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変化

 孫維は噛み切って口に含んでいた鶏肉をポロリとこぼした。

 「うわ、勿体ない」(ハク)は地面に落ちた肉片を見つめ、「ここ、犬いたよな。食うかな」と拾い上げた。「あ、たぶん。母屋の裏手にいるだろ」孫維が頼りない声で言う。『匂い』は酸味が増し、爽やかを通り越して、身震いしそうなものになっていた。その動揺ぶりに笑いがこみあげてくる。

 孫維の前で笑うのは嫌なので、立ち上がって外に出、母屋の裏へ回った。黒犬がいたが、繋がれてもいないし、(ハク)を警戒して唸るので近づけない。いい番犬だな、と思いつつ、肉片を放りなげる。食べないかもしれないが仕方がない。手を洗ってから牛舎に戻る。

 孫維は落ち着きを取り戻していた。食べ終えたようで、茶を飲んでいる。(ハク)も茶を飲むことにした。

 「おまえと二人で飯食うのも、初めてだよな」

 孫維が遠慮がちに言う。今日は本当に珍しい態度ばかり取る。だから(ハク)もいつものような態度はとりづらい。

 「いい機会だから聞くけど。お前はどうするんだ?」「?どうするって?」(ハク)には孫維が何を聞きたいのかわからない。

 「俺の成人の儀は半年後だろ。それで俺は男として成人する。お前は?一年後だろう?腹は決まってるのか?」「決まってない」(ハク)は素っ気なく切り捨てる。

 「なんでそんなことが気になるんだ?」

 「あー、お前、時々誰かと会ってるだろ」

 (ハク)は意表をつかれた思いだった。可能な限り人目は避けていたはずだし、増してや、孫維なぞに気づかれているとは思ってもみなかった。孫維自身ではなく、誰かが孫維に告げたのだろうか。

 「そんな奴はいない。勘違いするな」「そうなのか?うーん、まあいいけどよ。別に悪いってわけでもないしな。どちらを選ぶにせよ、そういう相手がいるのはいいことだし」追求したいわけでもないようだ。だったらなぜ口に出すのか。『匂い』を嗅いでみると、引っ掛けるつもりでもなさそうだ。

 「なぜそんなことを聞く?」

 「親父が、心配しているし。俺も、その、親父にいろいろ頼まれてたのに、全然気にしてやらなかったというか」伯父が自分のことを気にしていることはわかっていた。だが今更だ。「心配するな」「何もないならいいんだ。別に来年成人しないといけないわけでもない。ずっと童児でもいいんだ」

 「心配するな」(ハク)はもう一度ゆっくりと言った。「母親のような真似はしない」

 孫維は(ハク)から目を逸らし、肩を落とした。「そういう意味で言ったんじゃない。親父は叔母さんを可愛がってたし、お前のことだって可愛いと思ってる。時期が悪かったんだ、爺さんが亡くなって親父が急遽村長になって。お袋は俺を身籠ってて、余裕がなかったんだ。あっという間に叔母さんが亡くなって、悲しむ暇もなくて。お袋もお前の面倒を見なきゃならなかったのに、感情的になって。俺も」

 一人で何をべらべらと。(ハク)は呆れてかぶりを振る。「別に気にしてない」「俺はずっと気にしてた。親父を盗られそうだとも思った。これじゃいけないと思っても、できなくて」

 (ハク)は目を閉じた。耳も塞ぎたかったがそこまでするのはやりすぎな気がした。でも謝られたくなかった。孫維は黙った。

 「ごめんな。ちょっと、熱くなった。疲れてるよな。もう、行くわ」皿や茶碗が触れ合う音がして、ちょっと虫が放つような『匂い』が遠ざかっていく。目を開けると、牛舎の木戸がゆっくりと閉まった。

 なんだか疲れた。今日はもう寝よう。(ハク)は玄に寝床を決めさせ、敷き藁を敷いてやった。そのあと栴檀の枝を取りに外へ出た。栴檀は虫よけにもなるが、細い枝の皮を剝き、噛んで柔らかくして歯磨きに使える。歯と顔を洗い、玄の傍らの藁の中に潜り込む。道中の疲れがたまっていたのか、すぐ眠りに落ちた。

 それでも人の気配がすると、目覚めるのは習慣だった。

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