捜査本部、札幌
「竹警部!」
札幌駅に到着した総裁たちを、カオルと、警視庁からの応援で来ている竹警部が迎えた。カオルは、長旅の疲れを気遣い、総裁たちに温かいコーヒーを手渡す。
「ご苦労様でした、山本頭取。さっそくですが、北海道警の捜査本部にご案内します」
竹警部は、小柄ながらキャリアスタイルのスーツをピシッと着こなし、その目は鋭く光っていた。彼女に案内され、一行は北海道警本部の会議室へと向かう。
会議室は、臨時で設置された札幌のデータセンター殺人事件の捜査本部となっていた。ホワイトボードには、事件のトリック、石黒康二のプロファイル、そして東郷徹郎との関係図が複雑に書き込まれている。
「東郷弁護士の悪意、そして事件の残酷なトリックは、カオルさんの解析で明らかになりました。しかし、問題は石黒を殺害した「真犯人」です」
竹警部は、手元の資料をテーブルに広げた。
「プロファイリングの結果、犯人は以下の特徴を持つ人物である可能性が高いと考えています」
■■■犯人のプロファイル(竹警部による)
■高度なITスキルとデータセンターの知識
石黒のトリックを実行するため、冷却システムと自動搬送ロボットの制御を不正に行えるだけの専門知識を持つ。
■組織内での地位または広範なアクセス権限
善さんのアカウントをアクティブ化し、制御ログを改ざんできる権限を持つか、それに近い立場にある。
■東郷徹郎との接点
石黒を介さず、東郷の指示を直接受け、実行に移せる信頼関係にある。
■感情の欠如または強い目的意識
邪魔者を冷酷に排除する、冷静で残忍な実行力を持つ。
「容疑者として、石黒の雇い主であった八菱電機の関係者、あるいは北急のシステムに深く関わったコンサルタントなどが浮上しています。特に、カオルさんが以前言及していた技術顧問、山城という人物は、北急のシステムの全体像を知る立場にあり、データ要約AI『SYNOPT』の開発者でもある。彼の動向は警戒すべきです」
「しかし、山城さんが犯人だとしたら、なぜ彼が東郷弁郎士と組む理由があるのですか?」
御波が疑問を呈する。
「そこが意見の分かれるところです。捜査員の中には、北急の社内、あるいは関連会社内部の人間による犯行だと推測する声も根強くあります。内部情報に精通し、北急の経営方針に不満を持つ者が、東郷に利用された可能性も否定できません」
会議室の空気は重い。次々と可能性が示されるものの、決定的な証拠がないため、捜査の方向性が定まらない。
「うむ。カオルくんの情報も、この捜査本部で共有されているのであろう」
総裁が尋ねる。
「はい。北急電鉄が持つ透明性の高いオープンなシステム運用は、本来は賞賛されるべきものです。社員もバイトも、誰もが情報にアクセスし、システムを改善できるという姿勢は、北急の進取の精神を体現しています」竹警部が真剣な表情で言った。
「だが、その透明性が、逆に東郷の手の者に侵入と情報略取の隙を与えてしまったという側面も否定できません。システムがオープンであればあるほど、悪意を持った者にとっては格好の標的になります」
その言葉に、カオルの表情が歪んだ。
彼女が築き上げた、誰もが利用しやすい真に開かれたシステムが、皮肉にも悪に利用されたのだ。
「そんな……!」
カオルは声を震わせた。
「ぼくが、ぼくのシステムが、石黒さんを、そして笹木さんまでを苦しめる結果になったなんて……」
カオルは唇を噛み締め、悔しさに顔を歪ませた。そして、堰を切ったように叫んだ。
「それでも、正直者がただ馬鹿を見る世の中なんて、もう終わりにしないといけないです!
ゼロトラストであってもその本質はオープンであるべきなんだ!
ぼくが信じ、善さんの魂を受け継いだ北急のシステムは、絶対間違ってなんかいない!
間違っててたまるもんか!」
その純粋な叫びに、捜査本部の空気が一変した。頭取は、静かにカオルを見つめ、その決意に深く頷いた。
「カオルさんの言う通りよ」
頭取が静かに口を開いた。
「この戦いの本質は、金融でもITでもない。信じることの価値を守る戦いよ。そして、東郷の真の狙い、彼が次に何を仕掛けてくるのか、そのすべてを白日の下に晒すには、私たちだけでは手が足りない。全貌を把握するには、時間もない」
総裁と御波は、頭取の言葉に静かに注目する。
「総裁。あなたたち鉄研の『水雷戦隊』全員の力が必要よ。そして、この悪しき者を完全に追い詰めるには、もう一度、東京へ戻る必要がある」
「東京で、でありますか?」
「ええ。東郷は、私たちが遠隔地からリモートで抵抗していることを知っている。だからこそ、彼は物理的な場所、現実の空間で、最後の勝負を仕掛けてくるはずよ」
頭取は、強い意志を込めた目で総裁を見つめた。
「総裁。カオルさんと、東京にいる詩音さん、ツバメさん、華子さんの全員の力を結集し、東郷の最後の罠を打ち破る作戦を、今から立てましょう。それは、北急電鉄の運命を、そしてあなたたちの2000万円を取り戻すための、今度こそ最後の戦いになるわ」
総裁は、その言葉に高揚感を覚えた。
「さふであります。ワタクシの鉄研水雷戦隊、その総力をあげて、この悪しき者の企みを阻止するのであります!」
総裁、御波、頭取、そしてカオルの四人は、東京への帰路につくことを決意した。最後の決戦の地は、日本の中心、東京である。
「しかしほんとこれ、サイコロ旅状態ね……」




