悪しき者の影
役員会を終え、頭取は自室に戻った。総裁と御波も護衛のため、控えのソファに座っている。
「見事でした、頭取」
総裁が感嘆の声を上げる。
「いえ、実際は綱渡りよ。専務の言うことも理解できる。金融は利益が全て。でも、その利益の先に何を見るか、それが問われているのよ」
頭取はデスクに置かれたカオルからのメッセージをもう一度読んだ。
「善さんのアカウントが動いている、か……」
「善さんのアカウントはそれほどプライオリティ上位ではありませんが、そのアカウントを再びアクティブにするとなればその権限はかなり上位です。それが怪しいとなると、北急の全情報が危険に晒されているとみて間違いないです。カオルちゃんの報告ですが」
御波が技術的な視点から指摘する。
「しかも、亡くなった人間が動くとなると、疑いは笹木さんをそそのかした『悪しき者』に向かう。これが、真犯人の狙いだったのかもしれないわね」
頭取は立ち上がり、窓の外の淀川の流れを見つめた。
「総裁、御波さん。私たちは北急電鉄を救うと同時に、この『悪しき者』を突き止めなければならない。彼らは単なる買収屋ではない。何か恐ろしい計画を持っている」
「何か手がかりは?」
「ええ。一つだけ気になることがあるの。今回のTOBを仕掛けたグローバルワークキャピタルの顧問弁護士、誰だか知っている?」
「いえ……」
「東郷。東郷法律事務所の東郷徹郎よ」
その名前を聞いた瞬間、総裁の顔色が変わった。
「東郷徹郎! あの、かつて北急電鉄の解体を図ったリゾートファンドの顧問弁護士だった男!?」
「ええ。樋田会長を北急に送り込んだ張本人であり、かつては北急を潰そうとした男よ。彼が、また動いている」
頭取の目に鋭い光が宿った。
「悪しき者の正体、そしてその目的が、少し見えてきたかもしれないわね」
総裁と御波は、静かに頷いた。いよいよ、本格的な戦いの始まりだ。




