総裁の背負った2000万円
「ええっ、カオルちゃんの保釈金2000万円!」
総裁は思わず声を挙げた。弁護士の先生も頭をかいている。
カオルは警察の取り調べを終え、横浜地検に送検され早々と拘留が決まっていた。
「カオルくん、検察の取り調べで容疑を全面否認するんだよ。部分的にも認めたら保釈金ってのはすごく安くなるんだけど、それ話したら『冗談じゃない一点も認めないそれならずっと収監されたままでいい!』ってものすごい剣幕で。ベテランのはずの検事もあとで溜息着いてたよ。見た目に合わないほどあの子怒るとすごいね」
その弁護士の蒲原先生と総裁がなぜ知り合ったかは鉄研の皆は知らない、だが何かの件で総裁はすでに蒲原先生のお世話になったのだろう。何だろう…。みんなはそう思いながらこの事務所の中の本棚や机をそれとなくチラチラと見ている。法律事務所なんてそうそう来るところではない。でもドアのセキュリティを見て、なるほどと思うところはあった。そういうトラブルを解決するようにちゃんと備えてある。
「それでは我らがとても困るのだ。真相が何も掴めない。カオル君が捕まるなんて通常ではあり得ぬ。何かの重大な間違いがあるのだ。それをたださずになんの我がエビコー鉄研ぞ!」
総裁は語気を強める。
「かといって2000万円、用意できるかい? 現実的に」
蒲原弁護士はそう言って車いすの車輪から手を離して書類をとった。蒲原弁護士はかつて企業勤務のサラリーマンだったのだが大けがをして、そのときのことで弁護士を目指すことにして、司法試験に合格し幾多の事件を経験して今この弁護士事務所支店の支店長弁護士なのだ。
「ぐぬう」
総裁は口惜しげに拳を握っている。
「あ、そだ、クラウドファンディングで何とかならない?」
ツバメが提案する。
「なるわけないのですわ。時間がかかりすぎますわ。すぐに現金を裁判所に納付しなければならないのに」
詩音が眉を寄せて困っている。
「うむう……」
「総裁のおうちってお金持ちだよね。建設会社」
華子がぽつりと言う、
「とはいえ2000万円は大金ぞ」
総裁の顔が引きつっている。
「ちょっと前まで鉄道模型展示の軍資金が足りないって嘆いてたけど10万いくかいかないか。それがここで2000万円なんて」
御波も困った顔だ。髪飾りがその思案でかしげた首の動きを大きく見せる。
「裁判所もキツイこと言うよね」
華子がまたぽつりという。
「でもカオルくんが本気で逃げる気になったとしたら容易に逃げてしまうので、その対策で逃げないように保釈金を高額としたのであろう」
総裁はうなる。
「時間も限られてるのがまた難しいところですわ」
「しかも無担保でそんな大金を通常の金貸しに借りるのは困難、もし何かで借りれたとしても金利は上限パンパンどころでは済まないであろう」
御波がションボリとした顔で言った。
「諦めてカオルちゃんには『拘置所生活日記』書いてもらうことにしましょうか。で、それを出版社に持ち込んで出版してもらってお金に」
「それでは時間がかかりすぎるのだ。やはりカオルとの連絡は弁護士の先生に頼るしかないか」
「それが常識的なところだよね」
「だが、我らはノンビリ普通に釈放を待つわけにはいかぬのだ」
「え?」
「この件、早く解決してカオルくんには『とあること』をしてもらわねばならぬのだ」
「なんだろう?」
みんなの頭に疑問符が一斉に浮かんだのだが、総裁はかまわず続ける。
「ともあれ2000万。何とか用立てねばならぬのう」
「あ、詩音ちゃんのお小遣いでなんとかならない?」
ツバメが言う。詩音の家は工学博士の家でものすごいお金持ちなのだ。
「そうですわね……お父様に相談してみますわ」
詩音はさらに困り顔になる。
「でも現金ならすぐになんとかなるよね」
「……ツバメちゃんひどい」
御波がいう。
「わたくし、今は現金を持ち歩いていないのです。お父様の家族カードですべて決済しているので履歴がすべてわかるので便利なのですが、不審な使い方はお父様を心配させてしまいますわ。お父様はおそらく、なぜそんな慌てて保釈させねばならないかを絶対聞いてきますわ」
「でもそれは言えぬのだ。そういう理由があるのだ」
「どういう理由なのよ総裁」
御波が詰める。
「……言えぬ」
「じゃあ、そういうことなら総裁が2000万円用意するしかないね」
聞いていた蒲原先生がカチッとした声で結論した。
「さふでありますな」
「総裁……なんでそれが言えないの? 私たちにもヒミツなの?」
「私たちは同じ鉄研よね?」
部員たちが次々に言う。
「だから言えぬということもあるのだ」
みんなは悲しい顔になった。
「すまぬが、この件は言えぬ」
「でも、全てが終わったら教えてくれるわよね」
御波が言う。
「わかった。約束する」
総裁はうなずいた。
「2000万かけても言えないことなのか……何だろう?」