逡巡
自らに突きつけられた剣先を握った白を見て、蘇順は思わず悲鳴を上げそうになり、唇を強く噛んだ。
周囲に目線を走らせるが、碧天の姿は見えない。どこに消えたのか、消えた経緯も不可思議だが、なにより行方を探し、助け出さなければならない。
それよりまず、白だ。
ぼんやりした表情で、剣先をぐいと押しやる。そして歩き出そうとして、わずかに顔をしかめた。足が痛むらしい。それでもこちらに歩いてくる。
剣を突き付けた男は、押しやられたときに、少し姿勢を崩した。それほど強い力だったとは思えない。強ければ、白の手はもっと傷付いたはずだ。それでも姿勢が崩れたということは、男のほうも無傷ではないからだろう。
逃げられるだろうか。
白の爪先は、血塗れだ。歩いて団徳までは帰れない。牛がいる。それに、碧天なしで阿珠と怪我をした白を連れて、蘇順が戻れるだろうか。
考えを巡らせる蘇順の前で、再び男が白に近づく。ぼんやりしたままの表情に、危険を知らせたくて蘇順は叫ぶ。「白!」
男は、剣を水平に振り、白の右耳のあたりを剣の平で叩いた。
白は横に飛ばされ、地面にうずくまった。
危険を知らせたところで、白には何もできなかった。蘇順と同じだ。白が危ないとわかっていても、何もできない。できないことはわかっていた。蘇順も、白も。
白と自分が同じだと感じたのは、初めてのような気がした。
白は自分とは違って、恵まれている。村長も、孫維も白を気にかけている。他の村民だって、白には親切だ。
蘇順は周りに気を使ってきた。父親の顔色をうかがう術を身に着けるのは必然だった。父親だけでなく、他の人たちの様子もうかがった。誰かに好かれたかった。大切にされたかった。
周囲の気遣いにまったく気づかず、応えることもない白と、周りの人間を気にしてばかりいるくせに一向に好かれない自分とでは正反対だと思っていた。
だが、こんな暴力の前では、同じに無力だ。
男が手を伸ばして、白の手を掴み、引っ張る。まずい。捕まえる気だ。殺す気なら、剣の平ではなく、刃を当てていただろう。殺されるよりはいいのかもしれないが、あれが阿珠の舌を切った奴と考えると、逆かもしれない。
どうする?
何度も自問自答する。どうする?逃げ出す?一人で、阿珠だけ連れて、それとも、白を助ける?助けられる?どうすれば?
どうしたい?
意識は答えのない問いを繰り返すので精一杯、どこを探しても求めるものはない。
蘇順は一歩踏み出す。
なぜだろう。
蘇順は白から目を離さない。眩暈を起こしているのか、どこを見ているのか判然としない表情でいる。その白を目指して、一歩ずつ、近づく。
なぜだろう。
白のことなんか、殺したいほど、憎かったのでは?実際に殺そうとした。死ぬとは思っていなかったのかもしれないけれど、腹が立って、頭に血が上って、めちゃくちゃにしてやって、思い知らせてやりたくてたまらなかった。
なのに、どうして。
蘇順は白の傍らに立ち、男を睨みつけた。




