60. 狐の面
「あー!エレイン!こんなところに居たのですね」
「悪いな、お前が付いてきていると確認せずに先に進んじまって…ってなんだこれは?」
アグニとホムラと合流したエレイン。ホムラはエレインを囲むように息絶えるサーベルモンキーの群れに目を見開いた。
「お前がやったのか?」
「いや、えーっと…話せば長くなりますが…」
エレインは頭を掻きながら、ホムラ達とはぐれた後の出来事を話した。
「狐の面の魔物、か。聞いたことねぇな」
「ですねー、何者なんでしょう。正確にサーベルモンキー4匹の急所をついて即死させる程の人物ですか、只者ではなさそうですね」
ホムラとアグニはそれぞれ思案顔になる。
「まあ、おチビの話を聞く限り、敵意はなさそうだな?」
「あ、はい…多分。話した感じですと、この森を傷つけた時には襲って来るかと思いますが…」
この密林の植物に詳しく、毒の処置にも知見がある不思議な魔物。エレインはもう少し、あの者と話してみたかったと残念に思っていた。
「とにかく、今日は引き上げましょう。採集した木の実をドリューさんに見てもらいたいですし」
そういえば、アグニが背負っているリュックはパンパンになっていた。夢中で採集したのだろう。
(木の実を取るのは許してもらえるのかな…?)
少し気になるエレインであるが、アグニの言う通り今日はここらで撤退することに決めた。
◇◇◇
「これは渋みが強すぎて食べられないわ。あ、これは食べられるけどそんなに美味しくないわよ?あら、ダメじゃないこんなの食べたらお腹壊すわよ」
70階層に帰還したエレイン達は、ドリューンを呼び出して木の実の鑑定を頼んでいた。
「…食べられないものばかりですか」
ポンポンとばつ印が書かれた箱の中に積み上がっていく木の実を眺めながら、アグニが肩を落とす。
「あら、この桃色の実は…糖果だわ。とっても甘くて美味しいわよ〜」
「本当ですか!!!」
「ええ、こっちの黄色くて小さな実はレミンって言って酸味が強いけど料理の良いアクセントに使えると思うわ」
少しではあるが、食用として認められる木の実も混じっているようで、アグニはパァッと目を輝かせた。ピクピクと翼が動いているのは、嬉しい時のアグニの癖だ。
「よかったね。アグニちゃん」
エレインがニコリと微笑むと、アグニも嬉しそうに頷いた。
木の実の選別を終えたドリューンは、一息つくとエレインに向き合った。
「それで、狐の面…だったかしら」
「あ、はい!」
「心当たりが無いでも無いんだけど…」
ドリューンは眉根を顰めて頬に手を当てて逡巡した。
「その面は、恐らく『魔封じの面』だと思うわ。文字通り魔力を封じるための道具よ。75階層には確か……ええ、少し特殊な魔物が住んでいたはず。だけど、余りいい噂は聞かないわ。これ以上関わらないことね」
「そう、ですか…」
ドリューンの言葉に、エレインはシュンと肩を落とす。
「ふーん、まあ、コイツを助けてくれたようだし、悪い奴じゃないだろ」
「ホムラさん…!」
ホムラはしょぼくれるエレインを励ますように、ポンっと頭に手を乗せた。エレインはパァッと顔を輝かせると、自分の意見を述べた。
「『この森に害を成す者ならば、俺はお前達を排除するつもりだった』って言ってたし、害がないって思ってもらえたら大丈夫だと思うんです!」
「………『俺』だと?そいつは男か?」
嬉々としたエレインの言葉を聞き、急に仏頂面になるホムラ。ホムラの変化にエレインは気付かずに首を傾げる。
「え…?分からないですけど…多分?スラッとして雰囲気はカッコいい感じでしたが…」
「…………そいつは魔物には違いねぇんだ。関わらねぇに越したことはないな」
「えぇー…」
前向きな意見を述べていたはずが、ホムラは一転して深入りするのは避けるべきだとの見解を示す。エレインは苦言を呈しながら、足首に巻かれた風呂敷をそっと撫でた。
(これ、きちんと洗濯して返したいな…改めてお礼もしたいし…でも会いに行くって言ったら止められそう)
エレインは密かに一人で狐の面の人物に会いに行く決心を固めた。
そしてドリューンは、別の心配事があるようで、表情を曇らせたまま口を開いた。
「75階層…その魔物が言うように、あの階層には本当に危険な植物も沢山あるわ。くれぐれも無闇に触れないようにね」
「ああ、気をつけるよ」
「はぁい…」
ドリューンの忠告に、ホムラと少し残念そうなアグニが返事をした。




