離間
碧天は見事に不意を突かれた、という表情を作った。「そちらの方だけでなく?この辺りの方は、あなたのお仲間が多いのですか」
石虎は碧天が驚きはしたものの、平静な様子を見て、面白くなかった。「さてね。こいつは間者だよ。あんたらの隊商に潜り込んでね。まあ、素人だけど。本職を使うまでもないから」「狙っておられたのですか、私どもを」
石虎は肩を竦めた。「狙っていたわけじゃない。狙っていたら、腕利きを潜り込ませるよ」
それは本当だった。石虎は、白を落とすのに、秘密の共有を目論んだのだ。獲物として狙ってはいなくても、情報はあったほうがいい。飛脚という仕事にも役に立つ。そして、悪事の共有は、他の誰にも打ち明けることのできない強力な秘密だ。秘密が悪事であれば、さらに感情を揺さぶることができる。
一見、大したことではない。もともと白は荷運びの仕事を引き受けていた。次の仕事を探しているときに、旦商会の噂を告げ、応募するよう勧め、どんな隊商だったか教えてほしい、と言う。問題がないように思えるから、白は引き受ける。仕事に就く前に、どんな情報が欲しいか、初めは当り障りのない内容を指定する。
次にもっと突っ込んだ情報を欲しがる。「無理ならいい」と逃げ道も作る。求められた行動は剣呑だが、逃げ道があるので不信感はまだ弱い。それを繰り返せば、共犯者と化す場合もあるし、断ってくる場合も、逃げ出す場合もある。断っても逃げ出しても問題はない。謝って口説き続けるだけだ。身元がわかっているから逃げ出してもまた会いに行くだけだし、反省した姿を見せればすぐ絆される。それでも拒絶されることも考えられるが、そういう場合犯罪になるほどの情報は得られていないから、実際に訴えられても捕まる可能性は低い。
拒絶されるかどうか反応を窺いながら進めるので、問題になったことはないのだ。
「では、何が目的ですか?」という問いには笑うだけにしておく。目的は達した。これで碧天に白への不信感を植え付けられたはずだ。
茶を飲み終え、石虎は衛の乗る毛長牛に白を同乗させ、碧天の背にぼんやりした蘇順をくくりり付けた。寝かせた姿勢でもよかったのだが、当の碧天が蘇順の体調を案じてそう希望したのだ。
心なしか、碧天の態度が変わったような気がする。白のほうを見ない。蘇順と同乗することを申し出たのも、不安の元だ。
石虎が白を間諜呼ばわりしたせいだろうか。大したことはしていないし、害を被っていなくても、心証は悪い。
石虎に話を持ち掛けられた時、大したことではないと思っていた。どこにどんな商人がいて、どういう商売をしているか、商人がそういう情報を集めるのはごく当たり前だし、石虎は商人ではなくても飛脚としてそういう情報を売り買いしたり、商売上の仲介をすることがあった。商人の仕事にも興味があると言っていたのだ。飛脚は自分の担当範囲を巡るのが決まりだが、商人ならば儲け話によってはどこへでも行ける。石虎は楽しそうにそう言ったし、白自身もちょっとワクワクするのを感じた。そういうことの手伝いならば構わないんじゃないかと。
けれど探られる側の人間と接してしまうと、まずいことをしてしまった不安が込み上げる。碧天たちも商人のはずで、そういうことを自分たちもするからそういうものだと割り切っていると思うが、白自身の感覚はやはり商人のものとは違う。だから本当は不快に思っているのでは、という恐れから逃れられない。
碧天に関しては『匂い』を知ることができないから、その不安に拍車をかける。




