”と、‟無能な王太子”。
王太子は、『俺こそが、前国王である父上に認められた正当な王だ』と王座を諦める様子もなく、王弟殿下もまた、『無能は国王には相応しくない』と玉座を狙う姿勢をとっている。
…なので、言論上では高位貴族や国王の指名という強力な後ろ盾のある王太子殿下に勝てないと見込んだ王弟殿下が戦を仕掛けるのも、仕方なかったといえば、仕方のないことだったとも言えるのかもしれない。
それから、戦いの勝者はあっさり決まると思いきや、王太子も無能といえど、その背後には高位貴族がついていたため、戦力は保持していた。そのため、勝つも負けるも五分五分の状態が続いていたが、ある時大逆転が起き、ついに勝者が現れた。
当然その勝者は王となり、今現在の政治も取り仕切っている。
そして、私が会おうとしている人物こそが、戦いで勝利をおさめたその国王。
あちら側に味方していた者にはとことん罰を与え、平然とした顔で血の雨を浴びるその姿は、まさに残虐王だともいわれ、また、民の為に尽くす姿はまさに賢王だともいわれる、その国王こそが、内戦の勝利者である人なのだ。
(さて、そろそろかしら。)
先程隣の部屋から、ドアの軋んだ開閉音が聴こえて来たので、ワンホールのレモンタルトがのっていたお皿とジャムクッキーがのっていたお皿、苺のケーキがのっていたお皿をそれぞれまとめる。
(全部毒入ってたけど全部美味しかった…。)
図々しくも全て平らげてしまうぐらいには美味しかったので、後でメイド伝手にお礼を言っておこうと決め、これまた用意されていた、やさしい味の大好きなアップルティーを飲んで少し待っていると、扉の向こうから声が掛かった。
「入室してもよろしいでしょうか。」
「えぇ。」
そう言って許可を出すと、案内してくれたメイドが部屋に入って来た。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。只今準備が整いましたので、どうぞ謁見室までお越しくださいませ。」
「分かったわ。」
頷いて、ソファを立ち上がると、先程のメイドが手早く片付けを始めたので、料理人への言伝を残しておこうと口を開く。
「ねぇ、これ作ったのって、王宮付きの料理人の方よね?」
「いえ。そのはずだったのですが、事情により、後宮付きの料理人が作ったようです。こちらの不手際で誤った情報をお伝えしてしまい、申し訳ございません。」
「大丈夫よ。それじゃあ、作ってくれた方にお礼を言っておいてくれる?とても美味しかったから。」
「かしこまりました。」
もうこの国の貴族では無いので、詮索をするつもりはないけれど、後宮からの菓子なら、女絡みの可能性もあるかもしれない。
(でもあのレモンタルト、サクサクザクザクでレモンクリームの甘さも絶妙で美味しかった…。)
今更緊張も何もないので、そんなことを呑気に考えながら、謁見室の前に立つと、衛兵が入室の許可を求めたのに応じ、中からぶっきらぼうに「入れ」という声が聞こえた。
「……。」
そして扉が開かれ、久しぶりに見た謁見室の中にいたのは、当然、この国の国王。
「久しぶりだな。」
ただし、その国王は物語でよくある玉座に堂々と座っている姿ではなく、血糊がはびこりついた剣と布を持った状態で姿でそこにいた。
(……でも、こんなでもこの国の国王…。)
前までなら国王として相応しい姿ではないと小言を言っていたかもしれないが、私はもう彼の婚約者ではないのだから、言うわけがない。
「偉大なるスノーエイル・ヴィラ・グレンハイム国王陛下。お初にお目に掛かります。シエラ・ユリーズと申します。」
そう言って私は、グレンハイム王国の国王陛下である彼に挨拶をした。
◆◆◆◆◆◆◆
後継者を巡る、王弟殿下と王太子殿下の争い。
どちらが敗退すると思うかと問われれば、誰もかれもが『無能な王太子殿下が負ける』と答えただろう。
それは、実際に王弟殿下が優勢で、王太子を裏切る者たちが多発したというのもあるだろうし、前国王陛下を快く思っていなかった人々が多かったというのもあるだろう。
―――けれども、結局のところ、勝者は王太子側だった。
途中まで劣勢だったのが嘘のように、最終的には圧勝して、王太子は勝利をおさめた。
そして、国王の座についてすぐに、王弟とその他の者を見せしめに処刑し、その者たちの一族もまた、力を奪われ、処罰を与えられ、国王となった元王太子は、徹底的に不穏の芽を摘んだ。
‟無能”とされた王太子は、バターでも切るように容易に四肢を切り落とし、果実を掬うように眼球をえぐり、肉料理でも食すように舌を刻み、耳をそぎ、爪をはぎ、腹を裂き、人間の所業ではないと言われるようなことを、罪人とされた一部の内戦関係者に行った。
‟無能”とされた王太子は、血雨を浴び、誰も何も言えない状況で、玉座についた。
‟無能”とされた王太子は、ぬらぬらと赤く怪しく光る手で冠を掴み、自らの頭に被せ、王となった。
‟無能”とされた王太子は、自らが王になるうえでの不穏要素を何とも効率的にあぶり出し、それらを全て排除した。
‟無能”とされた王太子は、虚偽の申告をし、また裏で違法行為などを行っていた子爵令嬢を、後宮という名の女の欲望が渦巻く檻に閉じ込め、心身的に痛めつけた。
‟無能”とされた王太子は、その二つ名をかなぐり捨てた。
‟無能”とされた王太子は、過去に捨てた、元婚約者を呼び寄せた。
‟無能”とされた王太子は、精神疾患を患った正妃を捨て、後に正妃となる、とある女性だけを、生涯愛し続けた。
‟無能”とされた王太子が王であった時代は、争いが起きることもなく、聡明な王妃と、策士な王に支えられ、国は全盛期を迎えた。
…そして何より、‟無能”とされた王太子は、後にも語り継がれるような、立派な国王となった。
《書ききれなかったこと↓↓》
★アップルティー、レモンタルト等を用意しろと命じたのは国王陛下、毒入れろと命じたのは元子爵令嬢の(元)正妃
★本当は無能じゃないことを小っちゃい頃から一緒にいるユリシエラは知っていたけど黙っているよう言われたので黙認していた
★ちなみに子爵令嬢とは一度だけ体を重ねたことがある(いくら利用するためとはいえ、未婚の女性に手を出すのは駄目だと、ユリシエラはこれに関しては色々小言を言った)
★ちなみに正妃になるときは、国外追放を取り消されてユリシエラ・サリエルシスとして嫁いだ(国王陛下色々やっちゃってるので、国外追放取り消すことやユリシエラ迎えることに誰も何も言わなかったし、言おうとも思わなかった)
ざまぁのタグ付けましたが、人それぞれだと思うので、タグ詐欺だと思った方はすみません…。