すがれる相手
窓の外の夜景が異様なほどの迫力で輝いている。ここは六本木のタワーマンションの上層階。ちょっと前までは富裕層と呼ばれる人々の成功の象徴だと思われていたし、マスコミもそうやって枕詞をつけて紹介してきた。
「2000万円か」
樋田会長はその部屋で、困り顔で腕を組んだ。
「他に頼れるところがないのです」
総裁がすがる。彼女が頼み込んでいるのは、なんと北急電鉄の会長、樋田英明なのだった。
「かといってうちの会社に損害与えた容疑で捕まった子の保釈金積むって、いくら何でも非常識だよなあ」
「カオルくんはそんな損害を与える人間ではありませぬ!」
総裁は言下に否定する。
「そうは見えないって人が犯罪するって言うからなあ。うちの情報HQルームから1TB分の営業秘密のマイクロSD持ち出した、ってカオルくんなら容易にできちゃうし、その営業秘密の漏洩を匿名で知らされた警察が真っ先に彼女を疑うのは無理はないと思う。カオルくん、ダイヤ作成のバイトからはじめて、うちのIT関係まるっとやってくれてたから。バイトなのによく働くなあ、っていつも驚いてたけど」
「会長、そもそもカオルくんが北急電鉄を陥れるとしたら、その動機は? そしてもし仮定ではありますがそうしたとしたらこんな技術的にチャチで単純な情報漏洩だけで済ませるでしょうか。カオルくんの持っているスキルからしてこれはあまりにもチャチです」
「うーん」
会長は唸った。
「アスタリスク危機でも厚木CLCレイバー事件でも周遊列車『あまつかぜ2』建造時でもカオルくんのITスキルは際立っていました。あの高度なスキルがあるのに何で1TBマイクロSDカードの物理的持ち出しなんて、誰でも、誰にでもできる物理的な手口を使うのでしょう。もしやるならもっとバレにくい方法を選べるのでは」
「……そうだな。別に真犯人がいるのか。でもなんで警察はそれにきづかないんだ?」
会長の目の中を光がゆらりと動いた。
「それもおかしな点です。今竹警部に問い合わせていますが、簡単には出てきそうにない」
「警察も検察も最近、変なことがいろいろあるからなあ。カオルくんがやるとしたらサイバー犯罪、それの担当はサイバー犯罪対策センターの竹警部のはず。とくに今回は北急本社だから警視庁の管轄だろう。でも彼女が察知してる様子がないのか」
会長は息を吐いた。
「それにカオルくんは北急のDX推進の中核も担っていたはずです」
「善さんの後を継いでくれたもんなあ。善さんのこともすごくよく聞いてくれて、それ活かしてあの職人芸の整備をデジタルとAIに移植したもんな。あれは本当に見事だった。バイトにそれ依存してるウチもナニだけど、カオルくんはそうせざるを得ないほどの逸材ではある」
樋田会長はそう言うと、部屋に飾ってある鉄道模型に目を転じた。かつては無趣味なリゾート産業ハゲタカファンドの主だった彼は、この北急電鉄に社長として送り込まれ解体するはずがとあることで鉄道趣味にハマり、そして金主に半ば反抗してのまさかの北急電鉄の再生を実行して。現在。の北急会長に至るのだ。
「わかった。じゃあ、鉄研の持ってるSE車の実車部品のマスコン、ヘッドマーク、部誌の著作権、部で作ったモジュールジオラマと鉄道模型全部を担保ってことで私が2000万貸すよ。期限は3ヶ月。利率は利息制限法いっぱいの年利換算で15%。借用書も書いてもらう。あんまり君達に有利な融資だとバレた時に変すぎるからね。これだって十分変だが」
「ありがとうございます!」
「でも2000万、本当に裁判所から戻ってくるかな。それに2000万の年利15%はキツイぞ。1ヶ月の利子25万だ」
「ワタクシはカオルくんを信じています。25万、何とかかき集めます!」
総裁は感謝した。
*
「しかしどうしたものか。著者をさらに多くブラックバイトさせるしかないかのう」
総裁は銀行から預かってきた現金を目の前に、息を吐いていた。
「著者さんが死んじゃうー!」
「あるいは著者の住んでるマンションの部屋を売るか」
「著者さん死んじゃうしもう私たちの話も書けなくなっちゃう!」
「そういうメタネタは程々にしましょうよ……」
「2000万円って、こんな大きいんですね」
バッグいっぱいの現金に、みんなそうは思わないのについ目を向けてしまう。
「蒲原先生、裁判所に納付に行きましょう」
「そうだね」
「でもまいったなあ」
「私物の模型コレクションを売るしかないかなあ。1編成で3万するマイクロのMSEとか、4万円近いEXEαとか」
「でもディテールアップしてるのは新品ではなく汚損扱いになっちゃうよー」
「中古屋さんってそうだよね。ほんと」
「オークションでもその感覚の人が多いのか、加工は評価されないんだよなー」
「残念だよねえ」
「うーん、まいったなー、こまったなー」
「まあ、まず納付に行ってカオルちゃんを取り戻してからにしましょう」