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運命の文書

公文書


「これは一体……」頭取の表情がこわばる。


 専務はたたみかける。

「北急は、次世代鉄道開発に巨額の資金を投じています。しかし、国交省の勧告は、その計画が実現可能性に乏しく、北急の財務状況を著しく悪化させるリスクがあることを示唆しています。この計画が中止となれば、北急の株価は暴落し、我々KKBの融資も不良債権化する恐れがある。この状況で、北急を『金の卵を産む鶏』と称するのは、あまりにも楽観的すぎませんか」


 総裁は思わず声を上げそうになるが、御波に腕を引かれ、言葉を飲み込んだ。


「待ってください、専務。この国交省の文書はどこから入手したのですか? 正式な発表はまだのはず」

 頭取は冷静さを取り戻し、資料の信憑性を問いただす。


「情報筋からの極秘情報です。しかし、内容は正確であると断言できます。事実、この計画のデータこそが、先日北急から情報漏洩したとされる極秘情報の中核だったと聞いております。TOBを仕掛けたグローバルワークキャピタルも、この情報を掴んでいるからこそ、今回のTOBに踏み切ったのでしょう」


 専務は、TOB賛成派の役員たちと目配せをする。彼らは、頭取の理想論に現実の厳しさを突きつけ、KKBの利益を守るという大義名分のもとに、北急を見捨てる方針へと傾いていた。


「山本頭取、北急への融資回収を速やかに行い、TOBに応じるべきです。それが、KKBの株主と行員を守る、唯一の賢明な判断です」

 専務が最後に厳しい結論を突きつける。


 頭取は、一瞬、深く目を閉じた。東郷徹郎は、単なる買収だけでなく、国策の分野にまで手を伸ばし、北急を追い詰める周到な罠を仕掛けていたのだ。


「……専務の懸念は理解できます」

 頭取はゆっくりと口を開いた。


「しかし、北急の未来は、一つの計画の成否だけで決まるものではありません。私は、北急の持つ地域貢献への強い意志と、樋田会長の情熱、そして若手社員たちの技術力を信じている。この計画が頓挫したとしても、北急は必ず別の形で再生します」


 だが、この会議室で理想論は通用しない。頭取は、瞬時に最善手を打つ必要があった。


「専務、一つ提案があります。TOBへの正式な対応を決定する株主総会までにはまだ時間がある。その間に、私たちは北急の財務リスクを再評価し、対抗策を練る必要があります。そのためにも、まずは迅速な意思決定を可能にするための措置を講じたい」


「どのような措置です?」


「現在の定款では、役員会は原則として本店での対面開催が義務付けられています。しかし、今回の緊急事態、特に私自身が各地を移動して情報収集を行わなければならない状況を鑑み、役員会のリモート開催を可能とする定款の変更を、直ちに臨時役員会に諮りたいと思います」


 専務は眉をひそめた。リモート開催が可能になれば、頭取がどこにいても迅速な意思決定ができ、敵側の「頭取の移動による時間稼ぎ」という戦略が崩れる。


「そんな緊急性のない変更を、この場で議論する必要があるのでしょうか」


「あります。敵は次に、私の物理的な拘束、あるいは事故を企てる可能性も否定できません。私が不在でも、KKBの経営判断が止まらないようにすることは、今の危機を乗り越えるための目下の最優先事項です」

 頭取は、総裁と御波の顔を一瞬見やり、彼らの奮闘を無駄にしないという強い決意を示した。


 この切羽詰まった状況下、専務側も頭取の言う「物理的な危険」を無視することはできなかった。また、技術顧問の山城が開発したリモート会議システムがすでに導入されており、技術的な準備は整っていた。


「それとも、私の判断がいざというときに遅れてくれないと困る、ということではないですよね」

 頭取は笑ってそういうが、眼は少しも笑っていない。


「もちろんですよ」

 専務の顔もひきつっている。


 そののち議論は難航したが、最終的に、役員会のリモート開催を可能とする定款変更は、ギリギリの賛成多数で可決された。


「ありがとうございます、専務。これで、KKBはより強靭な組織として、このTOBの戦いに臨むことができます」


 しかし、会議室の空気は重いままだった。


「頭取、今回の採決で、銀行内の意見は完全に二分されました。利益追求と理想追求。この亀裂は深い。これから、非常に難しい舵取りを強いられることになります」


 専務はそう言って立ち去った。頭取の顔にも、安堵と同時に、新たな戦いの始まりに対する厳しい決意が浮かんでいた。


 そのあと、さらにいろいろな雑務で大阪は夜を迎えた。


「でもこれで落ち着けるのだ。今夜は揺れないベッドで眠れる」

 総裁が言ったその時、御波が頭を横に降った。


「北急電鉄の記者会見がセッティングされた。明日東京のホテルでTOBに対する立場表明を樋田会長がやるって」


「まさか」


 頭取は頷いた。


「行くしかないでしょ? また東京に」


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