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対峙

 「毛長牛を一頭借りてきた。乗れ」碧天がぶっきらぼうに言う。今の格好には相応しくない物言いだ。道中の愛想の良さもなければ、鈴を振るような煌びやかさもない。これが素なのかも知れない。碧天の声も震えている。寒いのだ。

 湖沼のほとりに繋がれもせず、毛長牛がうろうろと戸惑ったように歩いていた。碧天は毛長牛を放りだして水に入ったのだろう。碧天は(ハク)を牛の背に押し上げた。(ハク)の怪我したほうの手に力が入らなかったからだ。

 だが、いくらもいかないうちに、前方から二頭の毛長牛が小走りで近づいてきた。その背に二人の人間が跨っていた。黒い外套をまとっているのが異様だ。黒い頭巾に口元を黒い布で隠し、目元しか見えない。しかも二人とも右手に小ぶりの剣を掲げている。

 後方の毛長牛の背にはもう一人、人が載せられていた。うつ伏せで手足がだらりと伸びている。その小柄な体と外套に見覚えがあった。蘇順だ。

 二人は毛長牛を道を塞ぐように並べ、一人が剣を軽く振って怒鳴った。「北へ向かえ」

 二人からは熾きの『匂い』がする。抑えられているが、何かのきっかけで炎が噴き出す、そういう『匂い』だ。抑えているのは怒りだろうか。

 「従うのもやぶさかではありませんが、条件があります」碧天の言葉に(ハク)はぎょっとした。   

 彼らは本気だ。あまり嗅いだことのない『匂い』だが、相手と戦うつもりがあるときに嗅いだ『匂い』なのだ。剣も手にしている。そんな相手に条件を持ち出すのは挑発になる。

 「従わないなら死ぬだけだ」

「殺したくはないのでは?その人をわざわざ運んでるのに?」「こいつは仲間だからな。お前たちとは違う」

「だったらさっさと殺せばいいでしょう。そもそもなぜはじめから殺さないのですか?従わせることに何の意味があるのです?」

 淡々と会話が進んでいくが、相手の『匂い』はどんどんきな臭さが増してきて、(ハク)は傍らに立つ碧天の肩を何度も突いた。碧天の『匂い』はわからないから、碧天が内心何を考えているのかはわからない。

 「口封じでしたら、出合頭に殺せば済むはずです」「知らないのか、殺すこと自体に意味があるんだ。楽しみがな」「ここで問答無用で殺すよりも、より楽しめる殺し方があるとおっしゃるのですね。でしたらなおさら、私の出す条件をお聞きになったほうがよろしいのでは?」

 相手は鼻で笑い、「言うだけ言ってみろ。どうせタダだしな」と言う。碧天は両手を胸の前で合わせた。「ありがとうございます」と目を伏せて微笑む。

 しばらく誰もしゃべらなかった。(ハク)は肩の傷が少しずつ主張し始めるのに耐えながら、相手の『匂い』の変化を感じていた。後ろにいる奴からは、ずっと弱い『匂い』が揺らめいている。どちらかというと生臭さ、獣臭さに草のような『匂い』、雨の後のような『匂い』が強まったり弱まったりしながら続く。

 前の奴は、碧天が話すたびに大きな火の『匂い』がする。血の『匂い』が瞬間的に噴き出した時もあって、碧天に感情を乱されているようだ。

 (ハク)が知る限り、こいつがそういう『匂い』をさせたことはない。

 「石虎?」

  

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