格闘!新潟駅
列車が新潟駅に到着した。高架の白いアーチ屋根の下、ここまで走ってきたハイブリッドディーゼル寝台列車のアイドル音の響くなか、三人がホームに降り立つ。
そこにはなにか異様な緊張感が漂っていた。
「新潟は今日もやはり曇りでありますのう。東郷の手の者は、東京から来た私たちがこの列車に乗っていると推測しているかもしれぬ」
頭取が静かに警戒を強めた。駅ホーム、案外物陰が多い。
「ワタクシ、どうも先程から不審な視線を感じておるのであります。油断めされるな、頭取!」
総裁が体の弱い詩音を庇うようにして頭取の前に立ったその瞬間、ホームの柱の陰から、黒い服を着た三人の男が飛び出してきた。
彼らは一斉に頭取を目掛けて突進してくる。その手元に刃物の冷たく白いきらめきがちらりと見えた。
「ここで襲撃してくるとは!」
総裁が咄嗟に、持っていた盾にもできるゲブラー繊維とセラミックプレートが入った護衛用バッグを振り上げようとした。詩音も同じく続く。
しかしこれで三人の刃物に対処できるか!
総裁が数的劣位の覚悟に口を引き結んだ刹那、横から嵐のような猛烈な勢いで一人の制服の女性がカットインしてきた。
「お久しぶり!」
その女性は、JR新発田駅の「戦う駅員」として鉄研のメンバーにはよく知られている井上鳴海だった。
彼女は、周遊列車「雪水米宋」の運行で北急と協力関係にあるJR東日本の社員であり、北急の危機を知って陰ながら協力していたのだ。
「お客様、駅での刃物は御遠慮くださいませ!」
鳴海は、軽やかにぱんぱんぱんとリズミカルにホームを蹴って飛ぶと、逆落としになり先頭の男の懐に素早く潜り込み、その腹に強烈な肘打ちを一閃させた。
男は痛撃で口から血を吐き、刃物を持ったままホームに崩れ落ちた。
「一人!」
鳴海はさらに続いて二番目の男に対しては、持っていたカバンを振り子のように使い、その顔面を正確に捉える。男は鼻を潰されて手の刃物を落とし、目を回して倒れた。
「二人!」
鳴海の鮮やかな動きは際立っていて、まるで彼女だけ重力から切り離されたような不思議な軽快さを見せる。
最後の一人が刃物を放り出して何かを構えた。拳銃?!
鳴海はそれに怖気づくどころか、一瞬にやりと狂気を含んだ笑みを浮かべると、ノールックでペットボトルを投げた。男はそれに戸惑って注意がそれる。男のその僅かな意識の乱れがおさまったとき、男の鼻先に鳴海の革靴の底があった。
それは気づく余裕も与えず、そのまま少しの容赦もなく男の顔面にめり込み砕いた。その強烈な衝撃で男は縦に一回転して後頭部からホームに倒れる。
その手にしていた刃物が落ちてホームを滑っていく。周りの客が悲鳴を上げるがそれを総裁が押さえる。
「三人!」
鳴海はそういうと、倒れた三人を見据える。三人とも鳴海の猛烈な攻撃の結果でまったく動けない。
完全なオーバーキルであった。
「無敵っ!」
鳴海は軽く勝利のポーズを決める。
「新潟駅の平和は私が守る。これが噂の東郷弁護士の鉄砲玉、だったのかな」
鳴海はそう言って、格闘で乱れた髪をすこし整えた。
他の駅員たちが何事かと遠巻きに見るお客の雑踏を整理している。
鐵警隊はまだ来ない。
「鳴海さん! 助太刀、感謝いたします! まさかここでご助力いただけるとは」
総裁は深々と頭を下げる。
「いいのよ。北急が潰れたら、うちの寝台ジョイフルトレイン『雪水米宋』も詰んじゃうから。それはまっぴら。それに、総裁と頭取が新潟に来るって聞いたらとても黙っちゃいられないわ。YouTube配信も見たし」
鳴海は、頭取にウィンクした。
「鳴海さん、ありがとうございます。早速ですが、私はこれからある場所へ向かいます」
頭取は言葉を切った。
「このTOBを打ち破るための、最後の切り札のために」
頭取は、そう言って、鳴海に後を託し、総裁と詩音と共に先を急ぐ。
新装なった新潟駅構内を足早に歩き、東口改札を出て万代広場のタクシー乗り場に向かう。
「ちょっと近くて済まないですが柾谷小路までお願いします」
頭取が乗ったタクシーの運転手さんにそうお願いする。




