15. エレインの涙
「あぁ〜美味しかった…!」
「それはよかったです」
エレインは料理をきれいに平らげると、満足気に息を吐いた。アグニも満更ではなさそうで、背中の羽をピクピクさせながら嬉しそうに皿を片付けていく。
「腹拵えもしたし、早速レベルアップしたおチビの実力を見せてもらおうか」
「ちょっとぐらい休ませてくださいよぉ…」
「うるせぇ、レベリングもまともに出来ねぇ冒険者もどきが」
「ひっ、ひどい…うぅ」
「ほら行くぞー」
「あぁぁ〜…」
食後にゆっくりと休息を取りたいと暗に訴えるも、ホムラに通用するはずもなく。エレインは後ろ襟を掴まれてボスの間まで引き摺られていく。
だが、エレインもレベルアップした自分の力を試してみたい気持ちもあったので、抵抗はしなかった。
◇◇◇
「さて、とりあえずどんな感じにステータスを強化したか教えてみろ」
「は、はい…」
エレインは宙で手を上下に振り、《ウィンドウ》を表示した。そして、各ステータスと数値を読み上げた。
【エレイン/魔法使い】Lv.78
・体力…730/1000
・攻撃力…550/1000
・魔力…870/1000
・耐久力…780/1000
・知力…560/1000
・精神力…620/1000
「へぇ、数値的にはかなり強くなったんじゃねぇか?魔力に多めに振ってるし、魔法の威力も魔力量も増加してるはずだな」
ホムラは指で顎を弄りながら、楽しそうに口角を上げている。
「よし!実践あるのみだ!とりあえず昨日みたいに初級魔法を一通り打ってみるか」
「はっ、はひ!」
コキコキと首を鳴らしながらホムラが言うと、エレインはぎゅっと杖を握り締めて身体の奥から湧き上がる魔力に集中する。身体の芯が熱く、今までと比べ物にならない力を感じる。
「ふぁ、《火球》!!……え?」
「お…おおおお!?」
呪文を唱えると、エレインの杖の先にはゴウゴウと燃えたぎる炎が渦を巻き、その勢いを増していく。そして自らの身体を包み込むほどのサイズの火球が出来上がった。高火力の火球により、周囲に風が巻き起こりエレインの髪をかき乱す。
「す、すご…っきゃぁ!?」
「おい大丈夫か…どわぁぁぁ!?」
が、その威力を支えきれずに尻餅をついてしまい、火球は狙いが定まらないまま打ち出されてしまった。勢いよく打ち出された火球は、以前までの速度とは比べ物にならない速さでホムラの足元に直撃する。ホムラは間一髪で躱せたものの、火球が直撃した部分は深く抉れ、未だに火柱を立ち上げている。
「お、おう…?」
ホムラは額に汗が滲むのを感じながら、抉れた床を見ていた。
(おいおい、俺の火球とそう威力変わんねぇんじゃ…?)
エレインの火球に久々に身の危険を感じ、咄嗟に攻撃を躱した。なるほど、今のエレインであれば、自分を楽しませてくれるのではないか。ニヤリとホムラの口元が歪む。
「やるじゃねぇか!!ほら、他の魔法も試してみろよ!」
「あ……は、はい!」
自分が放った火球に驚いてだらしなく口を開けていたエレインであったが、ホムラの言葉で我に返ると、素早く立ち上がって再度杖を構えた。
「《水刃》!っひゃぁぁ」
「うおおおおっ!?」
「う、《雷》!」
「だぁぁっ!!」
「《疾風》!っととと…」
「うわぁぁぁっ」
「《土撃》!わぁぁっ!?」
「あっぶねぇぇ!」
高威力の魔法の乱打を灼刀を素早く抜刀して凌ぐホムラ。
どの魔法も倍以上に威力が跳ね上がっていた。だが、エレイン本人は、その高い威力の魔法を持て余している。どれも明後日の方向に飛んでいっては、ボスの間のフィールドを破壊していった。
「………お前の方が『破壊魔神』にふさわしいかもな」
「そ、そんなこと言わないでくださいよ…」
部屋のあちこちをボロボロに破壊してしまい、エレインは気まずそうに目を泳がせている。
「魔法の威力は跳ね上がったようだが、コントロール出来なきゃ意味がねぇ。当面は初級魔法を順番に使って的当てだな」
「…はい」
やれやれと頭を掻くホムラに言われるまでもなく、エレイン自身もコントロールに課題を感じたので、素直に従うことにする。
「今日はこの辺にして、明日から早速特訓再開だ」
「はい!」
朝から修行に明け暮れ、日が落ちてからも魔獣と戦い、ようやく長かった1日が終わる。ほうっと安心して息を吐いたエレインはーーーほんの少し、気が緩んでしまった。
「…って、なんでまた泣いてんだァ?」
「え…あっ」
エレインは、ホムラに指摘されて初めて、頬に涙が伝っていることに気づいた。慌てて濡れた頬を抑えるが、次から次へと涙が湧いてくる。止めようとするほど嗚咽が漏れる。
そして、涙と共に抑えていた感情も湧き出てくるように、ぽつりぽつりと口から言葉が溢れ出してしまう。
「な、なんか…ぐすっ、この2年間辛いことばっかりだったけど…ひっく、弱いって…使えないってずっと言われてきたけど…えぐっ」
「…ああ」
「ちゃんと、今までの頑張りは、きちんと蓄積されていたんだって…うっうっ」
ホムラは何も言わずにエレインの頭に手を置いた。ガシガシとやや乱雑ではあるが、頭を撫でられて、何だかその温もりがまた涙腺を刺激する。
ーー冒険者としてダンジョンに向かっていた日々は無駄ではなかった。
来る日も来る日も、馬鹿にされ、荷物持ちにされ、使いっぱしにされ、囮にされ、実験台にされ…とんでもない日々であった。だが、きちんと努力は身を結ぶのだ。
まあそもそもは、自分がレベリングという冒険者の基本のきを忘れていたからなのだが…これについては思い返すと恥ずかしすぎて、穴がなくても地面を掘り返して埋まりたくなる。どうりでアレク達との実力差が開くわけだ。
ようやく今までのことがストンと胸に落ちたエレインであった。
レベリングを失念するほど過酷な毎日だったの……




