張の手
燃料や食料の問題があり、4人を売りに行くのは早いほうがいいことはわかっていた。この廃村は団徳からもそれほど遠くない。廃村の存在は知られていないが、村の人間が二人も行方がわからないとなれば、何かの拍子に見つかる可能性もある。
王都からの商人は、隊商としてやってきたと言う。土地勘はないし、王都の人間であれば雪にも不慣れなはずだ。かと言って何もせずに放っておくとも思えない。駅府に滞在しているというから、軍や代官に顔が利くのだろう。官警に追われたことはあっても、軍や代官とは勝手が違う。どういう手を打ってくるのか張には予想がつかない。
どちらにせよ、なるべく早く廃村を出て、西を目指す。そう決めて、但し今晩くらいは祝杯に溺れても支障はないだろうと、痛飲した結果が、この有様だ。
張が雪に埋もれてじっとしている間に、石虎の叫び声に反応した杜は素早く逃げ出した。杜は頭数には入っていないから、まあいい。
石虎が利き手をやられたのは、まずい。石虎は本人が思うほど手練れではない。それでも拘束した相手に剣を振るうことくらいはできた。奴隷の扱いとしては、それで十分だった。
衛にはできないだろう。できるのが張一人というのは、荷が重い、と思案していると、衛が離脱を決めてしまった。石虎はずっと喚いていたので不本意だったのだろうが、怪我で衛に抵抗もできないなら、ここにいても仕方がない。
張一人となると、打つ手はほとんどない。
とりあえず、雪からは起き上がり、剣だけ持って外へ出た。虜たちに見つからないほうがいい。すぐに追ってこられたら、戦えるかどうかわからない。
意外なことに、商人は結構な腕利きだったらしい。見た目を女らしく装って、おとなしかったから戦えるとは思っていなかった。拉致されたのに落ち着いていたのは、だからだったのだ。戦えなくても、度胸のある女もいるので、特に疑問視していなかった。
張もそれほど腕がたつわけではない。戦った経験はそれなりにあるが、丸腰の一般人を一方的に切った経験のほうが多い。戦うと言っても、自己流の戦い方をする用心棒や盗賊崩れが相手だ。官警からはひたすら逃げ回っていたし、軍とは縁を持たないように努めてきた。
だから虜の力量を見誤った。それほど観察したわけでもない。石虎が連れてこれたのだから、所詮その程度だと思っていたし、ちらりと見て華奢さとその美貌に気を取られてしまったのだ。あの華奢な体型では力任せの戦闘ではなく、必要な時に必要な力を出すことができる戦い方をするのだろう。それができるということはそれなりの訓練なり、経験なりがあるということだ。
まさかこの辺境でそんな人物に出くわすとは、ついてない。張について回る理不尽と不運は未だ健在のようだ。
だが、張にできることは相手が誰だろうが、卑怯な手以外はない。奴らの位置は村の入り口の傍の家畜小屋、牢、家のあたりから動いていないだろう。その三軒以外は使っていないから予想はつく。そこから死角になるようになるよう進めばいいのだ。
一番奥の家まで来ると、家の壁に背を預けて腰を下ろす。そこで息を整え、懐から笛を取り出した。




