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「あまつかぜ」

「心臓…まさか、この古びた土蔵の中に、日本の未来の高速鉄道の技術が隠されていたとは」


 頭取は驚きを隠せない。


「善さんが言いたかった『心臓』は、このスーパーコンピュータのことでありますな。この演算能力が、EHR-400Xを実現するための鍵なのであろう」


 総裁は興奮気味に言う。


 研究の中心であった人物が親の介護の関係で宮崎に戻ることになり、それでも研究を継続するためにここの土蔵にスパコンを設置、電源を確保して数理演算による研究を続けていた…それが真相だった。善さんもここに何度か訪れていたらしい。


「あのシステム、通常の演算ではありえないほどの電力を使っているように見えました。あのリニア実験線の電力設備を、非公式に流用している可能性が高いわ。国交省が中止勧告を出したのは、この極秘プロジェクトを公にしたくない北急の意図か、あるいは東郷による情報操作のどちらかでしょう」


 御波は分析する。


 この重要な情報を手に、三人はすぐに東京へ戻る必要があった。時間は、明日招集される北浜共立銀行の役員会までに、この新情報を元にした対抗策を練り上げるための唯一の資源だった。


「大阪へ戻り、そこから東京へ……いえ、この情報を役員会で使うには、私たちが大阪にいる必要はないわ。リモートで参加すればいい。そのまま東京に行って国交省に申し入れをする。それにはこの旅の疲れを癒やし、決戦に備えるための時間が必要よ」


 頭取はそう言うと、スマートフォンを取り出し、即座に次の列車を手配した。


「『あまつかぜ』……樋田会長肝いりの北急の長距離周遊列車の最高傑作でありますか!」


 総裁の顔が輝く。頭取が手配したのは、鹿児島中央発東京行き、北急電鉄のフラッグシップ周遊列車「あまつかぜ」の切符だった。


 宮崎から新幹線で鹿児島中央へ向かった三人は、駅のホームで待ち構えていた茶と金の重厚な車体の「あまつかぜ」に乗り込んだ。

 北急のフラッグシップ周遊列車として有名だが、今回は企画列車として東京へ向かうのだ。


 三人が乗り込んだのは「あまつかぜ」シングルデラックス。またこの列車には、豪華な内装だけでなく、車内には大きなプールや露天風呂、図書室やグランドピアノを持つラウンジまで設置されているのだ。


「一部に有名とはいえ、まさに趣味の世界丸出しでありますのう」

「総裁……人のことはぜんぜん言えないよね」

 御波が呆れる。


 東京への長い旅路の中、三人はまず、車内中央にあるガラス張りの温水プールで旅の疲れを流すことにした。水着に着替えた三人がプールサイドに立つ。総裁はクロールで泳ぎ始める。


「頭取、プールで泳ぐのは久々であります!」


「私もよ。でも、こういう非日常の空間でリフレッシュすることは、決戦前の戦略には不可欠ね」


 頭取は優雅に平泳ぎを始める。御波はプールサイドで足を水につけ、スマホで資料の整理をしていた。


 プールから上がると、三人は車内露天風呂へと向かった。石灯籠が飾られプライバシーをスクリーンで守りつつ外の景色を楽しめるように設計された露天風呂は、まるで高級旅館のようだった。


「ああ……まさに極楽であります。露天風呂からの流れる夜景がまた格別」


 総裁が目を閉じ、湯船に浸かりながら呟く。


「この露天風呂とプールは、この車両の『動くリゾートシティ』というコンセプトを象徴しているわね。これだけの設備があれば、移動時間も無駄にせず、最高の状態で仕事に臨める。観光列車としていわれるけど、こういうワーケーション的な使い方もできるわね。さっき見たけどロビーカーにコピー複合機もあった」

 頭取は、湯船の中で目を閉じ、静かに瞑想している。その顔には、長旅の疲れが消え、新たな活力が満ちているようだった。

「瞑想でありますか?」

「そう。昔の同級生に教えてもらった呼吸法。これやると落ち着くのよ。どんなときでも」

「どんなときでありますか」

「いまから10年前かな。地上げで30社の融資先が一気に倒産の危機に陥って。有志継続を訴えたけど行内の反対派に吊るし上げられるし、夜には「娘さん小学3年生だってなあ」って電話かかってきて」

「ひいいい!!」

「警察は事件の起きたあとしか当てにならないけど起きちゃったらもう無事ではないわけで。私が狙われる分には防げるけど家族はそうはいかない」

「そうでありますのう」

「そのとき助けてくれたのが樋田会長。あのころは社長だったけど」

「そんなことが」

「家族を北急傘下のホテルに疎開させて、一人で立ち向かったわ。その背後にいたのがあとで東郷だってわかった」

「本当ですか!」

「そう。向こうは私を随分意識していたみたい。もともと樋田さんがつつじHDの意図に反して北急の大改革をしたとき、私が強く支援したんだけど、逆に樋田さんにその時助けられたの。東郷は逆にその時から私たちを狙った。その時のすったもんだで雑誌・東亜経済に取材されて。それで北浜共立は全国に名前を知られることになった。関西の中堅銀行だったけど、そこからオンラインバンキングのお客がすごく増えた」

「そう聞きましたけど、そんな実情が」

「そう。金融やってると他にもいろんな話があるわ。そのあとに「あまつかぜ」ができた」

「なるほど」

「この列車、はじめは豪華路線だった。でも豪華路線だけでない運用を樋田さんが考えて車内の反発があったとき、私は「面白いじゃない」って応援したの。それでコミケ行企画列車運用も始まった」

「コミケに向かう企画列車のときは車内でコピー本を作ったサークルも多かったとのことを仄聞しております」

「そう。まさにマルチユースね。いろんなニーズを汲み取れる。北急観光列車のフラッグシップであり最先端ってことなんでしょう。面目躍如ね」


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