開始
廃村は霊山の南側に存在する。霊山を目指して登攀し、真冬には凍てつく流啼川の支流を渡ると、中央に3尺ほどの幅の道が通り、左右に同じ規格の家が立ち並ぶ光景が目に入る。
家は中央の通りを挟んでそれぞれ均等に並んでいるのだが、玄関扉が向かい合っているのではなく、通りから細い小道が設けられており、その小道の北側に建てられている。玄関は南向きで小道に面しているわけだ。
家の規格は同じなので、南の玄関扉から入り、奥の北側に板敷の間、東に竈のある土間、という間取りは同じだ。ただ、通りの西側の家は通りに面するのが東側になり、通りの東側の家は通りに面するのは西側になる。
窓は二つある。西側と東側、東側の小窓は竈の傍に開けられている。どちらかというと北寄りである。西側の小窓はそれよりやや下、南寄りの位置にある。
小窓は頭を突っ込んでぎりぎり詰まらない程度の、小さなものだ。肩がつかえるので脱出は不可能である。明り取りと換気のためなのだろうが、雪深い高山では窓はあまり大きくとるものではない。
外付けの木戸を閉めれば、吹雪などは防げる。
碧天たちが入れられた牢は通りの東側である。東側の小窓は木戸を下ろし、さらに雪を詰め込んである。碧天が持っていた薄手の綿をざっくりと縫い、そこにできるだけ押し固めた雪を詰め込み、窓の形大きさに合うよう成型した。怪我人病人を寝かせて蘇順と二人でまずやったのがこれだ。少し水をかけ、窓に填め込み、あとは夜の寒さで凍り付くことを祈る。一応凍ったように見える。外側からどれだけの衝撃があれば割れるのかはわからない。とにかく塞いでおきたかったのだ。
今、碧天は小さな瓶を手にして、西側の小窓の傍に立っている。そこから匪賊どもの居場所を見る。
正確には、その東側の小さな窓を。
窓は竈の斜め上に開いているはずだ。
碧天の手にあるのは火薬だ。
本来なら狼煙に使うつもりで持っていたものだ。栓は抜き、布切れを突っ込んで、その端を垂らしてある。
碧天は小窓を見据えたまま、後ろに下がり、火鉢の炭に布の端を近づけ、火をつけた。そしてそのまま小窓目掛けて瓶を投擲する。
一つ目の小窓を抜けるのは容易いが、押し出すように投げられた瓶はほとんど真直ぐに通りを横切り、二つ目の小窓の枠に当たり、中へと消えた。
次の瞬間、どん、と腹に響く音がし、その小窓から何かの破片と煙が噴き出した。その黒い煙に絡むように炎が上がった。
そこから悲鳴と怒号が上がったのを確認して、碧天は素早く窓の戸を下ろし、毛布に雪を詰めたものを窓の填め込んだ。白が碧天に代わり、偵察と毛布を握って窓を塞ぐ役目を引き受けた。
碧天は扉に駆け寄って、耳を澄ました。火薬の量はそれほど多くないので、家が壊れるほどにはならない。初めは爆発的に燃え上がるが、それだけで4人とも動けなくなるわけではないだろう。それに牢には鍵がかかっているので、誰かに開けに来てもらいたいのだ。
混乱に乗じて碧天が扉を蹴破ることも考えたが、ただ外に出て、逃げ出すのはできても、逃げ切れるかどうかが怪しい。奴らのうち1人でも追跡が可能であれば、全員揃って逃げ延びるのは難しいだろう。碧天はこの辺の風土には不慣れだし、蘇順は辺境育ちでも実質若い女の子並みの体力しかない。白も蘇順と似たような体力の上に病み上がり。阿珠に至っては土地勘もなければ一番拘束されていた期間が長く、どの程度体力が持つかわからない。
4人全員が火事でやられるということはあまり期待できないが、悲鳴からも中に数人いたことは間違いない。直前に話した衛も、他の3人はまだ寝ていると言っていたし、複数人がそれなりに火傷を負ったはずだ。




