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【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される  作者: 水都ミナト@『解体嬢』『推し活幼女』6/10発売
第二部 パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される
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71. エレインの言葉

「はぁっ、はぁっ…」


 肩で息をするエレインと、ホムラの火球により翼が煤けているアグニ。2人とも至るところに小さな傷ができている。対するホムラは無傷であるが、時より苦しそうに頭を抱えている。


「ふぅ…グゥゥ…」


 ホムラはふらりとよろめきながら、エレインとアグニににじり寄る。

 アグニが息を深く吸い、牽制するように灼熱のブレスを吐き出した。ホムラは灼刀を抜刀し、アグニのブレスを真っ二つに切り裂いた。


「まずいですよ、エレイン」

「とってもまずいね」


 ホムラが灼刀を抜刀してしまったことで、形勢はますます不利になった。何とか灼刀を手放してくれればいいのだが、そう簡単にいくとは思えない。


「アグニちゃん…何かいい手はない?」

「あればとっくに使ってます」

「だよね…」


 エレインはホムラとの距離を保ちつつ、何か算段はないかとアグニに尋ねるが、期待した答えは返ってこなかった。


「っ!」


 どうすれば良いか頭を悩ませているうちに、ホムラが地面を踏み締めて切りかかってきた。アグニが鋭い爪で応戦するが、防戦一方である。


 キンッキンッと灼刀と爪が交わる音が響く。


 やがてホムラの鋭い太刀が、アグニの腕を払い退けた。


「くぅっ」

「アグニちゃん…っ!」


 体勢を崩してよろめくアグニに向かって、ホムラが灼刀を天高く掲げて振り下ろそうとした。


「やめてっ!!ホムラさんっ!!!」

「っ!ぐ…ぅう」


 エレインは咄嗟に悲鳴のような声でホムラの名を叫んだ。すると、ピクリとホムラの肩が震え、振り上げた腕をゆっくりと下ろした。


「ふぅっ…グッ、うぅ」


 ホムラは深く肩で息をしながら苦しそうに表情を歪める。そして、手を震わせながら、カランと灼刀を地面に落とした。


「ホムラさん…!」


(私の声が、届いたんだ…!)


 エレインは杖を下ろすと、ゆっくりとホムラに向かって手を伸ばし歩み寄った。


「エレインっ、危ないですよ!何を…」


 エレインの行動に、アグニが慌てて制止をするが、エレインは躊躇う事なくホムラに近付いていく。

 ホムラの正面まで歩み寄った時、エレインはホムラによってガシッと両肩を掴まれた。ミシッと鈍い音を立てて身体が軋み、ホムラの鋭い爪が肩に食い込む。


「っ、ほ、ホムラさん…」


 エレインは痛みに眉を顰めながらも、ホムラに微笑みかける。

 ホムラは鋭い牙を覗かせながら、フゥゥと深く息を吸っては吐く。ホムラは掻き立てられる本能に抗うように、歯を食いしばっている。だがやがて、エレインの首筋にその牙を突き立てた。


「エレインっ!!」


 ヒヤヒヤしながらエレインの行動を静観していたアグニであるが、エレインの身が危険だと判断し、エレインに手を伸ばそうとした。


「ア、グニちゃん…私は大丈夫」


 エレインは尚も笑みを浮かべ、そっとホムラの背中に手を添えた。


「グルル…グゥゥ」

「ホムラさん…つっ」


 ホムラの荒い息が首筋にかかる。少しずつホムラの牙が食い込み、首を温かな何かが伝う感覚がした。


「そこまでよ!正気に戻って、ホムラ様っ!」


 その時、いつの間にか側に駆け寄って来ていたドリューンが、両手に抱えた桃色の花の蕾をホムラに押しつけた。


 ボフンっ!


「ゲホッ、ゲホッ…ぐ、ぁぁっっ!!」


 細かな花粉がホムラに振りかかり、ホムラは苦しみながらその場で蹲った。両手と片膝をついて唸り声を上げながら、次第に呼吸を落ち着かせていく。


「はぁっ…はぁ…俺は、何を…」


 次第に意識を取り戻し、痛む頭を抑えながら、ホムラはゆっくりと頭を上げた。


「ホムラ様…良かったです」


 アグニはホッと息を吐くと、しゅぅぅと身体から煙を出しながら子供の姿に戻り、その場に座り込んだ。実のところ、立っているのもやっとだったのだ。

 エレインはホムラの傍に膝を突き、その肩にそっと手を添えた。


「ホムラさん…」


(よかった…本当によかった…)


 まだ意識が朦朧としているのだろう、ホムラはぼんやりとした目でエレインを見つめた。そして数度の瞬きの後、ゆっくり辺りを見回した。


 心配そうに佇むドリューン、疲労困憊で煤だらけのアグニ、そしてエレインも生傷を抱えている。


 ホムラは次第に目を見開くと、掠れた声で呟いた。


「……これは、俺がやったのか?」


 あちこち抉れた床、根元から折れた柱、ところどころで未だに炎が燻っている。いつものように冒険者が挑みに来ているの訳ではない。

 ホムラは呆然と、ふらつく足で立ち上がった。エレインは慌ててホムラを支えるように背中に手を回す。


「お前…その首の血…」

「あ…」


 ホムラはエレインの首筋に伝う血と、2つの傷跡を目にして目を見開き絶句した。エレインは慌てて首筋を押さえ、力無く微笑んだ。

 その様子を見たドリューンは、くるりと踵を返してアグニに向かって行った。


「…アグニ、行きましょう。アナタも治療しなくちゃ」

「え、でも…」

「いいから、ね?」

「…はい」


 アグニは後ろ髪引かれながらも、ドリューンに促されてダンジョンの裏の居住空間へと消えていった。ドリューンも心配そうに肩越しに振り返りながら、ボスの間を後にした。


「…迷惑かけたな」


 2人きりになると、ホムラはよろよろと力なくエレインに向き合い、そっとその頬を撫でた。その切ない瞳に見据えられ、エレインは胸がキツく締め付けられた。


「だ、大丈夫ですよっ!ぜーんぜん平気です!」


 エレインはから元気で力こぶを作るが、ホムラは眉根を下げるばかりだ。何と声を掛ければ良いのか、機転の効かない自分に嫌気が差す。

 視線を泳がせていると不意にホムラの指が頬を滑った。


「あ…」


 いつの間にか頬を涙が伝っていたようだ。ホムラが元に戻って安心したからだろうか。ほろほろと目を瞬く度に涙が溢れる。


(やだ…泣いたらホムラさん困っちゃう…)


 ぐしぐしと涙を拭うが、次から次へとまた溢れてくる。


「エレイン…」

「っ!」


 ホムラの掠れた声で名を呼ばれ、返事をするよりも早く、息が止まるほど力強く抱きしめられた。背中をぐっと引き寄せられ、隙間なく身体が密着する。

 エレインは、躊躇いながらもその震える背中に両手を回す。トントンと、大丈夫だと伝えるように背中を叩くと、少しだけ抱きしめる腕の強さが弛緩した。


「…すまねぇ、痛かったよな」


 ホムラは少し身体を離すと、エレインの首筋をそっと撫でた。そしてそのまま顔を寄せると、自らが噛み付いた跡を包み込むように唇を落とした。


「〜〜っ!」


 エレインは声にならない悲鳴をあげ、思わずぎゅうっと目を固く瞑った。

 静かにホムラの唇が離れ、ホムラはエレインを抱きしめる手を解いた。エレインを解放したホムラは、泣きそうな顔をしていて、エレインの胸は再びぎゅうっと締め付けられた。


「ほ、ホムラさ…」

「…傷付けて悪かった。しばらくお前には近付かねぇ」

「…え?」


 エレインはホムラの言葉の意味が分からずに間抜けな声で返事をしてしまった。


「少しの間、1人にしてくれ」

「ホム…」


 エレインが引き留める間も無く、ホムラは玉座の奥へと消えていった。


 エレインが1人残されたボスの間は、既にダンジョンによる修復が始まっており、しゅうしゅうと音を立てながらホムラに破壊された箇所が元に戻っていっていた。


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