神隠し
傍らに見えていた碧天の体が揺れている。碧天も少しずつ動けるようになってきたのだろう。白の脳裏では、なぜこんなに早く回復するのか、罠にはめたはずの石虎たちが一向に現れないのはなぜか、というもっともな疑問が掻き消されていく。動けるようになってきた、もしかしたら、助かるかもしれない、という希望によって。
ゆっくりと首を起こし、体の向きを変えて、地面に手を突く。少し吐き気と眩暈がするが、耐えられないほどではない。手の力と腹に力を入れて上半身を起こしていく。
白の横で何かを引きずる音がする。そちらに顔を向けると、碧天が奇妙な姿勢でこちらを見ていた。
碧天の目線が高いのは、碧天自身が立ち上がろうとしているからではない。一瞬そう思ったが、体は斜めに傾いでいるし、何より両足が地面に付いていない。
違和感が何かわからないままに、白は碧天を呆然と見ていた。碧天の目と白の目が合った。見開かれた目に、碧天にとっても今起きている事態は予想外だったことがわかる。
碧天が少しずつ遠ざかり、地面から浮き上がっていく。碧天の服が、風に吹かれてはためいていた。その明るい青が、真夏の最中に行われる盂蘭盆の幟を思い起こさせた。
碧天が凧のように宙に舞い上がって、どこかしらに曳かれていくのを、蘇順もぽかんと口を開けて見送っていた。
遠目では、碧天たちが倒れることになった経緯をつぶさに見ることはできなかった。碧天が走っていき、白を担いでいた男を突き飛ばしたのはわかった。その後、碧天が石垣の向こうに飛び込み、蘇順の視界から消えた。二人が地に伏したのは石垣も陰にもなっていたので、よくわからなかった。
二人はどうしたのか、不審に思い、蘇順の足は前へ出る。逃げるように言われ、阿珠を一人にしておくことに後ろめたさを覚えながらも、蘇順自身の不安が前へ前へと背を押す。
道半ばで、碧天が空に浮かぶのを見る。ふわふわと漂っていたのは僅かな時間だった。その後は一気にどこかに吸い込まれるかのように、碧天の姿が小さくなり、その背後にある黒い建物に飲み込まれていったように見えた。
一体何が起きたのか。これは、神の御業?お伽噺の魔法か?人間が宙に浮くなど、見たこともない。一体どこに行ってしまったのか?碧天はどうなる?
蘇順が立ち竦んでいると、石垣の隙間から白が現われた。石垣に手をかけて体を支えながら、一歩一歩歩いている。顔色は青い。左足を引きずっているようだ。
少し安堵したが、碧天がいなくなったことで、この先どうしていけばいいのか、ますますわからなくなった。逃げたほうがいいのか?碧天が無事なら、一人でも団徳まで戻ってこれそうだ。土地勘はなくても、方角くらいは把握する知識を持っているのではないか。
それとも探しに行くべきか?けれどここで時間をかければかけるほど、危険性が増すのではないか。考えることが多すぎて、蘇順の注意は目の前の現実からは逸れていたのだろう。
よろよろと歩く白の首元に、剣先が突きつけられた。




