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頭取の微笑

「さて、いったいどうしたものか」

 総裁は途方に暮れている。

「とりあえず北急本社に行きましょう。北急のTOBが発表された時点の今の様子を見ておきたい」

 頭取が促す。

「ということは海老名ですな。北急本社は海老名におととし移転しております」

「あなたたちの仲間、『鉄研水雷戦隊』も海老名でしょ? ちょっと前から興味あるわ」

「うっ、なぜ斯様なことをご存じなのですか」

「会う人のことは事前にちゃんと調べなきゃね。あなたたちの冒険についても拝見したわ」

 頭取は微笑む。

「すごいじゃない。IoTデバイスを含めた現代社会を駆動するSDK、アスタリスクに仕掛けられた世界レベルの大規模サイバーテロ、その次は飛行モビリティMUに乗っての戦い、そして大洗で起きた発砲事件を追いかけて現代高度自立建機を暴走させようとした企みの阻止。さらには幻の蒸気機関車C63をめぐる国鉄以来の陰謀の真相解明。ほんと大活躍じゃない」

「恐縮であります。頭取も北急電鉄の危機をその聡明さで救ったと伺っております」

「私なんか所詮、小さな銀行の薄汚れた金融屋よ」

「そんな」

 新宿の街を北急新宿駅に向けて歩く。

「でも、そんな私も夢を見たい。経済ってのは最初は相手への好意、気持ちを贈りあうところから始まった。それが市場が生まれ、通貨が匿名化していく中で相手を出し抜いたりだましたりするのが優位になってしまった」

「贈与経済から市場経済への進化ですな」

「でも私はその贈与の面をまったく無意味とは思わない。数少ないけどそれなくして経済も社会もなりたたない。それを忘れないことが金融の王道だと思ってる。謀略や買いたたきがクレバーだといわれる今だけど、お客様とステークホルダーが互いにリスペクトしあうところにしかいい仕事はないし、それが王道だと思ってる。難しいけれど、それに挑戦しないのはありえない。誰でもできることを誰でもやるようにやっていては生きた意味がない」

 頭取はケータイを取り出してアプリを使う。新宿から海老名へのロマンスカー特急券を買うのだ。

「このアプリ、あなたたちの仲間が作ったのよね。あの情報漏洩の容疑者になった」

「さふであります」

「信じられないけど、世の中はそうは見えない犯罪者がいくらでもいる」

「カオルくんは断じてそんなことありませぬ」

「私も信じてるわ」

 改築工事中の北急新宿駅はあちこち薄暗く、少し不気味だ。それを総裁は警戒しながら頭取の前を行く。

「総裁!」

 一瞬どきんとするが、思うとその声は深くなじんだ声だ。

「御波くん!」

 総裁は彼女に抱きつきそうになっている。

「ちょうどよかった! 編集さんと打ち合わせで新宿だったから。この女性が総裁の銀行の頭取?」

 頭取はうなずく。

「山本です。よろしく」

「いつも総裁がご迷惑おかけしております」

「うっ、御波くん、ワタクシのことを」

「だって総裁、どう考えても銀行員が似合わないもの。鉄研の軍資金のための運動部幽霊部員大量獲得作戦なんかどう考えても悪知恵すぎるし。そのくせ総裁著者さんにブラック対応ばっかりして感情的すぎるし。極めつけに非常識すぎるもの」

「そういわれるとワタクシ、返事のしようがない……」

「あなたが御波さんね。国語力最強で隠れドSの」

「えっ、総裁、そういう話、頭取にしてたの!? ひっどーい!!」

「いえ、総裁はあなたをもっとも信頼できる安定の鉄研重巡洋艦だって」

「また『艦これ』で話してる! それじゃ銀行の人たち困っちゃうでしょ! ほんと、すみません!」

「いいのよ。そういう人材も必要な時がある。雇う側に組織の中でどう生かすかのイメージがわけば、どんな変わった人でも活躍させられる。結局、企業の採用は就活生の将来をいかに深い思慮で見極められるか。その点で就活ってのは企業が選ぶだけでなく、企業も選ばれる側なのよ」

「それが総裁をインターンにした理由なんですか」

「組織ってのはいろんな人がいないと脆くなる。どうしても質の良いけど無個性な人間を選びがちだけど、そういう採用を漫然としていたら組織は弱くなってしまう。だから総裁を知った時、うちの人事もなかなかやるじゃない、と思ったわ」

「うっ、それはワタクシを質悪いけど個性的、と申しているような」

「あら、失敬!」

 頭取が謝る。

「いえ、頭取のおっしゃる通りですよ。総裁、宮仕え全然向いてないもの」

「御波くん……」

「海老名に急ぎましょう」

「しれっと無視……」

 ロマンスカーに乗り込んだ3人は海老名に急ぐ。


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