対決、北急電鉄本社
「ええっ」
八菱電機法人ソリューション事業部法人2課課長・笹木は声を上げた。
「私を疑うんですか!」
「笹木さん、あなたを疑うのは嫌だったけど、それ以外に考えられない」
カオルがいう。周りには鉄研のみんなと蒲原弁護士が並ぶ。北急電鉄の会議室で笹木課長と対峙していた。北急ソリューション事業本部長が同席している。
「とてつもなく失礼ですよ! 冗談じゃない。なんで私がそんなことをする理由があるんです! しかもこんなところに呼び出してこんな言いがかりを。こんなのおかしいですよ!」
「カオルくん、本当にそういうことなの?」
本部長はカオルを強く疑っている感じだ。確かにカオルのことを北急の全てが支持しているわけではないらしく、工場や事業所でバイトのはずなのに社員や管理職、ときには重役にすら平気で意見具申してしまう奔放すぎるその姿に反感を持つ者も時折いるらしい。
「私は私、会社は会社ですよ。私がその量子コンピュータの研究チームにここのHQの入退室ログの改ざんさせた、なんて、物知らずの書いた痩せ細った小説みたいな話、あるわけないですよ。非常識極まりない。そんな話をされるのはとても不愉快です。もう帰っていいですよね! 冗談じゃない」
本部長がカオルに向けた視線は『本当にものすげえメーワクなんだけど、これどうすんの?』という視線だ。確かにここまで取引業者を激怒させて、後の仕事が楽に行くわけがない。それを回避するにはカオルを北急から切り離すしかない。本部長はすでに半分以上その気だろう。
いくら有能とは言えバイト1人とプライム上場の大手私鉄がこんなことで心中するわけにはいかないのだ。
「帰ります!」
笹木はそう宣言した。
「ダメです」
御波が強く言う。
「なんですか! じゃあこの北急本社に監禁されてるって警察ここに呼びますよ!」
本部長の顔がバリッと引きつる音が聞こえる気がした。
「ええ、呼んでいいですよ」
「カオルくん、何を言ってるんだ!」
本部長は声にした。
「その方が早い」
「なんだと!」
本部長はそのカオルの言葉についに怒った。
「カオルくん、これまで君のひどい所掌無視を見逃してきたけど、これはもうかばえないよ。君はやはり北急の敵だ。だから警察に逮捕されて起訴されたんだろ!」
「そうです。非常識にも程がある!」
「すみません、笹木さん。カオルくん、謝罪しなさい!」
本部長が謝る。
「本部長、あなたには悪いが社に戻ったらこのことを社に報告しますよ。取引相手にこんなひどい侮辱を受けたことは大きな問題ですからね」
笹木課長は鼻を鳴らしている。
「謝って済むと思うなよ」
笹木はどすの利いた声になった。
「前々からムカついてたんだ。歳も行かないのに口ばかり達者で、やたらずうずうしいし。それに第一、キモいんだよ。女なんだか男なんだかはっきりしろよ!」
鉄研のみんなは目を見開いている。ひどすぎる。
「だから捕まるんだよ。因果応報だ。目障りなんだ。消えろ!」
そういう彼の姿はむき出しの敵意で、スーツを着た獣そのものだった。
「笹木さん、覚えてます?」
カオルはかまわず聞く。
「知らん!」
笹木は激昂している。
「いえ。ボクは覚えてます」