大阪駅
朝焼けが車窓を赤く染め始めている。寝台快速「明星」は定刻通り大阪駅の地上ホームに滑り込んだ。
始発の電車が各方面へ発車して街が目覚める時間よりまだちょっと早い。この時間帯なら荷物が多くても都心で行動できる。今のうちに各目的地に向かえば都心の混雑を回避できるのだろう。
鉄道会社の商品の第一はダイヤである、という言葉が納得の設定だ。
「眠れた?」
頭取が聞く。
「眠ったのかどうかもよくわからぬ」
「総裁、あれからあとも話が終わらないんだもの。総裁話しすぎ」
御波があくびをする。
「まあ、でも寝台列車って楽しいから、寝心地堪能したいってのと起きて走りを堪能したいってことのジレンマになるわね」
「さふであります」
長い夜の旅を終え、総裁、御波、頭取の三人は、静かに列車を降りた。
大阪駅の駅舎はまだ夜の静けさを残しつつも、早朝の光を浴び始めている。都会のビル群の間に、わずかに西から東へ向かう朝の通勤電車が走る音が大阪駅の大屋根に響く。ホームの向こうには大阪環状線の高架が見え、そこに描かれた銀色の電車が発車を待っている。
「旅は人を日常から連れ出す、ってほんとね」
御波はそう感心している。
「関西の電車接近音、独特ですよね。これ聞くと大阪に来たな、って気がする」
「大阪は金融の街、商人の街。ここからいよいよ勝負よ」
頭取はスーツのジャケットを整え、シャキッと背筋を伸ばした。その顔には、一晩の疲れよりも、戦いに臨む者の鋭い集中力が宿っている。
「ワタクシたちもお供させていただきます。頭取閣下の作戦行動を邪魔立てする悪しき者には鉄研制裁あるのみ」
総裁は大仰な口調で応じる。御波はいつものことだとばかりに小さく溜息をついた。
「総裁、まだ寝起きでしょ。まずは朝食をどこかで。そこから大阪本店へ急ぎましょう。役員会は朝9時からよ」
「斯様な事態では食事する時間などないのだ。先を急ごう」
「だめ。それじゃ会議で集中力を欠いて足手まといになるだけよ。兵站確保は作戦準備の第一。本店は中央区北浜。その途中でご飯できればいいんだけど」
御波はそう言いながら手早くスマホで地図アプリを開く。
「さすが御波くん! 気が利く」
その時頭取が言う。
「そこは私はよく行くいつもの店に行くわ」
「喫茶店ですか?」
「違うわ」
頭取が大阪駅のコンコースを歩いていく。総裁と御波が警戒する。
「ここ」
それで行ったのは早朝営業の「高速そば」駅そばだった。
「さすがであります」
頭取はいかにも慣れた感じで食券機でうどんモーニングセット500円を3つ買い、それをカウンターに出して「私はつゆ多めネギ抜きで」と注文する。
「いつも朝はこれ。もうちょっと遅い時間なんだけどね。朝食べると昼まで頭の回転が早くなる気がするの」
「ルーティンというわけですな」
総裁は感心する。
すぐ出てきたうどんに頭取は七味をたっぷりかける。
「立喰師……本物だ」
御波が感動している。
「え、普通でしょ?」
頭取は意に介せずうどんを啜る。
総裁と御波もそれに続く。
そのとき、総裁のケータイのメッセージ着信音が鳴った。
「カオルくんからだ。札幌のデータセンターの件で」
「どうなったの?」
「それはこのうどんを頂いたあとにするのだ」
「そうね」




