津軽海峡の闇
弘前駅を定刻通り発車した列車は、やがて津軽線へと進路を取り、津軽半島を北上していく。車窓の外は再び深い雪景色となり、列車は厳粛な雰囲気の中を突き進む。
「弘前を過ぎると、いよいよ北国へ来たという実感が湧きますわね」
御波が吐息を白くしながら窓の外を見つめる。
「ここからは津軽海峡線。そして青函トンネルを抜けたら、そこはもう北海道だ」
総裁は、地図を広げながら答えた。
「東郷徹郎の手の者が、この長い旅路のどこかで待ち伏せているかもしれない」
頭取は、緊張感を隠さない。
「青函トンネル内は、カオルくんのシステムでさえ、外部との通信が途絶する箇所があります。ワタクシたち、警戒を怠らぬように」
列車は、やがて青函トンネルの入り口へと差し掛かった。長いトンネルの中を、機関車の轟音だけが響き渡る。外界と遮断された暗闇の中、三人の警戒心は最高潮に達していた。
だが幸い、トンネル内で何者かに襲われるようなことはなく、列車は無事にトンネルを抜け、北海道へと踏み出した。
*
列車は函館駅に到着した。ここで機関車の付け替えや車両整備のため、長めの停車時間がある。
本当ならば、この時間を使い、総裁の愛する路面電車や、御波が喜びそうな函館の古い洋風建築など、短いながらも観光を楽しみたいところだったが、そんな余裕はなかった。
「ここ函館で列車は向きを変えて札幌に向かうのです。ここで一息入れるわけにはいかぬが、警戒は最大限に」
総裁は個室のドアに鍵をかけ、頭取と御波とともにデッキで周囲を警戒する。
「停車時間は45分。この間に、敵は様々な手を打ってくる可能性があるわ。特に函館は、札幌への玄関口。ここで私を足止めしようとするかも」
御波のケータイが鳴った。カオルからのメッセージだ。
「カオルくんから、札幌での調査報告が来てる」
3人は画面を食い入るように見る。
「札幌の事件について説明するよ」
カオルがGoogleミートで説明を始める。総裁たちはスマホでそれに参加する。
「札幌市の北側、石狩工業団地にあるデータセンターで起きたのが今回の事件。データセンター、北陽システム白影データパークCエリアで一昨日5時48分、石黒康二が倒れているのを巡回中の夜間警備員が定時巡回で発見し救急に通報、救急隊が到着すると石黒は首と右手に火傷をしている状態で呼吸も心拍もなし。周りには焦げ跡と冷却液が散っていて、近くにノートPCがあった。石黒は左手にはセキュリティキーのICカードを持っていた。死因は感電死と思われた。警察も来て現場検証を実施した。けれどそこで不審点がいくつもあった」
「どんな?」
「まず死亡推定時刻。死後硬直が進んでいないので感電死の時刻は4時頃かと思われた。感電の原因はサーバの電源部分に触れた事故、と思われるけど……普通、そんなところ普通は触らない。触るとしたら何らかのトラブルが起きて、その修復作業中に突然復電、電源が投入された、ってケースかなと思われた。で、停電の時刻を調べると、前日の23時の停電が最後でずっとその後は順調にシステムは稼働している。そしてもし感電みたいな事故が起きればシステムは自動的に検出して給電を止める。でもその形跡はない。感電は起きようがない」
「じゃあ、いつ死んだのかがわからないのか」
「そう。そしてその傍らのノートPC。調べると持ち主はその石黒さんで、彼に操作されなかった時間があったためにロック画面になっていた。ただ、直前まで操作していた可能性もある。今科学捜査研究所でそのロックの解除作業をやってる。ただ、ほかにも変で」
「何が?」
「感電死なんだけど、そもそもデータセンターのそういうところ、そんな死ぬほどの高圧電気を使ってるエリアじゃないんだよね。サーバの電源で死ぬほどのエネルギーが通ってるところはちゃんと防護されてる。鑑識もそれを確認している。
そして冷却液なんだけど、これはサーバの冷却液だと思ったんだけど、どうも違うっぽい。鑑識で確定する前だけど、どうやらサーバの冷却液と成分が少し違う感じ。
監視カメラの画像も調べてる。データセンターの中にも監視カメラはいくつもある。ところがこのカメラ画像、あちこち録画データが欠けてる。そのなかに何かが動いている画像があるけれど、検証に時間がかかってる。
そして問題はもう一つ。入退室記録を見てるんだけど、石黒さんが入室した時刻が22時。ほかの人間のこのCエリアへの入退室の記録はない」
「うっ、なんと、密室殺人の可能性があるのか」




