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報告

 どこかでぼそぼそと人の声がする。

 少し離れているようで、『匂い』はしない。(ハク)自身はまだ半分眠っている感じだが、誰と誰がいるのか、確かめなければならない。そういう些細なことが役に立つこともある。

 (ハク)が起き上がると玄が頭を上げた。(ハク)がその体を軽く叩く。できるだけ音を立てないように移動し、牛舎の扉をそろそろと開ける。扉の所から見える位置には誰もいないようだ。そっと牛舎を出て、声を頼りに歩く。牛舎をぐるりと回った向こうの放牧場との境の柵のあたりに灯りが見える。

 小さな蠟燭だが、それを挟んで二人の男女が向かい合って話しているのがわかった。一人は見覚えのある背格好、孫維だ。もう一人は明るい髪色をしている。その髪を長くおろしているし、足首近くまである長着をきているから女だろう。この辺の人間は下着の上に長着を着て、帯を締めるのが基本的の服装だ。男は下着の丈が短く、下穿きを穿く。長着も女よりも短い。成人前の子供はどちらを着てもいいことになっているけれど、男になりたい者は早々と男らしい服装をするものだ。

 灯りを持っているところを見ると、二人はもう公認の仲なのだろう。『匂い』や顔を確かめるために近づく必要まではなさそうだ。

 不意に背後から濃い『匂い』が立ち昇った。むっとするような湿気の多い獣の『匂い』だ。焦げ臭さと混じっている。害意がまだないことだけが救いだな、と思った時、首筋に冷たい金属の感触がした。

 (ハク)が何の反応も返さずにいると、左横から舌打ちの音が聞こえた。「驚けよ。全く、相変わらず勘が良すぎる」低い声が囁く。だが(ハク)の斜め後ろの位置から動こうとはしない。「そっちこそ、相変わらずこっちの視界に入らないように動くくせに」

 「無駄口はいい」自分が言い出したくせにそんなことを言うので、(ハク)も舌打ちで返してやった。「報告は」

 (ハク)は頭の中で話すことを選別しながら、ゆっくりと口に出していった。

 「隊商は全部で32人。奴らはただの商人じゃない。たぶん、傭兵だ」「どうしてそう思う」「鍛えられている。体力もあるし、五人ずつくらいでまとまって行動してる。誰に言われなくても自然とそうしている。普段から隊で行動するように訓練しているんだと思う。それに副長がたぶん六感持ちだ」「六感は一人か?」

 (ハク)は少し考えた。道中で観察していて、副長の関路はかなりの力持ちだった。それほど露骨な行動はなかったが、荷車の車輪が路面の石に引っかかったときに、その場にいた奴がちらりと関路のほうを見たのだ。二人で荷車を押してすぐに脱出できたのだが、力が必要そうな事態の際に、関路の存在を反射的に思い出すのだろう。

 「隊長ももしかしたらそうかもしれないけど、はっきりとは言えない。副長は力を増幅するような六感持ちだと思うが。でも、そういう奴は商人よりも兵隊向きだろう?」「何を運んでる?」「知らされてない。小麦、砂糖はあると思うが、それ以外に本や何かの道具も持っているかも。梱包が厳重なんだ」碧天の周囲に積んだ木箱を思い返す。

  (ハク)は聞いている予定の旅程を話した。

 「それでどうする気だ」首筋に触れた金属の感触が失せた。「お前はとにかく奴らについて行け」

「奴らは手ごわいぞ」「なぜわかる」「わかる」盛容と碧天が夜中に立ち合っていた光景が思い浮かぶが、言葉を飲み込む。「決めるのはお前じゃない」『匂い』がすっと細く薄れていく。

  (ハク)は大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。

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