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夜行の闇

 夕食を終え、一行は個室に戻った。列車は本州へと渡り、日本海沿いの夜の闇の中をひた走る。


 お休みの車内放送として長い各駅の到着時刻の案内が行われ、ハイケンスのチャイムの後、車内灯が落とされ、座席車は保安灯だけが灯る静寂な空間へと変わった。

 夜の列車ならではの、外界と遮断された闇と、列車の振動だけが支配する時間だ。


「……急に暗くなると、少し怖いですね」

 御波が声を潜めて言った。


「うむ。この闇の中では、何が起きてもおかしくない。敵の動きが、より巧妙になる可能性もある」

 総裁も警戒を強める。昼間の喧騒が消えたことで、彼らの周りには緊張感が張り詰めていた。


「大丈夫よ。この列車には、乗客だけでなく、見えない警備の目も光っているはず。それに、この時間帯に動くのは、私たちにとっても、敵にとっても大きなリスクだわ」


 頭取はそう言ったが、連日の激務と長距離移動の疲れは、彼女の顔にも色濃く表れていた。


「頭取、総裁。少しは横になってください。私が警戒していますから」

 御波が二人に促す。


 総裁も頭取も、この二日間の行動で限界だったのだろう。頭取は頷いて座席のリクライニングを深くして目を瞑るとすぐに深い眠りに落ちた。

 総裁もまたカーテンを半分閉めた窓の外の闇を睨みつけていたが、やがてその目も閉じ、意識を手放した。



 総裁の意識は、かつての自分の子供部屋へと戻っていた。


「姉、またダイヤの検討?」


 そこにいたのは、小学生の弟、長原ルクスだった。ルクスは将棋と鉄道を愛する、総裁にとって最も理解し合える存在だった。


「うむ。今回のJR北海道「快速エアポート」削減ダイヤが、沿線の人々の生活に与える影響がどうなるか、キミと検討したいのだ」


 中学生だった総裁は、真剣な顔でダイヤ表を広げる。


「空港アクセスの悪化、地域経済への収入減。JR北海道はなぜこんなわかりきった影響があるのに、なぜこういう策にでたのか」


「たしかに。ダイヤってのは、ただの運行表じゃない。人々の時間、生活、そして感情を繋ぐ線だし、それで「ダイヤは鉄道会社の第一の商品」ともよばれる。姉は、それを知っているはずだ」


 ルクスは、いつものように冷静だが、芯のある声で答える。


「うぐ……わかっておる。だが、その理想と現実はときに相容れぬ。JR北海道もそれは重々承知しているはず。そこでなぜこうしたのか。実際にJR北海道の直面する現実を考えると、ワタクシは本邦鉄道の未来そのものを深く憂慮してしまうのだ」


「とはいえ現実から目を背けたら、理想はただの妄想になる。姉、「テツ道」で本当に守りたいものは何? 鉄道そのもの? それとも、鉄道を利用する人たちの未来?」


 ルクスの鋭い問いかけに、総裁は言葉を失う。


「今回の件もそうだ。姉さん、また無理をしすぎている。全部一人で背負おうとしていないか? 姉は一人じゃない。いつも仲間も、友人も、つらい別れがあっても、またちゃんといるじゃないか」


 ルクスは優しく笑い、総裁の頭を撫でた。その瞬間、総裁の胸に、温かい、しかし切ない感情が込み上げてきた。

 頭の大きく見える子供体型の弟。その栗色の髪、大きな瞳。


 でも、弟は……いま、いない。


 乗っていた地下鉄電車のターミナル駅での事故で、帰ってこなかった。


 2人で未来を誓ったのに、彼は今、いないのだ。


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