北急海老名本社
海老名には北急ロマンスカーミュージアムがあり、そのはす向かいに高層ビルの北急電鉄本社新社屋がある。
「あれ、総裁、ここでなにしてるんだ?」
入口にいた車両部田岡課長が気づく。
「頭取とTOBかけられた北急の様子を見に来ました」
「あ、ほんとだ。山本頭取、いらっしゃいませ」
頭取はそれに答えると、行きかう北急社員を観察している。
するとそれとは別の騒がしい一団がこの北急本社に近づいてくる。
「うっ、あれはマスコミ取材陣では? 頭取、田岡課長、ここはひとまず!」
そう総裁がいったとき、駆け寄ってきた一人がマイクを田岡につきつけた。
「そのバッジ、北急のものですよね? 仕掛けられたTOBについて北急社員として受け止めを一言!」
「おねがいします!」
あっという間に田岡は入口の北急ロゴのまえでマスコミ各社の取材チームに取り囲まれてしまった。カメラが向けられ、容赦なくフラッシュがたかれる。
「なにかひとこと!」
田岡はくちごもったが、言った。
「ええと。グローバルキャピタルさんの効率経営化、利益率向上、世界標準化という主張がまだ具体的に何なのか、正直よくわかりません。私もさっきメディアさんの報道でTOBを知ったばかりで、答える材料がありません。追って広報部が記者会見開くと思うので、それをお待ちください」
田岡はそれだけ言って立ち去ろうとする。
「御社の『あまつかぜ』をはじめとする長距離列車施策には批判もありますが」
だがその声が浴びせられると、田岡は振り返った。
「ええと、その批判って、誰のことですか」
「それは……」
「誰ですか?」
田岡は詰める。
「……取材ソース秘匿の問題で言えません」
記者が声を落とす。
「なら私も言いようがないですね。そんな中途半端であやふやな批判に対して答える言葉は北急にはありません。ただ、今日も『あまつかぜ』はおかげさまで満席で運転しています。それが答えです。以上」
そういうと田岡は去っていく。待ってください、まだ質問が!というマスコミの言葉を振り切るような速足である。
それをセキュリティゲートの向こう、物陰から総裁・御波・頭取の3人がこっそりみていた。
「田岡さん、沸騰寸前でしたね」
「冷静な人ほど怒った時怖いのよ」
頭取が言う。
「こんなことずっとしてたら会社が傾いちゃう。なんとかTOBをはねのけないと」




