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六感 ~辺境の編~  作者: mishika


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廃村の家

 碧天はすぐには牛から降りられなかった。蘇順を固定している綱を解かねば降りられない。結び目を解いている間に衛が傍らにやって来た。肩越しに「降りられる?」と蘇順に訊くと、「はい」微かに返事があった。

 綱が緩むと、衛の手を借りて蘇順が降りる。碧天は身軽に飛び降り、「毛長牛の扱いはあまり慣れておりませんので、お願いできますか」と衛に頼む。衛は無言で、蘇順の体を碧天に押し付けた。

 石虎は(ハク)の腰のあたりを掴んで、強引に歩き出した。衛は石虎の乗ってきた牛も建物の中へ追い立てた。碧天は首を巡らせて、その家の中を覗き込んだ。もう日が落ちていたが、中には灯りはなかったので、残光で透かし見ることができた。床板を張らず、土間に干草を積んでいる。家ではなく、家畜小屋として使っているようだ。中には碧天たちが乗ってきた牛以外の毛長牛も二頭いた。

 衛が碧天の腕を取った。蘇順の腕を肩に回して支えながら、引っ張られるのは御免被る。「同行いたしますので、ご心配なく」冷ややかな声音で言ってのけると、伝わったのか衛は手を離した。

 個々の建物は奥のものを除くと同じ仕様で建てられているので、衛たちは内装を目的に合わせて作り替えた。家畜小屋は床板を外して石板を敷き、土で固めて敷き藁を入れた。他にも倉庫として使う家もある。

 石虎は三軒目の家に大股で歩み寄った。扉の取っ手に手をかけて引っ張ったが、開かなかった。乱暴に扉を揺さぶりながら、「おい、開けろ」と呼ばわる。

 衛が顎をしゃくって石虎の傍に行くように碧天を見る。碧天は蘇順の体を揺すってゆっくりと歩いていく。蘇順の体は重くはないが、自分で歩く気がないようで、酔っぱらいを引きずっている感覚だ。薬の効き目はかなり薄れたようだが、まだ残っているのかもしれない。

 苛ついた石虎がもう一度叫ぶと、ようやく扉が開いた。扉の隙間から暖かな橙色の光が漏れ、黒い人影が現われた。

 「戻ったぞ」石虎がそのまま進もうとしたところを、中から現れた人影が右手を挙げて石虎の胸に当てた。

 ぐるりと周囲を見回した顔を見ると、無精髭を生やした男だった。口を開いたとき、酒の匂いが(ハク)の鼻を突いた。『匂い』のほうは弱く、石虎にも衛にも大した関心を持っていないようだ。(ハク)たちにもあまり関心はなさそうで、ちらりと目をやっただけで『匂い』もほとんどしなかった。

 「なんだ、新しい獲物かよ。面倒だな」男は唸り、「牢に入れとけ。明日でいいだろう」と言い捨てて、背を向けた。石虎は(ハク)から手を放し、男の後を追って家の中に入って行く。

 衛は膝をついた(ハク)を立たせ、隣の家へ引っ張っていく。碧天は蘇順を抱えて衛の後に従う。

 男の言葉を聞き取っていた碧天には、衛が向かった隣家が牢であることは見当がついた。ただ、もともとの家の仕様は普通の住居のはずだ。家畜小屋のように牢として改造しただけのシロモノだろう。だが、牢と聞いて気を引き締め直した。

 衛に抱えられている(ハク)はもう足元がおぼつかない。蘇順も薬が切れていないのか、疲労のせいか、碧天に体重を預けてしまっている。衛は(ハク)を体で支えたまま、家の扉の錠前を持ち上げて、鍵を差し込んだ。

 錠前自体はごくありふれたものだ。外側に掛けられているのは、牢だから当然だろう。衛が錠前を開けた後、鍵を懐にしまうのを見守る。扉が開けられた。

 

 


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