決断
碧天はその隙に衛たちが眠っていた家の中を覗いた。杜はいなくなったが、張はまだいるはずだ。なぜ現れないのか、火傷をしているとすれば火傷の具合はどの程度なのか、確認する必要があった。
張は阿珠の舌を切った人物である。戦闘経験がどの程度かはわからない。石虎たちよりかなり年嵩な印象なので、それなりに経験はありそうだ。そのうえ子供を攫って舌を切るというのは、性格的に残虐なことも厭わないということだ。張より訓練された兵士のほうが純粋な意味で強いかもしれない。しかし残虐な行為に怯まない人間は思わぬ手を使う可能性がある。
一番考えられるのは人質を取るという手だ。碧天はともかく、あとの3人は狙われるだろう。だから家にこもったまま、出てこないように言い含めた。
家の中には誰もいなかった。隠れられるような物陰もない。武器も残ってはいないので、どこか別の場所に潜んでいる可能性がある。
碧天はすぐに牢の戸口の前に戻った。ちょうど衛も木切れをもって戻ってきた。碧天が折った石虎の右手首の袖口を衛が切り、綿の布を巻いた上に添え木を革紐で固定する。その間に石虎の意識が戻り、痛みに呻きだした。
石虎が碧天を見て罵り声をあげるが、碧天は特に気にせず聞き流した。立ち上がろうとするが、手が痛むらしく、なかなかうまく動けないでいる。衛はそんな石虎を押さえる。
「骨折には特効薬はありません。なるべく動かないようにしても、完治するまで一か月以上かかるでしょう。悪化させれば、最悪動かなくなります」石虎は歯を食いしばって碧天を睨みつけている。
碧天は衛に視線を移した。「どうしますか」
手首を狙ったのは、もちろん計算があってのことだ。石虎を無力化するのは必須だが、殺すと衛がどういう反応をするかわからなかった。碧天が観察して判断したところでは、二人はどうも友人、幼馴染というような関係らしい。蘇順もそのように聞いていたそうだし、まず間違いないだろう。衛は張とは違って残酷なことを好まない。碧天が白や阿珠を治療することに肯定的だった。牢に閉じ込めるということには反対はしなかったが、凍えないように火鉢や毛布を与えてくれたのも衛だ。
自分たちが犯罪を犯していることは理解しているので、反撃を食らうこと自体はしょうがないと諦めるだろう。但し、犯したこと以上に反撃が苛烈であった場合、戦おうとするかもしれない。石虎のことは守りたいと考えそうだった。
足を狙わなかったのも、逃げる可能性を上げるためだ。碧天にとしてみれば、逃げてくれたほうがいろいろと都合がいいのである。
張についてはまだ判断の材料があったが、杜に至っては全くの未知の人物だったので、逃亡してくれたのはなかなか幸運だった。とはいえ、仲間を連れて戻ってくる可能性も捨てきれないし、どこか近場に潜んでいることも考慮すべきだ。それでも全員で連携を取って襲われるのが一番困る。衛と他の2人が示し合わせている可能性は、先刻からの衛の態度を見れば、ないと断言できる。
「石虎を連れていく」と衛は碧天に向かって告げた。碧天は緩みそうになる口元に力を入れて、無表情でうなずいた。




