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六感 ~辺境の編~  作者: mishika


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宵

 虜の呼吸が落ち着き、視線が物問いたげに碧天に向けられるのを見て、答えるように一つ頷く。そういう態度を見ると、頼もしい医者なのだと思ってしまう。碧天が、虜の口の中を覗き込んでいるのを見ながら、白(ハク)も少し物を考えられるようになっていた。

 何が大変だったかと言うと、『匂い』だ。虜が発する『匂い』の凄まじさときたら、今までに嗅いだことのないほどだった。白(ハク)は圧倒された。恐怖と怒りと痛みと混乱、『匂い』のほうも混沌としていたし、その濃さには眩暈と吐き気を感じた。

 おまけに蘇順と衛も大概だった。『匂い』は空気中の粒子ではないので、鼻を押さえようが防ぐ術はない。気を失わなかったのが不思議なくらいだ。

 蘇順と衛が出ていき、虜も少し精神的に落ち着いたらしい。まだ恐怖と痛みはかなり強いが、碧天に対する『匂い』はかなり香しい。

 「痛み止めを口に含ませるよ」碧天が言って、小瓶の中身を少し虜の口の中に注ぐ。「飲んでも大丈夫だ。痺れてきて、口の感覚が無くなったら、手を叩いて合図をして。少しだけ縫うから」

 碧天が白(ハク)に近寄り、膝をついた。「手伝ってくれないか」碧天がじっと見ているのは白(ハク)の体調を表情から推し量るつもりなのだろう。「傷を縫う間、傍にいて灯りを持っていてほしい」

 熱があるのは自分でも感じているが、気分はそれほどひどくはない。少しぼんやりいているだけだ。それくらいならできるだろうと、白(ハク)はうなずいた。碧天は礼を言って立ち上がり、攝子と釣針を取り出して蝋燭の火であぶり始めた。

 白(ハク)は碧天に促されて、怪我人の傍に移動しようと立ち上がった。その途端、眩暈がして膝をついた。碧天が手を伸ばしてきたが、少しの間くらい頑張ろうと思った。「大丈夫か」と声を掛けてくるのに、微かにうなずいて応じ、眩暈が収まるのを待って歩き出す。

 碧天に渡された蝋燭を手に、膝立ちになる。碧天は虜の顔を見て「麻痺しているはずだから、それほど痛みはない。でも万が一動かれると手元が狂うから、抑えさせてもらう」と説明し、虜の腰あたりにまたがって、両膝で患者の両手を抑える。

 白(ハク)は体が揺れないように、それだけを念じるように考える。碧天が何をしているか、細かいことは目に入らない。幸い、怪我人は静かに横たわって治療を受けていた。

 いつの間にかぼうっとしていたらしい。気がつくと碧天が目の前にいて、白(ハク)の指をこじ開けるようにして蝋燭を取り上げていた。「火傷したな」と呟くと、垂れた蝋で出来た水膨れを針でつつき、酒精を含ませた布でさっと拭いた。その涼しさが合図になったかのように、白(ハク)の体はぐにゃりと倒れこむ。

 気を失った白(ハク)を碧天は敷き藁と毛布で包み込んだ。その間、虜はじっと目で碧天を追っていた。「治療は終わりだ。眠ったほうがいい」碧天がそう声を掛けると、一つだけ瞬きをして、目を閉じた。

 それからしばらくして、家の外で物音がした。それが人の声だとわかったとき、扉が開き、蘇順が中に入ってきた。

夏バテ続く・・

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