「デラックスあけぼの」食堂車
三人は、新潟から在来線で長岡へ急ぎ、そこで発車を待つ寝台特急「デラックスあけぼの」に乗り込んだ。
この「デラックスあけぼの」は、かつての寝台特急「あけぼの」のルートと名前を受け継ぎ、北急電鉄が保有する豪華寝台客車が連結された、夜行列車だった。豪華個室寝台に加え、車内にはレストラン、バーがある。
「この列車に、敵の追手が乗っている可能性は?」
頭取が総裁に尋ねる。
「ワタクシたちが急遽乗車したゆえ、追手が間に合うはずがない。しかし、東郷は長岡での乗車を予測して、秋田での妨害を準備しているはず」
列車が動き出し、頭取は営業の終わった食堂車の席を借りてカオルとリモートで接続し、現在の状況と次の策を練り始めた。
カオル「東郷は、秋田新幹線『こまち』のダイヤも知っているはず。頭取が『こまち』に乗っても総会に間に合わないことを知っているから、あえて妨害せず、私たちが総会を諦めて帰ってくるのを待つ魂胆かもしれない」
「くっ、卑劣な罠であります!」
「しかし、『こまち』が通常通り走っても間に合わない、ということは……」
御波が静かに呟いた。
「総裁。この列車で、秋田から東京へ、航空機以外で通常ではありえない速度で移動する方法を考えて」
頭取が総裁に命じた。
「通常ではありえない速度……ワタクシたちに使える移動手段は、もう列車しか残されておりません。その列車も……」
総裁は頭を抱える。
その時、詩音が目を輝かせた。
「そうですわ、総裁!」
詩音がハッとしたように声を上げた。
「E6系! 『こまち』に使われているE6系新幹線、実は北急電鉄が独自に保有する編成があるはずですわ!」
総裁が目を見開く。
「北急のE6系…まさか、『ハイパーこまち』!」
「そうです! JR東日本との共同運行ながら、北急が技術協力として提供している特別Z25編成。JR東日本さんとしては試験列車を1編成仕立てるのは難しかったところを営業運転も可能な編成を北急と組んで整備したもので、その先頭車にはカナードが装備されてる!」
「なんと! 東郷が狙ったEHR-400Xの技術とは、あの『ハイパーこまち』の高速化技術そのものであったのか! あの意味不明の先頭車の超ロングノーズのカナードにそんな秘密が!」
総裁の顔に、驚きと興奮が入り混じる。
「ハイパーこまち、運転最高速度は330キロとされてるけど、その真の速度性能は封印されてるという噂が」
「封印……!」
「そして、そのハイパーこまちに、ワタクシが今から乗るのでありますか!」
「ええ。その特別編成、たまたま今日の『こまち』に組み込まれている。カオルくん、その編成を特定できる?」
カオル「できるよ! 北急のロゴとゴールドのラインが入った特別編成。今、秋田新幹線の車庫から出庫した!」
「よし! 総裁、カオルさん、JR東日本へこの超高速運転を承認させる。そのためには、EHR-400Xのデータと、東郷の陰謀の証拠を突きつけるしかない!」
頭取はすぐさまJR東日本の社長へ電話をかける。
北浜共立銀行頭取の強い説得と、北急の未来の技術を守るという大義名分の前で、JR東日本は異例の奇跡的な英断を下した。
JRにとっても、鉄道の未来を閉ざし共に築いてきた鉄道技術を海外にただ売り飛ばすのは看過できなかったのだ。
「総裁。JR東日本が、あなたにE6系『ハイパーこまち』での時速400km超の特別運転を許可したわ! ただし、安全は自己責任。線路とATC(自動列車制御装置)の限界を超えた挑戦となる」
「なんと、本当に400km運転が可能だったとは」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「なにかあったら私が責任を負うわ。ここにきて今更ビビってやめるなんてあり得ない」
「そうですな! ワタクシ、この国の技術の未来を証明して見せます!」




