北急電鉄 記者会見
東京の一流ホテルの大宴会場が、北急電鉄のTOB(株式公開買付)に対する緊急記者会見の場となっていた。会場には多数の報道陣が詰めかけ、その関心の高さを示している。
壇上には、樋田英明会長と、経営陣の主要メンバーが並んでいた。緊張感が張り詰める中、樋田会長が静かに口を開いた。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私ども北急電鉄は、国際ファンドであるグローバルワークキャピタルによる敵対的TOBに対し、断固として反対し、徹底抗戦する方針をここに表明いたします」
樋田会長は、落ち着いた口調ながらも強い意志を滲ませる。
「彼らの提案する『効率化』や『世界標準化』という言葉は、聞こえは良いかもしれませんが、それは北急電鉄が地域社会に対して果たしてきた役割、そして何よりも、私たちが追い求めてきた『夢の鉄道』という魂を奪い去るものです。私たちは、鉄道をただの金儲けの道具にはいたしません。地域の発展と、日本を再びつなぎ直すという使命こそが、北急電鉄の存在意義であり、フィロソフィーであります」
樋田会長の力強い宣言に対し、記者団から矢継ぎ早に厳しい質問が浴びせられる。
「会長、国交省が北急電鉄の次世代超高速鉄道計画EHR-400Xに対し、技術的・財政的リスクから中止を強く勧告したという情報があります。この巨額な投資が無駄に終わる可能性について、株主に対し、どのように説明されますか?」
「また、札幌のデータセンターでの殺人事件、そして情報漏洩事件の真犯人は、未だに明らかになっていません。情報管理体制の杜撰さが露呈した北急電鉄の経営陣は、責任をとって退陣すべきではないでしょうか?」
「貴社が推進する長距離周遊列車事業は、投資に対しての採算性が低いとの批判が根強くあります。今回のTOBは、そうした非効率な事業への懐疑の表れではないでしょうか? 『夢』ばかりを追いかけ、会社を危険に晒しているという指摘について、どうお考えですか?」
樋田会長は、一つ一つの質問に冷静に、しかし情熱をもって丁寧に応じていく。
「まず、EHR-400X計画に関する国交省の勧告についてですが、計画が困難に直面しているのは事実です。しかし、私たちはこの計画から得られた知見、特に高度運転支援技術、完全自動運転技術や新素材開発に関する成果を、既に既存路線の安全性向上やコスト削減に活かし始めています。仮に計画が頓挫しても、その技術は北急の未来にとって計り替えのない資産となる。このリスクを乗り越えることこそ、民間鉄道の使命です」
続いて、情報漏洩と殺人事件に関する質問には、経営陣の一人が答える。
「情報漏洩事件については容疑者が逮捕され捜査が進んでおります。そして札幌のデータセンターの件も、警察に全面的に協力し、真相究明に全力を尽くしています。確かに管理体制に不備があったことは認めざるを得ません。しかし、この事件の裏には、北急の持つ特定の情報を狙った悪質な意図があると考えており、その『悪しき者』の正体も、まもなく明らかになるでしょう。私たちは、犯罪行為に屈することなく、企業としての信頼を取り戻すべく尽力いたします」
そして、周遊列車事業への批判に対して、樋田会長は立ち上がって熱弁をふるった。
「『あまつかぜ』に代表される長距離列車事業は、単なる趣味ではありません。かつて、日本は長距離列車、夜行列車という動脈で全国が強く結ばれていました。しかし、時代の流れと共にその動脈は分断され、地方は疲弊し、人々の心も分断されつつあります。北急電鉄の長距離列車の復活は、単なる鉄道事業の再興ではなく、点と点を結ぶだけの新幹線中心でしかない現在の貧相な公共交通システムによって失われた日本の動脈を再びつなぎ直し、地域と地域、人と人との交流を面的に再生させるという、社会的な使命を負っているのです。利益の追求はもちろん重要ですが、この使命こそが、長期的に北急の株価と企業価値を高める最大の源泉になると確信しています」
樋田会長は、質疑応答の最後に、会場全体を見渡して結びの言葉を述べた。
「グローバルワークキャピタルは、北急電鉄の過去と現在を否定するかもしれませんが、私たちは未来を否定させない。私たちは、この危機的状況にあっても、前に進み続けます。困難に立ち向かい、打ち勝つ強い意志こそが、北急電鉄の企業文化です。そして、その証として、私たちは間もなく、長距離列車事業において、これまで誰も実現できなかった、先駆的で画期的な新たなサービスを用意しています。これは、日本の鉄道の歴史を塗り替えるものとなるでしょう。皆様、どうか、新生・北急電鉄にご期待ください」
樋田会長はそう結んだ。これには記者たちも呆然としてしまった。この事態でもまだ未来を信じている!
「他にご質問はありませんか?」
樋田会長が聞いたが、だれもこれ以上聞くことがなくなっていたため無言だった。
記者会見は終了したが、会場には北急電鉄の反撃への期待と、東郷徹郎とグローバルワークキャピタルの次なる一手への警戒感が渦巻いていた。




