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決断の夜行列車

「また夜行列車でありますか!」


 総裁は疲労の色を隠せない顔で言った。でもまだ嬉しさは少しある。


「ええ。『サンライズ出雲NEX』。出雲市発成田空港行の夜行特急列車よ。北急電鉄とJR東日本、JR西日本の共同運行で、北急が持つ『あまつかぜ』の運行ノウハウを活かして、出雲大社と成田空港を結ぶという、これもまた樋田会長の趣味が暴走したとしか思えない大胆な列車ね」


 頭取は、そう言いながら大阪駅で特急券を買い求める。


「しかし、出雲市始発で東京を経由して成田まで行くとは、またずいぶんな長距離であります」


「ええ。この列車、成田空港からLCCに乗り継ぐ外国人観光客や、地方から東京を経由して海外へ向かう人をターゲットにしているらしいわ。途中の停車駅は少ないから、時間短縮にもなる」


「それで大阪駅停車が23時14分、東京駅到着が翌朝6時43分。ちょうど良い時間ですね」


 御波が運行時間をチェックする。


「ここから新幹線に乗っても間に合いますが、新幹線では目立つし、敵の妨害も受けやすい。夜行列車なら、夜の闇に紛れて、比較的安全に移動できるわ。それに、この列車には食堂車があるでしょう?」


 頭取は意味深な笑みを浮かべた。


「食堂車、またですか!」


「ええ、今回はおかゆとおにぎり中心の和朝食らしいわ。長旅の胃に優しいメニューね。決戦前に、しっかり活力をつけておかないと」


 総裁と御波は、頭取の徹底した「鉄道移動と兵站確保」のこだわりにもはや呆れるどころか感心していた。



 大阪駅に入線してきた「サンライズ出雲NEX」は、総裁たちが知るサンライズエクスプレスと同じカラーリングではあるが座席車2両と食堂車を増結した最新鋭の寝台電車だった。


 一行が乗り込んだのは、シングルデラックス。ゆったりとした個室寝台で、頭取は満足そうだ。


「これなら、明日の決戦に向けて十分休めるわ」


「東京に着いたら、すぐに樋田会長の記者会見に向かうのでありますね」


「ええ。その前に、カオルさんから送られてきた東郷の情報を再度確認しましょう」


 夜の帳の中を、列車は静かに東京へと向かう。



 夜が明け、列車が熱海を通過する頃、食堂車の営業が始まった。総裁、御波、頭取の三人は、それぞれ朝のシャワーを浴び、着替えて静かに食堂車へと向かう。


「サンライズ出雲NEX」の食堂車は、他の列車のような豪華なレストランではなく、カウンター席が中心のカジュアルな空間だった。


「やはりおかゆでありますか!」


 運ばれてきたのは、シンプルな鶏だしのおかゆと、紀州梅、鮭、昆布のおにぎり、そして具沢山の味噌汁と香の物。

 まさに長旅の朝に最適な、日本の朝食だ。


「昨日の晩餐とは大違いですが、これもまた良いものですわね」御波が満足げに言う。


「このシンプルさが、かえって心に染みるわ。東郷徹郎との決戦を前に、私たちは余分なものを削ぎ落として、本質を見極めなければならない」


 頭取は、おかゆを一口啜りながら、静かに語る。


「東郷は、北急の次世代技術のデータを使って株価を暴落させ、安値で買い叩くのが目的。しかし、彼がその情報をどこから入手したのか、まだわからない」


「善さんのアカウントを使った不正アクセスは確認されていますが、それはまだ序の口。東郷が持つ『本当の切り札』がどこにあるのか、ですわね」


「その通りよ。記者会見で、東郷は何らかの形でその情報を利用してくるはず。北急の未来を否定するような形でね」


 三人は、食事を終え、東京での決戦に備えるために個室に戻った。列車は東京駅に滑り込み、朝の喧騒の中、三人は静かに列車を降りた。周りの乗客は、そのまま成田空港行きのLCCに乗り継ぐために、颯爽とホームを歩いていく。


「私たちだけ、決戦の地、東京へ戻るのであります」


 総裁は、大きく深呼吸をして、大阪から札幌、そして再び東京へと続いた長距離の旅の終着点を見据えた。


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